第2話

 


 音が聴こえる。耳鳴りが響く。体中に振動が来る。硬い床の上で横になると揺れる度に体が痛くなる。頭の痛みは特に酷い。

 頭がフラフラして意識ははっきりしてなかったが、少しずつ視界が明瞭になる。

 目を開けて自分がどうなっているかを知って俺は呆然とする。


 箱。


 金属で出来た狭い箱に俺は横たわっていた。窓は無く、うっすら灯りが点いている。

 俺の隣にはさっき出会ったばかりの、とてもうるさかった少女、パモンが静かに眠っている。

 揺れ方から察するにここは車の中なのだろう。


「目が覚めたみたいっすね」


 知らない声が聞こえて視線を向ける。爽やかな若い男が見える。少し微笑んでいるようで柔らかい印象を受ける。


「大丈夫っすか?体痛いと思うんでまだ動かない方がいいっすよ」


 軽薄に聞こえるが思いやりを感じる。そんな声をしていた。


「えっと……どう言う事なんですか、これ?」


 俺は男に問いかける。


「意識はハッキリしたけど記憶が少し曖昧っすか……」


 男は視線を逸らして呟く。

 そして今度は目を合わせて話しかけてくる。


「何が起きたか思い出せないっすか?」


「えっと……全然思い出せないです」


「じゃあ名前は覚えてるっすか?」


あずま京人けいと……」


 名前。自分の名前を口にして思い出す。契約書に名前を書いた事。突然パモンが現れて巨大な顔と男を倒した後に、スーツを着た男にパモンが殴りかかろうとした後の事を。





「そりゃあああああ!!!!」


 パモンはスーツの男に殴りかかる。

 だがその拳は男には当たらなかった。

 何枚もの紙のふだが空中で静止して男を守っていたのだ。


「何よ!!!!!これくらい!!!!!!」


 しかしパモンは攻撃の手を緩めずに何発もパンチを叩き込む。

 重い拳の連打で紙の札の守りは少しずつ歪んでいく。


「これでどうだーーー!!!!!!」


 パモンの渾身の一撃が防御を砕き、紙の札はそこら中に散らばり落ちる。

 スーツの男は即座に距離を取って構える。


「攻撃の意思ありか。ならばこちらも容赦はしない」


 男は合掌し一喝した。


「二次契約開始。『ロードイン』!」


 男の姿が一瞬にして変わる。さっきの巨大な顔を操っていた男も同じように変身していたんだろうと思う。

 僧侶のような衣装に機械の長い腕と頭蓋骨のようなヘルメットを背負う。シルエットだけならかなり異形な姿に見える。

 パモンは男の姿を見て笑う。


「何それだっっっさ!!!!!その程度のフェアリットにワタシが負ける訳ないでしょ!!!!!」


 パモンの言葉には自信が満ち溢れている。だがそれと同時に他の“フェアリット”というものを見下している様にも感じられる。


「そりゃあっ!!!!」


 パモンは素早く距離を詰めて拳を突き出す。

 男はすぐさま両腕を構えて身を守る。

 そして背中の長い腕を頭上から振りかざして反撃に転じた。


 攻撃による衝撃はこちらまで伝わってきた。

 それほどの強力な一撃がパモンに降りかかっていた。直撃すればひとたまりもないという事は音と衝撃でわかる。

 だが事実としてパモンは強い。攻撃を受け止めながら彼女はニンマリと笑っている。


「なかなかやるじゃん!!!って事は少し本気出しても大丈夫なんだよね?!!!!」


 パモンの声はどこか楽しそうだった。だが俺は楽しくない。もうこれ以上余計な事はしないでほしいと思っていた。多分スーツの男も同じことを思っているはずだろう。


「ふんッ!!!」


 パモンは全身に力を込める。

 その瞬間パモンの体が微かに光り出す。

 そしてパモンを中心に風が吹き出し、地面からも光が溢れ出す。

 男は距離を取って警戒する。

 パモンは何かを大きな声で呟く。


「地を知り、水を知り、風を知る!!我は地球ほしの全てを識る者なり!!【アース・リベアル】!!!!」


習得魔術(地球)アース・リベアル


 パモンの体が輝き周囲に突風と地割れが起きる。あまりの衝撃に俺は思わず尻餅をついてしまう。パモンは笑顔で男を睨みつける。


「この魔力量……普通じゃない」


 男は何かに気づいた様だった。

 俺もパモンの力がとてつもない物という事はなんとなく感じ取った。


「ダーリンの邪魔をする奴は、誰であろうと容赦しないから!!!!!」


