第5話

 

 調査1日目。


 俺、パモン、白壁しらかべの3人で調査へと向かう。日が出てる間は聞き込み調査をし、夜になったら事件が起きないか巡回する事になった。

 俺達は目的地の陽日ようひ市北区へ白壁の運転でワゴン車で向かった。

 パモンは普段の服装では目立ちすぎるので、途中で丁度良い服を買って着てもらった。


「どう?!!似合う?!!!」


 パモンは嬉しそうに自身の姿を見せた。

 ちょっと大きめのTシャツとスカートは(ファッションセンスの無い俺にはよく分からなかったが)とてもよく似合っていた。白壁は会計担当だから経費で落としてくれるらしい。


 目的地に到着して住宅街を歩き回り、一軒一軒に聞き込みを始めた。

 あまり他人と話す事が苦手な俺はなかなか苦労した。白壁がフォローしてくれたから何とかなったが、少し情けなく思った。

 パモンはまともに調べる気がなかったようで、公園で遊んでいた。

 結局最後まで特に目ぼしい情報は得られなかった。

 日も落ち出した頃、巡回に移る為にパモンを迎える為に二人で公園へと向かっていた。


「特別新しい情報は無いですね……」


 俺はため息混じりに言った。


「いつもこんなんだよ。一般人にわかる様なものじゃないし、公に発表してないから詳細を知ってる人なんて殆どいないんだ。仕方ないさ」


「とは言っても、俺には時間が……」


「わかってるよ。でもだからって派手に動いて犯人に逃げられたら元も子もない。少なくとも殆どの犯人は僕たちの存在を知らない。その優位性を使うしかないよ」


 白壁は珍しくまともな事を言った。

 俺の焦りが伝わったんだろう。諭す様に話していた。

 大丈夫、まだ一日目だ。と自分に言い聞かせて俺は足を進めた。


 公園に着くとパモンはブランコに座っていた。

 隣のブランコには少女が座っていた。

 少女は私服を着ていたが多分中学生くらいだろう。パモンと共に談笑している。パモンの顔はいつもの感じと違って、人間味のある笑顔だった。


「おーい!パモン!そろそろ行くぞー!」


 俺が呼びかけると二人はこちらに気づく。

 パモンはさっきよりも笑顔になってこっちに声をかけてきた。


「ダーリン!!!!待ってたんだよ!!!あ、せっかくだからこっちに来てよー!!!!」


 パモンは俺を呼んだ。白壁は微笑んで行ってきなと目で合図した。



「紹介するね!!!この人がワタシのダーリン!!!京人けいとだよ!!!」


 パモンは俺が近づくなり腕に絡んで少女に俺を紹介した。


「あ、どうも。パモンが世話になったみたいですね」


 それっぽい事を言って話を合わせた。俺達の事を知られないように細心の注意を払って話しかけた。


「いえ、そんな……私こそパモンちゃんに構ってもらってて……」


 少女は大人しそうに答えた。年齢よりも少し大人びた印象を受けた。


「あ、私は……“日車ひぐるまりと”って言います」


 彼女は自己紹介をした。よくできた子だなと思わず感心してしまった。それでもしかしたら、事件について何か知ってる事はないか、望み薄だが聞いてみる事にした。


「俺はあずま京人です。えっと、会ったばかりで急だと思うけど質問してもいい?」


 我ながら不審者じみた発言だと思った。

 でも仕方ない、調査の為。自分の人生が掛かっている。そう思って割り切ることにした。


「はい、東さんはパモンちゃんのお知り合いだから大丈夫です」


 どうやらパモンはりとちゃんから信頼されているようだ。上手い事やってくれていた様で少しホッとした。


「そっか、えーっと……りとちゃんは最近この辺で起きてる放火事件について何か知ってる?どんな些細な事でも良いんだ、教えて欲しい」


 するとりとちゃんはどうにも気まずい表情になった。悲しさとか辛さとかそういう感情が複雑に混ざったような顔だった。


「あ、もしかして言いにくい事だった……?」


「いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」


「そうか、それならいいんだけど……」


 りとちゃんは顔を俯かせながら話してくれた。


「……私の家も、燃やされたんです。パパもママも弟もその時に亡くなって……その日私はたまたま部活が遅くなってて、帰って来た時には、全部……燃えていたんです」


 りとちゃんの目は潤んでいた。この子は今回の事件の被害者の一人らしい。


「今は西区にある親戚の家に住んでいます。それで今日は家族の事を思い出しに、ここに来たんです。昔みんなでよく遊んだ場所だから」


