第6話

 


 ━━きろ。

 ━━おきろ。

 ━━起きろ。


「起きろ!」


「うわっ!?」


「いつまで寝ているつもりだ。すでに目的地に到着したぞ」


 目覚めるとそこは車の後部座席だった。さっきから俺に声をかけていたのは北見きたみだ。そして隣にはパモンがいる。


「ダーリンやっと起きたー!!!」


 俺は寝ぼけた目で周囲を見渡す。昨日行った所とは違う場所だ。


「まったく、移動中に眠ってしまうとは……今日で事件を解決できなければ自由は無いというのに、呑気なものだな」


 北見は少しきつい言い方をして俺を嗜めた。だがそれは紛れもない事実だった。


「早く出ろ。容疑者の身柄を確保しに行く。その為にここまで来たんだ」


 今俺たちがいるのは誰かの家の前らしい。俺は表札を見て寝る前に話していた事を思い出した。


日車ひぐるま


 表札にあるのは容疑者、日車りとちゃんと同じ苗字。

 昨日の捜査でわかった事を元に情報を集めて貰った。そしてりとちゃんが住んでいる所、つまり、りとちゃんの親戚の家を見つけていたのだ。


 俺達は玄関の前に立つ。北見はインターホンを鳴らした。


「はい、今行きます」


 扉の奥から聞こえたのは若い女性の声。でもりとちゃんの声じゃない。よく似ているがもう少し大人な声だ。

 ━━ガチャ……

 扉を開けたのは20代くらいの女の人。多分りとちゃんの親族の方なんだろう。


「すいません、日車りとさんはこちらにいらっしゃいますか?」


 北見はいつもよりも穏やかな声を出した。でも初めて聞く人には怖い声にしか聞こえないだろう。


「えっと……どちら様ですか?」


「ええ、我々は……」


 北見が答えようとするとパモンが割って入った。


「りとちゃんのオトモダチです!!!」


 “お友達”などと名乗っているが、昨日出会っていたらとっちめると言っていたと思うと、末恐ろしい奴だなと思う。とはいえそう言っておく方が相手に変に警戒されないで済むだろう。作戦としては悪い事じゃない。


「ああ、りとのお友達なんですね。……えっと男性のお二人も……?」


「「こいつの保護者です!!」」


 俺と北見の声がハモった。

 流石に俺達もお友達で通すのは無理がある。咄嗟に出た答えは同じだった。


「そ、そうなんですか。でもごめんなさい。りとは昨日の夜から帰ってきていないんです。何か事件に巻き込まれてなければ良いんですけど」


「帰ってきていない!?」


 目の前の女性の発言に衝撃を覚えた。だが、冷静に考えればあり得ない話じゃない。誰かが事件の犯人を追っていると知れば、自分が疑われる可能性を考えて姿を隠すなんて俺でも思いつく。