 パモンは右手を天に向かって掲げ、頭上に巨大な光の球体を作り出す。その輝きは星も月もない夜空を全て照らし出す程だった。

 男は札を取り出して投げつけるが突風で弾かれる。

 パモンが右手を下ろす。


「パモンボールッ!!!!!!!」


 その瞬間、男は地面に手を当てて呟く。


「結界技、【魔気脱奪まきだつだつ】!」


 男の声に反応して先ほどから地面に散らばっていた紙の札が光を放ちパモンを取り囲む。

 そしてパモンが作り出した光の球体が少しづつ小さくなる。小さくなる度に紙の札は1枚、また1枚と破れていく。


「ちょっと、何よこれ?!!!!!」


 パモンは驚き困惑している。笑顔はなくなり焦りが出ている。

 その間にも光の球体は小さくなり最後には消えてしまった。

 それどころかパモンから放たれた光も失われていく。

 そして紙の札が全て破れ終わる頃には、パモンの周りから一切光がなくなっていた。


「あんたアタシに何したのよ!」


 パモンは弱っていた。先ほどまでの元気が無くなっており、足元もおぼつかない。

 男は答える。


「この呪符にお前の魔力を吸収させた。魔力が無くなれば魔術は使えん。それに魔力無しでは意識を保たせる事すらできないはずだ」


「何それ!そんなのインチキじゃない!……」


 パモンは悔しそうに、そして必死に睨みつけながら言うとその場で気を失ってしまった。


「さて、後はお前か。何が起こったのか話してもらおう」


 男はこちらに視線を向ける。そして歩いて近づいて来る。

 俺は正直怖かったが、何とか穏便に済む説明をしようと言葉を考えていた。

 しかし中々頭が働かない。急激な疲労感に襲われてしまっていた。

 何とか立ち上がってみたが体がふらつく。そして話をしようとしてバランスを崩し、背後に立つ電柱に後頭部をぶつけてしまいそのまま気絶してしまった。




「だっっっっさ!!」


「うわ!急に大声出してどうしたんっすか!?」


「あ……すいません。何とか思い出したんですけど……その……」


 自分がふらついて頭を打って気絶したという事がとてもカッコ悪く思えた。恥ずかしさの余り声が出てしまったのだ。そしてもちろん何があったなんて恥ずかしくて言えない。


「あー、気にしないでいいっすよ。どうして気絶したかは北見先輩から聞いてるっすから」


 自分の情けない所を初対面の人間に知られていた。こんなに恥ずかしい事はないと思って赤面している気がする。

 だが目の前の男は俺の事を全く気にする様子は無く、無線機で通話する。


「北見先輩?東京人が目覚めたっす。記憶に異常は無いみたいっすよ。ああ、もう一人の方はまだ目を覚まさないっす。身元が特定できそうな物は無いっすね。……了解、聞いてみるっす」


 若い男はこちらに目を向ける。


「じゃあ、取り敢えず尋問させてもらうっすね。黙秘権は行使できないんで正直に話してくださいっす」


 男はそう言って俺の前に座る。


「と、尋問を始める前に自己紹介させてもらうっす。自分は滝川たきがわりゅうM,I,S,I,ミシーっていうチームの隊員っすよ」


「え?」


「んで、あなたを確保したのがさっき自分が通話してた北見先輩……じゃ無くて北見きたみまことっす。自分と同じM,I,S,I,の隊員っすよ」


 ミシー。聞き慣れない言葉に戸惑って俺は聞き返す。


「あの、そのミシーって何ですか?なんかのチームの名前なんですよね?」


 滝川はハッとして答える。


「ああ、M,I,S,I,って言うのは魔術事件特別捜査隊の事っす。魔術事件の調査や魔術犯罪者の逮捕を行なってる組織で、今からあなたが行くところっすよ」


 自分には魔術だ事件だと言われても何がなんだかわからなかった。だがさっきの出来事を魔術の仕業だとしてしまえばそれも納得がいく。だがそれ以上に気になる言葉があった。


「え?えっと今から行くって?」


「ああ、実はあなたに今回の魔術事件の証人として情報を教えてもらう事になってるんっすよ。それで時間も無いから今からやってるんっす」


 つまり俺はその組織に連行されている途中という事らしい。


「心配しなくても大丈夫っす。話が終わったなら記憶を消して元の生活に返すっすよ。一般人には魔術の事を知られちゃいけないっすからね。だから覚えている内に尋問するって訳っす」