 あれだけの被害を出しているのだ、こういう人間がこの町には沢山いるのだろう。そう思うと心と腹の奥底が重くなるような感覚した。


「そっか……ごめんね。悲しい事、思い出させちゃって」


「いえ、いいんです。気にしないで下さい」


 言わない方がいい事は世の中いっぱいある。でもその言わない方がいい事を言いたくなってしまう時がある。


「実は俺達、その事件について少し調べているんだ。それで、できる事なら犯人を見つけて捕まえようって」


「そ、そうなんですか?」


「うん。りとちゃんの家族を奪った奴は必ず捕まえる。君みたいに大切な物を失う人がこれ以上出ないように」


「……ありがとうございます」


 りとちゃんは震えた声で返答した。


「今日はありがとう。色々答えてくれて。俺達は今から調査に行くけど、夜は危険だから気をつけてね」


「はい、私こそ今日はありがとうございました。パモンちゃんと話してて少し気持ちが楽になりました。……犯人、見つかるといいですね」


 俺は頷いて公園を後にした。

 パモンは少し楽しそうな顔をしていた。


「どうしたんだパモン?そんな顔して」


「いやー、ダーリンがカッコよくて話しててつい見惚れちゃってたんだよ!!!!」


「あんまり大きな声言うなよ恥ずかしい」


「もー、何でさー!!!」


 パモンは俺の背中にくっついて抱きしめてきた。白壁はその様子を見て冷ややかに笑っていた。


「東君、何か収穫はあったの?」


 白壁は質問する。


「いえ、特には。ただ、あの子被害者の一人だったみたいで」


「あー、そうだったんだ。さぞ辛い思いをしてるんだろうね」


「そうですね。家族を失ったそうですから」


「そっか……やっぱりこの事件は早いとこ解決しないとね。これ以上一般人達に被害は出せないよ」


 白壁は真剣に話していた。朝の陽気な彼とは別人かのようだった。


 俺達三人は夜の町を廻りながら事件が起きるのを待っていた。可能性がありそうな場所は片っ端から廻っていった。


 しばらくして事件は起きた。

 窓を眺めていたパモンが火の手が上がっているのを見つけた。

 俺達は急いでそちらの方向に向かった。

 燃えているのは情報にあった通り一軒家だった。既に消防隊が駆けつけていて消火活動が行われていた。


「ここが今日の一軒目みたいだね」


 白壁は運転席から様子を見ていた。

 そして資料を取り出して車内のモニターに映る地図を見始めた。


「もし次に放火されるとしたら……ここから北の方角だからあっちの方かな?」


 そう言って車を走らせ始めた。

 進めていると進行方向から少し右に逸れた場所から再び火の手が上がり始めた。

 今度はさっきよりも近い。犯人との距離は近づいているはず。早く捕まえないと、また被害が出る。なんとしてでも捕まえたい。なんとなくそう思う。

 すると唐突に通信が入る。


「はいはーい、相沢あいざわでーす。今そっちの情報を集めたから、次の地点を予測してみたんで、そっちに向かってみてー」


 モニターに表示されている地図にに相沢が予測したポイントが赤い点で映し出される。


「え……」

「いっぱいある……!!」


 俺とパモンは思わず唖然とした。

 赤い点が結構いっぱいあった。

 20個くらいあった。


「ミナミちゃん、もうちょっと絞れなかったの?」


 白壁は少し困った様子で返答した。


「仕方ないでしょ、今じゃここまでが限界。こっちも頑張って探してるんだから文句言わないでよ」


 相沢は不服そうに返した。


「はー、しょうがないなミナミちゃんは。出来るだけ早くお願いするよ」


「はいはい、わかり次第伝えますよー」


 相沢はそう言うと通信を切った。

 俺達は取り敢えず一番近くのポイントを目指して進む事にした。



 ポイントの近くの大通りに着く。すると前方の遠くに炎の明るさが見えた。


「またやられた……?」


 そう思ったが、それは火事の炎ではなかった。その光は揺らめきながら交差点を左から右へと道を突き進んでいた。


「炎が動いている!?」


「どうやらあれが犯人みたいだ!」


 白壁は動く炎を追跡し始めた。

 しかし相手はどんどん距離を離していく。

 こちらが時速100kmを出していても炎に追いつく事はできなかった。

 このままでは逃げられる。なんとしてでも追いつかないと。そうは思ったがこちらには手段が何も無かった。


「はーいお待たせ。何とか犯人のいる所は割り出せたよ」