「できればりとさんについて詳しくお話しを伺ってもよろしいでしょうか?最近変わった事があったとか些細な事で構わないので」


 北見はより冷静に女性に質問した。

 俺もりとちゃんの事が心配でつい聞いてしまった。


「りとちゃ……りとさんは俺達が探します。何か知ってる事ってありませんか?よく行く場所とか……」


「よくわからないですけど、皆さんりとの事気にかけていらっしゃるんですね。どうぞあがって下さい。立ったままというのもあれなんで」


 女性に誘われて俺達は和室へ場所を移した。女性が一度出ていくと北見は誰かに連絡をとり始めた。


「容疑者は昨日の夜から家にいないようだ。周囲の捜索を頼む」


 相手は多分相沢あいざわだろう。りとちゃんのいる場所を探すらしい。

 座布団に座って待っていると女性はお茶を持って来た。


「どうぞ。あ、申し遅れました、私はりとの従姉妹の才苗さなえです」


 才苗さんはお茶を置いて腰を下ろした。

 俺達は軽く自己紹介をした後、りとちゃんの事を色々と質問した。



 りとちゃんは二ヶ月前に家族を失い、才苗さんの住む家に行く事になった。

 以前から学校や友達が好きじゃないと言っていた。

 この家に来てからら学校には行かず、友達と遊ぶこともなかったが、よく外に出ていた。

 帰ってきたら時にどこに行ったか聞いても答えてくれなかった。

 最近は夕方に何も言わずに出て行って夜遅くに帰ってきているようだった。


 才苗さんと話して得た情報はこれくらいだった。何か進展しそうな情報は殆どなかった。

 すると北見の携帯に連絡が来た。

 北見は席を外して通話をしていた。


「でもよかったです。りとにお友達ができていて。あの子いつも悲しそうにしていたから」


 才苗さんは少し心配そうな表情を浮かべた。


「必ず見つけて、無事にお家に帰す事を約束します」


 俺はそう言って彼女を元気づけた。

 すると北見が戻ってきた。


「日車りとの居場所の情報を掴んだ。すぐに向かうぞ」


「見つかったんですか?」


 才苗さんは北見の方を見つめる。


「はい、今から現場に向かいます。才苗さんは待っていてください」


 そうして俺達は北見と共に車へと戻った。

 北見は通信機とマップをつける。

 すると相沢から通信が入った。


「おけー、揃ったな。じゃターゲットの位置を特定したからマップに出すわ。場所は北陽日ようひ中学校の近辺。ここから7kmくらいの所にあるから。詳しい場所はリアルタイムで教えるから、すぐに向かってー」


 マップに表示された場所に向けて北見は車を進めた。

 りとちゃんはどうして中学校に行ったのだろうか。推測はできるがしたくはなかった。



 中学校の近くまで来て相沢からりとちゃんの位置をリアルタイムで表示してもらっている。

 どうやら学校の中に入ろうとしているようだ。

 今日は平日。14時くらいだから俺が行ってた時と変わってなければ、午後の授業があっている頃だろう。もし放火されて火事が起きれば大きな被害が出る事は想像に難くない。ただ、避難訓練を行なっているなら生徒達への被害は抑えられるかも知れない。どうにか被害が起きないでくれと俺は切に願っていた。


 駐車場に車を停め、事務室のある入り口に北見と共に向かう。北見は事務員に何かを見せて中に入った。


「何を見せたんですか?」


 俺は北見に質問した。


「警察手帳みたいなものだ。簡易的な暗示魔術が施されている」


 それはつまりただの催眠術で無理矢理侵入しただけなのでは?と思ったが気にしている場合ではなかった。

 早く見つけて色々聞き出さなくては、そしてもう放火なんてやめるんだと説得しなくては。自分の心配より、りとちゃんの事を気にしていた。


「りとはどこにいるの相沢?!!」


「パモン、静かに!」


 とパモンを諌めながら相沢の情報を聞く。どうやら学校内を歩き回っているらしい。俺達は静かに足を進めていた。



 ジリリリリリリリリリリ!!!