 俺は滝川の言った事がとんでもない事だと思った。だが、元の生活に戻れるのなら問題は無いなとも思った。


「それじゃ、その子の名前を教えてほしいっす。できればどこから来たとか、通ってる学校とか、どうやって知り合ったか、とか」


 俺は答えようとした。しかし、自分は彼女の事をうまく説明できないような気がした。


「えっと……なんて言ったら良いんでしょう。俺も今日初めて会ったんです。だから詳しい事はあんまり。でも、名前は分かります。確か“パモン”って名乗ってました」


「パモン?変わった名前っすね。本名かすら怪しいっす。ただそれより、先輩の話だとあなたの事をダーリンって呼んでたらしいっすね。初対面なのにダーリンって……」


「そうなんですよ。本当自分も心当たりが無くって……それに自分の事を俺と契約を交わした“フェアリット”だなんてよく分かんない事を言ってて」


 俺は何気なく事実を語った。語っただけだった。だが滝川の表情から自分の発言がとても重要な物だったとわかった。


「待ってくださいっす!今契約って!?」


「は、はい。パモンと出会う前に頭に籠を被った変な奴から契約書に名前を書いてくれって言われて……」


「それで……名前は書いたんっすか?」


「はい……」


 おそらく滝川にとってはとても意外な事実だったのだろう。目に見えて驚愕しているのがわかる。


「って事はあなたが魔召喚士で、その子がフェアリットとして召喚された……」


 滝川は急いで無線機を繋ぐ。

 間違いなく北見に話すつもりだろう。


「先輩、女の子は魔召喚士じゃないっす!東京人の方が魔召喚士で契約したフェアリットが女の子だったんすよ!」


 滝川の焦り方から事の重大さが伝わってくる。


「つまり、東京人は重要参考人じゃなくて確保対象なんっすよ!」


「え……?」


 確保対象。俺は彼らにとって捕まえる対象らしい。つまり俺は一般人として帰してもらえないという事が確定してしまった。

 人生最悪の日に俺は家に帰る事すらできなくなったのだ。そしてこの後、人生最悪の日は更に酷い方向に向かい始めるのだった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 フロントガラスから夜の街を眺める。

 ハンドルを握りアクセルを踏む。

 俺は護送車を運転している。先ほど捕らえた魔召喚士の少女とその隣にいた重要参考人、東京人、名前は免許証に書いてあった。



 俺があの現場に赴いていたのは相沢あいざわから魔術事件が起きている可能性があると推測される地区のデータを送られたからだ。二週間の間に行方不明者が34人出ているのは確かに異常だ。

 調査をしていると少し離れた位置で光の直線が地面に向かって伸びている。

 急いでその地点に向かうと声の大きい少女と不審者のような姿の男が立っていた。

 その近くには高校生が倒れている。

 俺は少女が戦闘を行ったと判断して接触を試みた。一般に許可の無い魔術戦闘は禁止されている。魔術を一般人に見られないようにしてその存在を秘匿する為だ。


 少女は常に声がうるさかった。だがそれ以上にその戦闘能力の高さに脅威を感じた。

 呪符による守りを容易く破るパワー。俺の【オーバー・ハイ】の攻撃を容易く受け止める反応速度と耐久力。そして周囲に影響が出るほどの圧倒的な魔力量。これまで戦ってきた魔召喚士の中でもトップに入る程の強さだった。

 巨大な魔力球を構えた時、この攻撃を許したら周辺に絶大な被害が出る事は考えるまでもなくわかった。咄嗟に先ほど散らばった呪符を使い、魔力を吸収して何とか動きを封じ込めることが出来た。かなりの枚数、200枚はくだらないだろう。大量の呪符を消費してしまう程その魔力は膨大だった。


 少女の動きを止めた後近くにいた男の方に近づく。少女はこの男をダーリンと呼んでいた。

 ダーリン。英語で男性の恋人や夫を指す言葉。

 おそらくこの二人は交際関係にあるのだろう。俺にはわからないものだが、事件の原因になっていた件が過去に複数あったので、恋愛とはそういうものかと思っている。

 男からは魔力の気配を感じない。おそらく一般人だろう。ただあの少女と何か関係があるようなので重要参考人として判断する。

 男は立ち上がったがその後すぐにふらついて背後の電柱に後頭部を打ち、そのまま気絶してしまった。


 取り敢えず俺は近くに倒れていた高校生の元に近づく。微かに魔力の反応を感じ、先ほどの戦闘はうるさい少女とこの高校生による物だったと推察した。3人を重要参考人及び確保対象に定めて護送車を呼ぶ。


