ショートパンツ

 街灯に照らされた望月乃々香は、大きめの白いゆるやかなシルエットのTシャツに、同じく白い大きめのショートパンツにスニーカーという姿だった。どことなくダボっとしているが、それが逆にオシャレにも見える。

 大きな丸いメガネをかけており、髪はまとめることなく流していた。

 普段彼女は学校ではメガネをかけていないので一瞬見間違えたかと思ったが、二言目のセリフで本人であると確信した。


「うわ、キモ。ストーカーですか?」

「…………あ、いや」


 と、僕は手を振り否定するが、気になるのはアレから何分経過しているのかという点だけだった。こんな幸運なことはない。今まで生きてきて、もしかしたら最上級についている瞬間なのかもしれない。

 10分は経ってないと思いたい。まだ9分30秒くらいのはずだ。


「——なになになに? え、マジでキモいんだけど。何してんの、こんなところで」

「いや、散歩というか……たまたま歩いてたらここに来たというか……その、ええっと。はい……」

「夜にお前と会うとかマジ最悪だわ」

「……あはは。それは、すみません」

「外でもコミュ障やってのウケるんだけどー。キモ」

「ずっとこうなんで…………えっと、な、何を、一体何をしてるんですか?」

「はあ? コンビニ行くんだよ」


 ——望月と会話ができている?


 今まで彼女とこれほどまでに会話が続いたことなどなかった。

 これは『サキュバス・コード』が効いてる、のか?

 どことなくいつもの彼女より態度が柔らかいような、好意的なような気がしないでもなかった。


「あ、あの。しゃ、写真のこと……なんですけど……」

「ん」

「ここだとアレなので、向こうにある公園で話しませんか?」


 僕の提案に望月は訝しがりながも、同意してくれたようだった。




 望月邸からほんの少し歩いたところに、小さな公園があった。

 鉄棒、ブランコ、砂場と一通り揃っているが灯りがない場所は暗く、近くまで寄らない何があるかわからない。

 僕たちは鉄棒の横にあった三人がけのベンチに座った。


「ていうか、教頭クビになったのウケるんだけど」

「え!」

「さっきパパから聞いたんだよねー」

「え、どう、どういう……」


 もう保護者に連絡が回っているのかと思考を巡らすが、そんなわけはない。

 というか、そもそも望月が撮影した教頭と金谷の写真がもう出回っているということなのか。放課後からまだ数時間しか経っていない。

 早すぎないか、と驚いていると望月が笑いながら説明してくれた。


「ああ、知らんタイプか。パパ、校長と仲良いから。速攻で謝罪の電話来て、明日新聞載るって」


 校長と仲が良いと聞いて、なんとなく今までの望月の学校の態度に合点が入った。

 つまり、多少のアレは悪ふざけとして見逃してもらえるのだろう。

 そんなことが本当にあるのかわからないけど。

 でも、なぜ仲が良いだけで望月の父親に謝罪を……?


「——で、お前。焦ってわたしのとこ来たってわけ? 教頭とグルだもんねー。自分のことは見逃してくれってことかしら?」

「あ、いや、別にグルでは……」


 望月はバカにしたように笑みを浮かべ、足を組み、どかっと背もたれにもたれかかった。


「教頭に女子生徒を献上して、見返りはなんだったの? ん?」

「あの、本当に教頭先生とは何もなくて……たまたま……」

「たまたま?」


 望月は片足を僕の膝に乗せた。

 薄暗くてもよくわかるほど色白くキメの細かい肌に包まれたふくらはぎに、ショートパンツの裾からチラリと見えている太ももが僕の頭をくらつかせる。

 彼女のことは軽蔑しているが、この綺麗な脚を目の前で、いや手を触れることができる距離で鑑賞できて、幸せだった。

 遠くにサキュバスの彼女が見えた。鼻で笑いながら、少し元気になっている僕の愚息を指さしている。恥ずかしい。

 そんなことに気がつくわけもなく、望月は僕の膝を軽く揺らしながら囁いた。


「たまたま美涼が犯されてるところを見かけて、助けることもなく、一人で楽しんだってことで良いのかな?」

「……いや、あの。その、そ、べ、別に」

「ふーん。今からクラスのグループチャットに、お前のシコってる姿アップしても良いんだけどなー」

「……いや、あの。本当にお願いします。やめてください。写真消して欲しいです。お願いします」


 僕は声を震わせながら、写真を削除して欲しいと訴え続けた。

 望月は終始、僕と教頭の企みを疑っていたが、最終的には納得してくれたような顔をした。


「土下座」

「はい……」


 だが、土下座謝罪を命じられて僕が従順に応じたから、飽きただけなのかもしれない。


「消してもいいよ。その代わり下僕になってね」

「あ、ありがとうございます……」


 僕は土下座をした頭をスニーカーで踏まれながら、安堵した。

 これで最悪の事態は防げた。


「じゃ早速、コンビニでダブルベリーヨーグルトスムージー買ってきてー。ダッシュで」


 とにかく僕は望月さんの機嫌を損ねないように、ダッシュでコンビニまで行くのだった。

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