 突然警報が鳴り響く。


「何が起きたんだ相沢?」


 北見は冷静に状況を判断する。


「え?ちょっと待ってどういうこと!?ターゲットがいる部屋とは全然違う場所が燃えてる!しかも何箇所も別々に!」


 相沢は焦りながら状況を説明した。

 周囲からは生徒達の騒ぐ声が聞こえてくる。

 だが奇妙な事に火災が起きたのに、校内放送が聞こえてこない。


「やばい!職員室や放送室が燃えてる!出入り口周辺も全部完全に炎で閉じ込められてる!」


 現状相沢の状況説明だけが頼りだった。

 そして俺達の周りにも火の手が上がり始めた。

 普通の燃え方じゃない。明らかに人為的な物を感じた。


「閉じ込められた……まるで俺達が来るタイミングを待っていたみたいだな」


 北見は呟く。


「人命救助、容疑者の確保、火災の鎮火。どれかを優先せざるを得ないという事か……」


「そんな!どうすればいいんですか!?」


「やれるだけやってみる!二次契約開始、『ロードイン』!」


 北見は変身した。しかしその姿はこれまでに見た姿とは違うものだった。

 僧侶を模した衣装は赤く染まり、背中についていた長い腕とヘルメットは無くなっていた。その代わり左腕に機械のようなパーツがいくつも装着されていた。


「【ファイアーリッカー】!」


 [変化魔術(舌)ファイアーリッカー


 北見は左腕の前腕から鞭のような物を射出した。それを振り回すと炎はみるみる内に消えて行った。


「す、すげえ!」


 俺が驚いていると北見は言う。


「早くターゲットを見つけろ。人命救助は俺がやる」


 北見は炎を消しながら走っていった。

 その目はいつもよりも鋭かった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 [ファイアーリッカー]は俺が契約した『ロードイン』の持つ別の姿。炎を消す鞭を射出できる。俺はこの能力で炎をかき分けて教室に取り残されている人達を救助する。


「火の手が近づいてくる……ならこれで!」


 炎がこちらに迫ってきた時は結界の呪符で壁を作る。こうして少しずつ道を確保して避難経路を作っていった。

 急がなければ一酸化炭素中毒で被害が出てしまう。無辜の人々が傷つくような事態は許せない。その思いで走り続けた。


 出入り口の前には人だかりができている。

 しかし厚い炎の壁に遮られて誰も出る事ができない。

 皆がパニックに陥り動けなくなっていた。


 それでも誰一人として死なせないという覚悟で自らのやるべき事を判断する。


 俺は速やかに強力な炎の壁を消し去って出口を用意した。

 生徒や教師達はそこから出る事ができた。幸い重症者は見受けられなかった。


 だが。


「あそこにまだ誰かいるぞ!!」


 俺は人々が注目する先を見た。

 学校の3階、教室のベランダで一人の女子生徒が助けを求めていた。


「あいつ授業サボってた奴じゃん!」


 生徒の一人がそう言っていた。

 おそらく一人で隠れていたのだろう。

 周囲に馴染めないのか、なにかは知らないが。

 俺もそう言う人間を知っていた。

 気持ちはわからないが理屈はわかる。

 俺は急いで近くに向かった。


「助けて!誰か助けて!!」


 悲痛な叫びが聞こえる。これまでも何度か聞いてきたが、いつまで経っても慣れないものだ。


 俺は[ファイアーリッカー]の鞭を伸ばしてワイヤーアクションの要領で上に登っていった。

 ベランダに到着して女子生徒に声をかける。


「大丈夫だ。すぐにここから下ろす」


 体を抱えて飛び降りるのが得策だろうと思った。だが、それはできなかった。

 俺は呪符を貼り付けて鞭を体に巻き、そこから投げ飛ばした。

 鞭が解けると呪符は巨大化してパラシュートのようになった。

 これで無事降りられるだろう。

 そう思ってベランダから教室を見た。

 教室の中にいたのは大量の動く焼死体だった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 俺とパモンは取り残されたまま相沢と共に、りとちゃんの所へ向かう手立てを考えていた。

 相沢は通信越しに情報を集めている。


「ターゲットが今いる場所を特定できた、屋上にいる!」


「やるじゃん相沢!!!じゃあ、すぐにでも行っちゃおっか!!!!」


 パモンは張り切っているようだった。


「でもどうやって屋上に行くんだ?ルートは炎で覆われてるかも知れないし……」


「ん!!」


「?」


 パモンは唐突に目を閉じてこちら顔を向けた。

 その行動の意味を俺は理解していた。

 漫画とかでよく見る“キス待ち”という奴だ。


「ダーリン、やって!!」


「やっぱりやんなきゃだめ?」


「ダメ!!」


 仕方ない事だ。何もしなければ炎に囲まれるだけだ。パモンの力ならなんとかなるだろう。パモンが戦う以外に俺は戦力になんてならないんだ。事件解決の為にも腹を括るしかない!