「こちら北見。データを受けた地域で魔術戦闘を確認した。重要参考人及び確保対象3名を運びたい。車両2台を要請する。なおその内の一人の少女は非常に強力な戦闘能力がある。万一に備えて特殊防護型の車両を推奨する」


 通信に応じたのは滝川だった。


「了解っす。じゃあ自分と白壁しらかべさんが持ってくるっすよ。これで事件解決になると良いっすね」


「そうだな……それと、相沢に伝えておいてくれ。情報提供感謝すると」


「聞こえてますけどー!聞いてるんですけどー!」


 通信に割り込んできたのは相沢だった。


「何ですかそれー?お礼なら直接目の前で言ったらどうですかー?ありがとうございますくらい言えないんですかー?」


「…………」


 ━ピッ━


 俺は通信を切った。

 車両が来るまでの間、暗い夜空を眺めていた。



 今は高速道路を経由してM,I,S,I,の本部を目指している。

 こちらの車両の後部の収容ユニットに東京人とあの少女がいる。滝川は二人の監視と事情聴取の為に中に入っている。後続の車両は白壁が運転していて後部に倒れていた高校生を収容している。


 正直今回の事件にもう興味は無い。すぐに終わらせてまた別の調査をしたいとすら思っている。あの少女の能力は危険な物ではあるが、だからと言って俺が関わる事では無い。

 すると滝川から通信が来る。

 どうやら東京人が目覚めたらしい。

 滝川に尋問を任せてあの少女についての情報を聞き出したらこの一件は終わりそうだ。

 滝川は真面目な後輩だ。少々優しすぎるところもあるが、チームの雰囲気を良くしてくれる利点もある。気遣いのできる滝川は一般人相手に情報を聞き出すのが上手い。相手の気持ちという物を読むのが得意なのだろう。

 俺は他人の気持ちがわからない。

 気が利かない奴だとよく言われる。

 友人はいない。M,I,S,I,のメンバーと遊ぶことも無い。自分には必要ない物だと思っている。

 そんな事を思っていると滝川から再び通信が入った。


「先輩、女の子は魔召喚士じゃないっす!東京人の方が魔召喚士で契約したフェアリットが女の子だったっんすよ!」


 滝川の声には驚きが表れている。だがその発言の意味をすぐには理解できなかった。


「どういう事だ滝川?」


「つまり、東京人は重要参考人じゃなくて確保対象なんっすよ!」


「なるほど、理解した。引き続き監視を頼む」


 東京人は魔召喚士。あの少女はフェアリット。そのような事があり得るのだろうか。

 そもそも魔召喚士なら戦闘時は二次契約によって姿が変わる筈だ。しかし東京人の服装は普段着そのものだった。逆にあの少女は気絶した後も姿が変わらなかった。フェアリットは基本的に姿を変える事は無い。少女が魔召喚士じゃない根拠にはなるが東京人が魔召喚士であるという根拠にはならない。

 東京人から魔力を探知できなかったのも、気絶して倒れたのも、リンクしている少女の魔力が尽きていたからかもしれない。東京人の魔力が不足で気絶した事の原因が彼女だとすれば納得はいくかもしれない。


 しかしだとすればあのフェアリットと魔召喚士は相当なイレギュラーだ。

 フェアリットはあくまで戦闘の補助を行う為のものであり、自発的に戦うようなものではない。契約者の命令を聞かず完全に自立して行動する、そのようなケースは今まで聞いた事がない。自らの意思で魔術を使用するフェアリットは間違いなく危険と判断され管理対象になるだろう。