 再び相沢が通信を入れてきた。

 だが今はその情報に必要性がなくなっていた。


「ミナミちゃん!今犯人を追っかけてるんだけど、速くて追いつけないんだ。どうにかルートを用意できない?」


 白壁は現状を伝える。すると相沢はそれを見越していたのか答えを返した。


「あーはいはい、えーっと、ね。ちょーっと待ってて。OK。このルートで行ってみて。最短を狙うならこれしかない」


 モニターの地図にルートが描かれる。

 横道に逸れてショートカットをするルートだ。

 これなら追い着く、いや、追い越せそうだと思う。


 ルート通りに白壁が車を走らせて狭い道を無理やり高速で進んでいくと、あの炎を追い越す事ができた。

 炎の進路上に車を停めて外に出る。

 目の前から炎の塊が凄まじいスピードでこちらに向かってきていた。


「二次契約開始!『フラットウォール』!」


 [防御魔術(壁)フラットウォール]


 白壁は鎧姿に変わり、巨大なバリアを展開して道を完全に塞いだ。


「これでここは通れないよ!」


 炎の塊は止まることなくバリアに衝突した。

 だがバリアはびくともしなかった。


「パモン、俺たちも!」


 事件解決の為にここで食い止めなくてはいけない。俺はパモンに呼びかけた。


「じゃ、チューしてよ!!」


「はあ?」


 パモンの意味不明な言葉に俺は耳を疑った。


「何言ってんだこんな時に!」


「いやだ!!キスしてくれないと気分乗らない!!!」


 無茶苦茶である。この状況でキスなんてしてられるかと必死で言ったが、パモンは何が何でもキスしないとやらないと譲らなかった。


「何でもいいから二人とも早くしてよ!」


 白壁の言う事ももっともだ。急がないといけない。俺は仕方なくキスをする事にした。


「じゃ、いくぞパモン……」


「うん!!」


 キスをする。唇と唇が触れ合う。本来ならとてもロマンチックな場面でやりたかった。もっと落ち着いてやりたかった。その気持ちを押し殺して唇を当てようとした。


(くそ……何でこんな時に緊張してんだ。早くしないとまずいだろうが!)


 体がカチカチになる程緊張してしまった。

 当然だ。女性にキスをした事なんて今まで一度も無い。しかも自分からするとなればそれなりに勇気がいる。美少女を前にして俺の体は萎縮してしまっていた。


(そんな事はどうでもいい、早くしろ俺!早く、早く、早く!)


 ━━━!!!


 突然大きな爆発音が響く。

 振り返ると炎の塊が反対方向に進んでいた。


「まずい!逃げられたよ!」


 白壁はすぐさまバリアを解除して車の方に進んでいた。その表情からは必死さを感じた。


 俺はバカだ、何でこんな時に。そう思った。

 ただキスをするだけで良かったのに、それをするだけの勇気が出なかった。もしキスをしていたらパモンが戦ってくれて、そのまま事件は解決していたかもしれないのに。

 後悔してもとっくに遅かった。


 パモンは不服そうな顔で膨れていた。


「行こうダーリン!!早く車に乗って!!」


 俺はパモンに連れられて車内へ戻った。

 その後も夜の間中ずっと探し回っていたが、この日はもう、火事が起きる事すら無かった。

 調査の一日目は結局何も成果が出なかった。




 調査2日目。


 今日は白壁ではなく滝川たきがわが一緒に調査に来てくれた。昨日同様に昼間は聞き込みを行った。

 変わらずパモンは公園へ遊びに行った。

 昨日の事もあって俺は焦りや不安が凄かった。

 早く犯人を捕まえないといけない、頭の中をその言葉がずっとよぎっていた。


「焦るっすよね。わかります、その気持ち」


 滝川は俺を心配してくれたのか気遣った言葉をくれた。


「ありがとうございます、滝川さん。俺なんかの為に心配してくれて」


「気にしないでいいっすよ。自分は東さんに助けてもらったんっすから。これはその恩返しっす!」


 爽やかな滝川の表情を見て少しだけ落ち着いた気がした。


 一軒一軒聞き込みをするがやはり新しい情報は得られない。

 だが一つだけ気になる情報をくれた人がいた。

 50代くらいのおばさんに聞き込みをしていて、たまたまその情報が出たのだった。


「確かに最近多いわよね、私も怖いのよ。近所にもやられた家があってね、日車さんのお家だったかしら?あそこがね二ヶ月前に放火されたのよ。娘さん意外みんな亡くなったそうで、本当に可哀想よね。私思うんだけど今事件を起こしている犯人って、その時の犯人と同じなんじゃないかって?」