「わかったよ!やるよ!」


 俺は恥ずかしくて目を瞑りながら、唇をパモンの顔に近づける。

 静かに、ゆっくりと唇が触れ合った。

 とてもドキドキして炎の熱さとは違う汗をかいていた。


「ふふ!!よーし!!やる気も出たしワタシも変身だ!!!」


 そう言うとパモンは今着ている服を初めてあった時と同じようなキラキラの王冠とフリフリの服に一瞬で変化させた。


「か、変わった……」


「それじゃ行くよ!!!ダーリン!!!!」


 パモンは俺を腕で抱えると真上を向いた。

 俺はものすごーく嫌な予感がした。


「待ってこれってもしかして……」


「パモンパーンチ!!!!」


 パモンは真上に向かって拳を掲げながら飛び上がった。そして天井をぶち抜きながら一瞬で屋上にまで辿り着いた。

 俺は振り回されて頭がぐらついたが怪我する事はなかった。

 パモンは着地してニコッと笑った。

 その表情はどことなく不気味だった。


「みーつけた!!!」


 視線の先にいたのはりとちゃんだった。

 りとちゃんは屋上で燃え盛る校舎を見つめて佇んでいた。


「……パモンちゃんと京人けいとさん!?どうしてここに?」


「そう言う君もどうしてここに来たんだ?」


 俺は聞き返す。


「そ、それは……」


「どうして放火なんてしているんだ?そんな事して何の意味があるんだい?」


 俺は聞きたい事を聞いた。気になっていた事を全部聞いた。


「え?」


「君みたいに沢山の物を失った人がいっぱいいるんだよ」


 でも彼女の答えは俺が全く予想しなかったものだった。


「し、知りません!私放火なんてしてません!」


「じゃあ、どうしてここが燃えているの?この学校で嫌な事があったからってこんな事……」


「知りませんよ!私だって気づいたらここにいたんです。どうしてここに来ようと思ったかわからないんです!!」


 何がなんだかわからなかった。

 りとちゃんが犯人なのは間違いないはずだ。でも今の彼女の言葉がどうしても嘘をついているようには感じなかった。

 すると突然、背後から大きな爆発音が聞こえた。

 振り返るとあの夜見た巨大な炎の塊が屋上にまで来ていたのだ。


「ひえっ!な、なんですかそれ!?」


 りとちゃんは怯えながら腰を抜かしていた。

 その様子を見てこの炎がりとちゃん自身の能力だとは思えなかった。


 炎は俺目掛けて突撃してきた。


「パモン!」


「させるかー!!!」


 咄嗟にパモンが攻撃を受け止めると炎は距離を置いた。

 すると炎の中から声が聞こえた。


「ひどいお友達ね、私のりとを犯罪者呼ばわりするなんて……」


 その声に俺とパモンは聞き覚えがあった。

 それはもちろん、りとちゃんもだった。


「才苗さん……!?」


 炎の中から現れたのは赤い髪をゆらめかせる才苗さんだった。白と黒のドレスと猫のような耳。そして両腕に巨大な燃え盛る車輪を携えていた。


「一体どう言う事だ……?」


 俺の中の疑念は深まるばかりだった。


「こんな酷いお友達はみんな燃やしてしまわないとね、りと。学校の友達や先生、近所の友達、そしてあなたの家族みたいに。安心して、私が全部燃やすから。貴方には私がいるから何も心配なんていらないわ」


 気がつくと俺達の周囲に沢山の人影が蠢いていた。それは皆、真っ黒に焦げた死体だった。


 俺は決心した。

 こんな悍ましい存在を放っては置けない。

 これ以上この町に被害を出す訳にはいかない。

 だが何よりも、りとちゃんを苦しめていたという事が何よりも許せなかった。

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