 この事実は上層部に報告しなくてはならない。

 あの少女を放置しておくのはあまりにも危険すぎる。



 と、その時前方に複数の光がある事に気づく。

 赤い光が7つ、路上に並んでいる。

 その光はその場から動かず道の真ん中で止まっている。

 いや、止まっているというより道を塞いでいるようだ。

 赤い光は上下左右に揺れる。まるで生き物の目のように。

 100mくらいまで近づいてようやくわかる。


 目玉。


 赤い光の正体は巨大な単眼の竜の目の輝きだった。それが7つ。7つの巨大な首が道路を塞いでいた。


「滝川、白壁。前方に大型の魔術存在を捕捉した。脅威対象と断定して行動する。車両を停車し戦闘態勢に移れ」


 他のメンバーに伝えて外に出る。

 滝川、白壁と共に前方へと進む。


「何っすかあれ……デカすぎるっすよ」


「僕だってあんな大きいのは初めて見るよ」


 目の前にいるのは7つの頭に一つずつ目玉と角を持つ巨大な竜。間違いなく何者かのフェアリットだろう。そしてその何者かは巨竜の側に立っていた。


「どうもどうも、M,I,S,I,の皆さん」


 機械で加工された声は性別も年齢も判別出来ない。声の主は鱗模様のライダースーツを着ている。顔はヘルメットで覆われ、手には杖を持っている。


「何者だお前は?何故我々の事を知っている?」


「ハハハ。答える義理なんてありませんが、まあ良いでしょう。私は『布袋ほてい』と呼ばれている者です。所謂いわゆる秘密組織の幹部の一人とでも考えていただければ」


『布袋』と言えば七福神の一人で巨大な袋を担いだ僧侶の名だ。現実でも苗字として使われている。だが魔術的に考えてこれは本名ではないだろう。

 魔術の世界において名前を相手に知られる事は弱点を晒すのと同義だ。だから偽名を使う必要がある。秘密組織であるなら本名を隠すのは当然だろう。そしておそらく組織名を聞いても答えないはずだ。


「なるほど。魔術犯罪組織の構成員か。ではついでに組織名も答えてもらおう」


「それは答えかねます。秘密の組織ですので」


 布袋は答えた。予想通り組織の名前は答えない。だがそんな事は重要ではない。

 問題は秘密組織の幹部が何の目的でここに来たのかだ。

 もちろん予想は出来るが。


「それで、何が目的だ?」


 俺の問いに布袋は答える。


「簡単な事です。魔召喚士二人を頂戴したく、襲撃に参ったのです」


 予想通り。布袋の目的は先ほど倒れていた東京人と高校生のことだろう。


「二人をどうする気だ?」


「秘密です。できれば穏便に終わらせていただきたい」


「それが出来ないならどうするつもりだ?」


「もちろんこうします」


 布袋は杖を掲げる。


 [使役魔術(七頭)キリリム]


 7つ頭の竜が頭を一斉に伸ばして襲いかかる。

 狙っているのは我々と後ろにある2台の護送車だ。俺は白壁に指示を出す。


「白壁、防御を!」


「わかってます!二次契約開始!『フラットウォール』!!」


 [防御魔術(壁)バリアウォール


 白壁はスーツ姿から巨大な鎧を纏った姿に変わる。両腕に持った大型の盾から壁のようなバリアを発生させて七頭竜しちとうりゅうの突撃を防ぐ。

 布袋は拍手をしている。


「いやー素晴らしい、情報通りです!あの攻撃を守り切るとはやりますね」


「ならば今度はこちらから行く。滝川!」


「了解っす!」


「二次契約開始『ロードイン』」

「変身!!」


 俺と滝川は変身した。

 滝川は竜の意匠が施された忍者装束へと姿を変える。


「行こう『ねがみ』!ヘビーアタック!」


 [使役魔術(竜)ねがみ


 滝川のフェアリットが空へと飛ぶ。翼を持つ蛇のような黒竜が布袋を狙って突撃した。


「遅いですね。とうっ!」


 布袋は後方へ跳んで攻撃を躱す。

 攻撃は地面に当たり衝撃で道路のアスファルトが周辺へと散らばる。

 その動きに滝川は驚く。


「速い!?あれじゃ本体型と変わんないっすよ!」


 だがいくら速く動けても、空中ではそうはいかない。布袋が避けた先へ俺は攻撃を行う。


「魔術始動、【オーバー・ハイ】」


 [変化魔術(高)オーバー・ハイ


【オーバー・ハイ】は背中に装備したフェアリット。背骨のようなパーツを伸縮させてどんなに高い所も越える高さにできる。

 空中にいる布袋に伸ばして長い腕による連撃を叩き込む。


「そう来ましたか……ならば!」


 [収納魔術(体内)ビルトインオーガンズ


 七頭竜の頭の一つが布袋に目掛けて何かを吐き出した。それは複数のパーツで構成された金属の盾だった。布袋はその盾を掴むとこちらの攻撃を凌ぎ切った。


 スタッ。


 布袋は地面に降り立つ。こちらの攻撃は一つも入らなかった。幹部だと名乗るだけあって戦闘能力は高い。どうやら秘密組織はただの犯罪集団では無さそうだと推測する。


「フフ、惜しかったですね。とは言え流石はM,I,S,I,……その強さは情報通りです。しかし私には後一歩及ばないようですが」


 丁寧な口調で布袋は話す。その発言に嘘は感じられない。皮肉など無いように聞こえる。

 本当にそう思っている。自分の方が我々より強いとこちらにまで確信させる程その声に曇りはない。

 すると滝川が叫んだ。


「だったらこれがもう一歩っす!!