 聞き取りを終えて扉が閉まる。

 滝川は資料を見ながら考えているようだった。


「ここも特に変わった情報は無いっすね」


「……待ってください。日車さんの家が燃えたのが二ヶ月前って言ってましたよね、さっきの人」


「そうっすけど、今回の件とは関係ない事件だと思うっすよ。この事件が始まったのは六日前っすから二ヶ月前の放火事件は別件だと思うんっすけど、何か引っかかるんすか?」


「日車さんの娘に昨日公園で会ったんです。日車りとちゃんっていう子に。それでその時に今の事件について聞いたら、放火された時の事を話してくれたんです」


「別に普通の事だと思うっすけど」


「いや、二ヶ月前の事件の話を最近の事件って言うのは変な気がするっていうか……しかもこの事件って一般人には公表されてないんですよね?でもりとちゃんは今は西区に住んでいるのにこの事件の事を知っている。なんかおかしいと思いませんか?」


「噂が流れている可能性があるから何とも言えないっすけど……つまり、その日車りとって子が怪しいって思ってるんすか?」


「あ……いや、そんな事は思いたくないんですけど」


「取り敢えず公園に行ってみるっす。もしかしたら今日も来ているかもしれない」


 俺と滝川は公園に向かった。心がずっと落ち着かなくなっていた。公園に着くとパモンは一人で遊んでいた。


「パモン!りとちゃんいる!?」


「どしたのダーリン?!!!」


「いや、それが、その……」


 正直この事を言うのは少し酷だと思った。せっかくできた友達を犯人扱いされるのは、とても嫌な事だろう。でも事件解決の為に言わざるを得なかった。


「実は今りとちゃんが怪しいんじゃないかって……」


 何とか絞り出した。すごくもやっとした気分だった。だがパモンの答えは意外なものだった。


「あ、ダーリン今気づいたんだ!!!」


「……え?」


 パモンは普段通りのなんて事ない表情だった。

 特別何も思ってないくらい当たり前の事のようだった。


「いつから怪しいって思ってたんっすか?」


 滝川は質問する。


「最初に公園で会った時に魔力を感じてさ!!それで面白そうだから仲良くなったふりをしてたの!!!」


「あれ全部演技だったのかよ!」


 心配した俺がバカだった。パモンの方がよっぽど事件解決に近づいていたのか、と少し落胆してしまう程だった。


「そうだよ!!で、その後動く炎が目の前に来た時に同じ魔力の流れを感じたからビンゴって感じだったの!!!それで今日もワンチャン来ないかなって思ってここに来たんだけど、顔覚えられてたし、ここにはもう来なさそうかな!!!!!」


 パモンはどうやらとっくに事の事実に気づいていたらしい。俺達人間とは見える物や感じる物が違うのだから、それらを把握するのは容易だったんだろう。


「全部わかってたって事っすか?」


「そうそう!!まんまとここに来てたらとっちめて捕まえられたのにほんと残念だよ!!!」


「悪魔かよ……」


 思わず言葉が出てしまった。人間の理屈や倫理観はないんだなと改めて思ってしまった。

 滝川はこの事を本部に報告した。そして日車りとについての情報を集めてくれる事になった。

 俺達は引き続き事件が起きた時の為に、夜間の巡回を続けた。

 しかし、昨日の事があってか、俺たちの存在を知られてしまったせいか、今夜は火の手が上がる事は無かった。

 住民達は久々に静かな夜を過ごす事ができたようだったが、俺の心はその日中静かになる事は一度もなかった。

 もしりとちゃんが本当に犯人だったとしたら……どうしてこの事件を起こしたのかが気になって仕方がない。

 あの時俺に見せてくれた顔は嘘じゃないはず。そんな事をずっと頭の中で考えていた。

 考えすぎて俺はちっとも眠れなかった。

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