プリーツスカート

 金谷美涼はちゃんと進路指導室に向かってくれた。

 僕は彼女の少し後ろをついて行った。

 放課後の校舎はあまり生徒が残っておらず、足音がよく響く。

 ただでさえ金髪にしている金谷は目立つのだが、ブラウスのボタンを開け、だらしがなくリボンを緩くしている彼女の存在は人が少ない空間では異質だった。

 プリーツスカートを極限まで短くし、パタパタを床を鳴らしながら堂々と歩く姿は後ろから見ているだけでビクついてしまう。

 僕は彼女に何度も色んなところを蹴られたし、痣になっているものもある。


 進路指導室は大きな教室をパーテーションのようなもので区切って四つの個室を作っている。各部屋の扉には利用者のプレートがぶら下がっており、金谷は進路指導室のドアを開けると、まっすぐ教頭の部屋に入って行った。

 僕は少し不安になりながらも、横の部屋に入って様子を伺うことにした。プレートは適当に下げておいた。


「今日はなんですかー?」


 軽く壁に耳を押し付けるだけで、会話は筒抜けだった。


「相変わらず金髪のままじゃないか。校則になくても派手すぎるものはダメだと何度も言ってるじゃないか。変える気がないようだから、また呼んだんだ」

「バイト代入ったらって言ったじゃないですか」

「いつバイト代が入るんだ? 先月も先々月も同じことを言っていたが。それにそのだらしがない着方もやめなさい。ボタンもちゃんと止めて、リボンもつけるならちゃんと……」

「はーい」


 教頭はトントンと机を小突きながら、話を続ける。


「それにそのスカートも。瀬戸口先生からも注意されたはずだろう。そんなに織り込んで短くして」

「可愛くないですか?」

「いいかね。本校の制服、ひいてはプリーツスカートというのは、膝上10センチがベストだと相場が決まっているんだ。金谷君は何センチで履いてるんだ? 見たところ7センチか? 5センチほどの日もあったな。それでは短すぎるんだよ。脚が長く見えて可愛いという趣旨は理解できるが、プリーツスカートを身に纏っているのだから、プリーツを楽しませてほしいのだよ。アコーディオンのように広がったり閉じたりして、スカートに立体感を出すことで奥行きが出るのが素敵じゃないか。男性を挑発するようにふわり、さらり、と揺れるところが可愛らしいのであってだね」

「は?」


 教頭の熱い語りに僕は唖然とするしかなかった。

 見えていないが、今の金谷の表情がとてもよく想像できる。


「ちょっと立ってみなさい。ほら」


 教頭が立ち上がる音がした。


「え、いや、ちょっと——」

「いいから」


 教頭の声に応じて、金谷も立ち上がった気配がした。

 僕はパーテーションと床の隙間に顔を突っ込み、どうにか隣の部屋の様子を伺う。少ししか見えないが、二人の後ろ姿は確認できた。


「ちょっ、なに…………は? キモ、キモイんですけど」


 困惑する金谷。

 教頭は鼻息を荒くしながら、彼女の腰に手を回した。スカートの長さを変えようとしているようだった。

 僕の位置からでは二人が抱き合っているようにしか見えない。


「……はぁ。なんだね、この甘い香りは」

「え、なになに——」


 教頭は下半身を強く押し付けるように金谷の腰を抱きしめると、一度深呼吸をした。


「はぁあああ…………。金谷君は本当にけしからんな。甘い香りに、すべすべの肌。綺麗な太ももは芸術作品のようだ。挑発するようにこんなものを露出して、まったく——」

「ちょ、ホント、キ——」


 金谷の言葉を遮り、ちゅぱっと音が響いた。

 荒い息遣いが漏れ聞こえる。

 ぶちゅっと吸い付くような音が何度も耳に届く。

 パーテーションの向こうで何が行われているのか。想像しただけで、僕も呼吸が荒くなってきてしまった。


「——った、く。最低、キモ」

「っはぁ、はぁはぁ……」


 金谷の声がどんどん小声になっていく。

 何かが擦れるような音が伝わってくるが、教頭の鼻息ですべてを消し去ってしまっていた。

 しばらくすると、ドンと僕の部屋のパーテーションが揺れた。

 僕は慌てて立ち上がり、倒れてこないように背中で抑える。


「ホントやめて、ください……」


 今まで聞いたことのないような金谷の涙声が壁一枚向こうから聞こえてくる。

 ばさっと何かが落ちた音がした。スカートだ。隙間から床を滑るスカートが見えた。


「なんだねこれは。まったく……校則違反だぞぉ……」


 布の擦れる音が強くなる。

 スコスコと何度も何度も同じ音が響いていた。壁越しに少しだけ、振動もくる。

 僕はその揺れが激しくなるにつれて、息が苦しくなってきた。ズボンのテントもいよいよはち切れそうだった。


「————っあ。いや……」


 金谷の吐息混じりの声を皮切りに、僕は限界を超えてしまった。

 触れてもいないのに、ビクン、ビクン、と止まらなくなる。

 はあっ。ヤバい、ヤバい。何をしているんだ……。

 ズボンにシミが広がっていくのがわかった。身に覚えのある匂いも漂ってくる。


「先週の水曜日もこれだったね……学校にこんなもの履いてきて……どうする気だったんだ——」

「やっ……やめて……」

「おお。もう、こんなに……」

「ほんっとに。や。あっ。あ。はぁ……」


 クチュクチュという音が頭の中を駆け巡る。

 僕は息を殺して、全神経を壁の向こうに注ぐ。


「ほぉー、やわいのぉ」


 教頭は興奮冷めやらぬ様子で呟くと、何かをじゅるるっと舐め上げた。

 レロレロ。チュパチュパ。

 それからしばらくの間、淫靡な音は止まることのなく個室に響き渡ったのだった。

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