 滝川は地面に手を当てる。

 すると先ほど突撃した時に散らばったアスファルトの欠片から無数の蛇の形のオーラが現れる。

 蛇は布袋の周りを取り囲み、さらに上空には滝川のフェアリットである『ねがみ』が待ち構えている。


「こいつを喰らえ!【ファントムスネーク】!!」


 [召喚魔術(蛇)ファントムスネーク


 蛇は一斉に布袋に飛び掛かる。その数はゆうに100は超えている。前後左右どこにも隙間は無く、頭上にいる『ねがみ』のせいで上空へ逃げることも出来ない。確実に当てる事が出来る。皆がそう確信した。



「残念ながら私が一歩先なのは変わりませんよ。[アーマーシフト]!」


 持っていた盾がバラバラに分離し布袋の周囲を高速で回転し始める。蛇の突撃は全て回転するパーツに切り裂かれる。最後の蛇が消えるとそのパーツは布袋の体全体へと取り付き鎧となる。


「見え透いていますよ!」


 上空から突撃した『ねがみ』を布袋がオーバーヘッドキックで蹴り飛ばす。

『ねがみ』に巻き込まれた滝川は吹き飛ばされる。

 俺はすかさず布袋に接近する。

 術によって硬化させた袈裟けさを両腕に巻き、背中の長い腕と合わせて4本の腕でひたすら攻撃する。

 だが布袋の鎧は堅牢でどれだけ攻撃を与えてもダメージが入らない。寧ろ攻撃を守る為にこちらが防戦一方になってしまう程だ。


「いい攻撃です、いい防御です!私程ではないですがとてもいい!だが貴方は、判断を誤りました!!」


 [使役魔術(七頭)キリリム


 布袋のフェアリットの頭の3つが襲ってくる。左右と上からの同時攻撃、避けられる場所は無く、守るには腕が足りない。

 万事休すか……そう思った。だが……


 [防御魔術(壁)バリアウォール


「北見さん!」


 白壁のバリアが攻撃を防いでくれた。だが、ここで俺は判断を誤った事の意味を理解する。


 今攻撃してきた頭は3つ。つまり残り4つは自由に動ける。そして残り4つが狙うのは一つしかない。東京人らが乗っている護送車だ。


「白壁!バリアを解除しろ!!」


「でも、それじゃ北見さんが!」



 すでに遅かった。4つの頭はそれぞれ2つずつで2台の車両へ向かっていた。


「まだまだー!」


 白壁はバリアを車両の前に生み出す。

 突撃してきた4つの頭を4枚のバリアで守る。

 だが、魔術は万能な物ではない。能力にも限度はある。白壁のバリアは広くしたり枚数を多くしたりすると耐久力が下がるという弱点がある。こちらにリソースを割いている上で複数のバリアを生成した今、耐久力はかなり落ちている。


 ━━バリンッ!


 バリアが全て破られた。俺は3つの頭の攻撃をもろに喰らった。竜の頭によって2台の護送車は横転し運転席が完全に破壊された。さらに後部の収容ユニットに噛み付いて強引にこじ開けようとしていた。


 その時、特殊防護を施された収容ユニットの壁が内側から破壊された。堅牢で銃弾すら通さず、プラスチック爆弾などにも耐える壁が易々と壊された。そして中から一筋の光が“刺す”。


「パモンパーンチ!!!!!」


 巨大な竜の頭を貫いた光に見覚えがあった。

 耳に響くけたたましい声に聞き覚えがあった。

 空気を、地面を揺らす衝撃に覚えがあった。


「さっきはよくもやってくれたわね!!!!!ぶっ潰してやるから覚悟しなさい!!!!!」


 あの少女が目を覚ましていた。そして全員に聞こえる声で、俺に対してそう言った。

 その声は何度も空に反響した。


 音が聴こえる。耳鳴りが響く。体中に振動が来る。俺は自分の死を覚悟した。

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