マッサージ
「遅いんだけど」
僕は肩で息をしながら、汗だくになってベンチに座っている望月さんの元へ戻ってきた。
意外とコンビニは遠く、普段まったく運動をしていないデブにとってはかなりきつかった。
「す、すみません……」
「ちょっと温くなってんじゃん」
「す、すみません……」
「え? もっかい買ってくる?」
「す、すみません……」
僕は倒れ込むように地面に頭をつけた。勘弁してください、と。
「立場わかってきたじゃーん」
望月さんは楽しそうに、土下座している僕の頭を踏むと、そのままフットレストとして使い出した。
くそっ、なんなんだよ……と内心悪態を吐くが、とても口には出せない。
彼女が飽きるまで付き合うしかないのだ。
いつになったら『サキュバス・コード』のシナリオは終わるのか。
早くしてくれと祈るばかりだった。
「ていうか、さっきから美涼がウザいんだけど。ホントどうする? お前何か考えてー」
「な、なにかって?」
「ウチの学校、他にエロ教師いないの?」
「ちょっと聞いたことないですね……」
「ほーん、やっぱお前やる? あのブスでも勃つしちょうど良いじゃん」
「いや、ほんと。そういうのは……退学になるでしょうし……」
はあ? と望月さんは笑い出す。
笑うたびにガシガシ蹴られて、背中が痛い。
「そんな心配してたの? ウケる。適当に揉み消してあげるから安心しろってー。まあ、わたしがやるんじゃないけど」
「えっと、どういうことです?」
「ホントに知らない系?」
「はい……」
望月さんの驚いた顔に、僕も驚く。
本当にどういうことなのか意味がわからなかった。父親が校長と仲が良いからどうにかできるということなのか。そういえばさっきもおかしなことを言っていたな。
「ウチのパパ県議会議員なんだよねー」
「え」
「ママは教育委員会だし、おじいちゃんは国会議員なんだけど」
「え」
「あはは。マジで知らない感じだったのか。わりかし有名だと思ってたわー。なんか恥ずいわー」
僕をまだ足置きにしている望月さんはスムージーを飲み切ると、「え、マジで!」と今日一番の声を出した。
「お前、今までパパとかおじいちゃんのこと知ってていじめ受け入れてると思ってたけど、違うってこと? まさか、シンプルにわたしにビビってたの?」
「え、あの……ホントに知らなかったです……」
僕の返答に彼女は盛大に吹き出し、涙を流しながら、お腹を抱え、ベンチの上で転がり出す。よっぽど面白かったのか、しばらく笑いが止まらずにいた。
「最高だわ。お前、クソじゃん。リアルに弱男いたんだけど。同じ学校にこんなゴミみたいなやついて、逆にビビるわ」
「はあ……」
「てことはさ——ちょっと待って、普通さ、わたしに近づいてくる連中って、わたしの家の権力にビビったり媚び売ったりしてるわけ。それ、それなのに……」
望月さんは笑いが収まらず、一旦一呼吸を置いて、話し始めた。
「それなのに、お前はさ、わたしのことしか見てないわけ。ウケる。ヤバ。何これ。ラブコメはじまる?」
「えっと、あのー」
「はじまらねーわ」
望月さんは自分で言って、僕の背中を蹴り飛ばした。
それから望月さんは急に黙ってスマホをいじり出した。
僕はまだ解散にならないのかと飽き飽きしていたが、それと同時にシナリオはどうなっているのかと不安にもなってきていた。
この感じ、もしかして『サキュバス・コード』失敗しているのでは……。
もう一度送信したプレイ内容を思い出す。
『帰宅した望月乃々香は誰にもバレないようにこっそり家の外に出ると、会う約束していたクラスメイトと遭遇する。その後、近くの公園に移動すると彼の写真を削除し、お礼として体を触らせる』
変な文章を書いてしまったから、バグってるのか。
あるいは、そもそも望月さんと遭遇したのが10分以内ではなかったのか。
「あーあ、最高な気分。ねえ、弱男、肩揉んでー」
望月さんはまったくベンチから動く気配はない。
フットレストになっている僕はそっと彼女の足を地面に置くと、そそくさと背後に回って肩に手を伸ばした。
「今日のパーティー、クソつまんなくて肩凝ったんだよねー」
そういえば人の肩なんて揉んだことはない。
恐る恐る彼女の細い肩に触れてみる。
なんとなくこの辺かな、という部分を軽く掴み、押してみる。
「ああー」
と、望月さんが息を漏らした。
正解なのかよくわからないが、続けて力の加減を変えて何度か押してみた。
「いいじゃん。弱男、明日からも下僕よろしくー」
「あのー、写真は?」
「あー、消した消した。お前の情けない姿なんていつまでもわたしのスマホに入れておきたくないし、つーかホントにキモい顔してて、あーマジ夢に出てきそう」
「ありがとうございます。なんか、すみません……」
「今度、自分の顔、鏡で見てみ。死にたくなるよ」
自分の顔見ながらするのは地獄だなぁ……。
「次は足やって」
望月さんはベンチに仰向けになり、完全にマッサージを受ける体勢に入っているようだった。
足と言われましても、と悩んでいると、彼女はスニーカーを雑に脱ぎ出した。
白い短い靴下が僕の太ももに当たる。
少し湿っていたが、もちろん黙っておくことにした。
「なんかちょっとダルいんだよねー」
とりあえず、足首を掴み適当に握ってみる。
彼女の足首はとても細く、少し力を入れると折れてしまいそうなほどだった。あまり強く握らないように慎重に扱う。
少しずつふくらはぎに向かって握る位置を変えていくが、どこもとろけるような柔らかい肌触りで、驚く。
想像の数倍スベスベしていて、優しい雲を掴んでいるような触りごごちは最高だった。
チラッと望月さんの様子を確認してみるが、大きな胸に邪魔をされて彼女の顔がよくわからなかった。少し体勢を変えて顔を覗き込んでみようとしたが、今後は彼女のつま先が僕の股間にちょうど当たり、慌てて顔を引っ込める。
僕は一人であわあわしていたが、彼女は無反応だった。
少しだけ気分が良くなっていることを隠しつつ、ついに太ももに手を伸ばすことにした。
「弱男は、脚フェチ?」
「えっ」
その言葉に思わず手を止めてしまう。
さすがに太ももを触るのは違ったか。
「みんな胸ばっかり見てくるのに、弱男はそういえば脚ばっかりだなーって思い出した」
「いや、あはは。そう、ですかね」
どちらかというとそうかもしれないが、まさか望月さんにバレているとは。
僕は額に脂汗をかきながら、もう一度ふくらはぎのマッサージに戻った。
「うーん、なんでこんなこと言ったんだろ? さっきから頭がふわふわしてるんだよね」
「大丈夫、ですか?」
と、心配するふりをしながらも心当たりはあった。
瀬戸口先生にアプリを使ったとき、自分の頭を誰かに支配されたような気分に陥ったことがあった。
それまでいつも通りだったのなら、きっとそういうことなのだろう。
「別に触ってもいいよ。お礼に。今日だけね」
望月さんは手で顔を隠しながら、少しだけ恥ずかしそうに小さく呟いたのだった。
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