イライラ
——別に触ってもいいよ。
僕の脳内に望月さんの優しいセリフが駆け巡る。
一気に体が熱くなり、胸が苦しくなってきた。緊張なのか、額から脂汗が噴き上がってくる。
ど、どこを触って良いのだろうか。
ふくらはぎのマッサージを止め、仰向けになっている彼女の姿を舐め回すように確認する。とても女性的で、綺麗なボディラインだった。
「ん、何してるの?」
「あ、いや……」
薄暗くてわかりにくいが、望月さんの頬は赤くなっているようだった。
僕は口いっぱいに溜まった唾を飲み込む。
——いいのか? 胸触っても……。
望月さんはこちらの反応を待っているのか、それ以上何も話さなくなってしまった。
これは『サキュバス・コード』に書いたプレイ通りだ。
大丈夫なはずだ。
僕は意を決して、恐る恐る望月さんの大きく膨らんでいる胸に手を……。
「ふーん、結局、弱男もおっぱいなんだなぁ……」
ハッと僕は手を引っ込めた。
望月さんはいたずらっぽくこちらを見ている。
「あ、いや、これは……」
冷や汗が垂れる。
「あはは。ドキドキした?」
ニヤニヤしている彼女に僕は力なく笑うことしかできなかった。
土日を挟んで翌週の学校は朝から大騒ぎだった。
教頭がクビになった。しかも生徒に手を出していたらしい。他にも余罪があるみたい。先輩が週刊誌にインタビューされた。テレビ局も来ていた。校長も怪しい。などと、本当か嘘かわからない話が校内に蔓延していた。
だが、僕の関心はもちろんそこにはなくて、望月さんが視界に入るたびにドキドキしていた。
土日はずっと悶々としていたのだ。
いまだに望月さんのふくらはぎや太ももの感触が手に残っている。すべすべしていて柔らかな肌触りは一生忘れそうになかった。
それに肝心の写真の流出は防げたようだし、教頭の件も黙ってくれているようなので問題はないのだが、どうも不安になる。急に理不尽なことを言い出すのではないか。気が変わって、すべて暴露するのではないか。
そんな色々なことを考え出したら夜も満足に寝れなかった。
「おい、望月。なんで返事くれなかったんだよ」
僕がビクビクしながらホームルームを待っていると、そんな声が聞こえてきた。
望月さんのグループの一員で、どうやら金谷と付き合っていると噂の隣のクラスの森下くんの声だった。
森下くんは体格がよく、ボクシング部に入っていると聞いたことがある。彼にはよく突き飛ばされたり、足を引っ掛けられたり、殴られたり、蹴られたりした。
本日、金谷は休みなのかサボりなのか姿が見えなかった。
「あ、ごめん。忘れてた」
「忘れてたじゃねーよ」
森下くんはイライラしているようだった。
望月さんはスマホに夢中で、座ったまま彼を見ることもなく返事をしている。
「美涼のこと聞いてねーのかよ」
「ん?」
「あ? お前ふざけてんのか! 美涼からも何度も連絡いってただろ。おい! こっち見ろ」
森下くんは椅子を蹴飛ばして、望月さんの肩を掴む。
「や、ヤバいって。望月さんに手を出すのは」
「うるせぇ!」
森下くんといつも一緒に行動している男子が止めに入るが、彼のイライラは収まる気配がなかった。今にも殴りかかりそうな剣幕だ。
「おーい。席に着けー」
ちょうどいいタイミングで、体育教師が教室に入ってきた。
瀬戸口先生はどうしたのかとクラスメイトが不思議に思っていると、体育教師は色々あって先生たちは忙しいから代わりに来たなどと、歯切れの悪い説明を繰り返した。
「望月、昼休みいつものとこ来いよ」
森下くんはそれだけ言い残すと大人しく、教室を出ていった。
「あの、なんで僕も」
昼休み。僕は望月さんに連れられて、校舎の屋上に来ていた。
屋上には誰もおらず、二人きりだ。
ちなみに僕は高校に入学してはじめての屋上だった。普段用もないし、いつも森下くんたちがたむろしているので避けていたのだった。
「あいつがしつこいから」
望月さんは彼らを馬鹿にしたふうに言った。
何メートルもあるフェンスに寄りかかり、風を浴びている。短くしているプリーツスカートがはためき、時折捲れそうになっていた。
「ちょっと離れたところにいますね」
余計なことに巻き込まれたくないし、望月さんの横に立っていたら間違いなく森下くんに疑われ、暴力を受けるに違いない。
僕の今までの経験がそう忠告していた。
しばらくすると森下くんとそのお友達二人がやってきた。
彼らは望月さんに向かい合う形で並ぶと、強い口調で言った。
「望月、美涼から連絡あっただろ。俺からもした。なんで返事しなかったんだ」
「だから、忘れてたんだって」
「じゃあ、今返事をくれ」
森下くんは威嚇するように、望月さんに詰め寄る。
「教頭はクビになったんだから、それでいいじゃん」
「そうじゃねーよ。お前、親友なんじゃないのかよ」
「あー」
熱くなっている森下くんに対し、望月さんはフェンスの外を眺めながらそっけなく答える。
「そうだっけ?」
「お前、ふざけるなよ! なんだよ! 今度は美涼を切るのかよ! お前あんま調子乗るなよ! 今までのこと全部ぶちまけるぞ!」
「ちょ、森下くん……まずいって」
「えー、どんなこと?」
激昂する森下くんをどうにか嗜めようと後ろの二人が抑えるが、静止を無視して彼は続ける。
「お前が気に入らない教師クビにしたり、生徒を転校させたりしてることだよ」
「あー、確かに君が妊娠させた子は別の高校に移ってもらったよね。思い出した」
「お前にやれって言われてやったんだよ!」
「楽しそうだったじゃん」
は?
僕は思わず顔を出してしまう。
望月さんはこちらを見て、ふふっと笑った。
「なに笑ってんだ!」
「あいつが気持ち悪い顔をしていたから」
望月さんの声に、森下くんたちが一斉にこちらを睨みつける。
完全に見つかってしまった。
僕はビクッとしながら、後退りする。逃げてもいいかな。いや、逃げてもどうせ放課後捕まって、ボコボコにされるのがオチだろう。
「おいおい、キモ豚。何見てんだよ! またミンチにしてやろうか? あ?」
「森下くん、まさかあいつずっと聞いてたんじゃない?」
「あ、いやいや……」
まあ、聞いてたけども……。
森下くんたちは僕の方に向かってきた。
完全にやる目をしている。毎回こんな感じなのでもはや珍しくもなく、僕はただ抵抗することをやめ、彼らが飽きるのを待つだけなのだ。
「——お金が欲しいの? 美涼は」
「あ? 当たり前だろ。教頭にはきっちり慰謝料払ってもらわないと。望月の力があればうまいことできるんだろ?」
「自分で教頭に言えばいいのに」
「やっぱ、お前ふざけてるだろ」
そう言って森下くんは望月さんの両肩を押して、突き飛ばした。
小柄で軽い望月さんは綺麗に真後ろに飛ばされ、体勢を崩し、そのまま後方に滑っていった。
僕は思わず、反射的に彼女のところへ走ってしまったのだった。
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