コンセント

 ホームルームの時間になると瀬戸口先生は今朝と同じ服装で教室にやってきた。

 一応というか、歴とした担任の先生なのだが、一部の男子は先生がクラスに入るたびに歓声をあげ、いつも先生をからかっている。


「もう。やめてなさい」


 そんなことを言っているが、まんざらでもないのは誰の目にも明らかだ。

 僕でもわかる。

 そんな先生に放課後呼び出しを受けているので、これが終わったら向かわなければならないのだが、それにはある程度生徒が捌けたタイミングを見計らわないといけないという制約がある。

 もし僕が職員室に行くところを誰かに見られていると、要らぬ誤解を与えるし、難癖をつける隙を与えてしまうのだ。この辺は気をつけなければならない。

 なんで、僕はこんな気を使わなければならないのかわからないが。

 さらに、何にせよ瀬戸口先生から色々情報を吸い上げるためには先生の顔写真が必要なので、早いところ機会を見つけて、撮影をしたい。できれば、職員室に行く前に。


 ホームルームはいつも通り終わった。クラスメイトは帰宅組と、部活組に分かれて各々教室を出ていく。

 僕は先生の後を追うように、教室を後にした。

 先生はこのまま職員室に直行だろうか。

 それならばどこかで追い抜き、物陰から写真を撮らなければならないが、中々チャンスが訪れない。

 ハラハラしていると、先生は職員室ではなく、途中にある進路相談室に入って行った。これ幸いと僕は入り口がよく見える物陰に隠れる。

 意外と学校の中は隠れるところが少ない。

 関係ない教室には入れないし、鍵が掛かっている部屋も多い。さらに日中は生徒がうじゃうじゃいるので、変な行動は取れない。

 そもそも僕は悪目立ちするし……これは学校以外で撮影チャンスを待った方がいいかなと諦めていると、先生が進路相談室から出てきた。

 スマホのカメラはすでに起動しているが、アワアワしていると先生はそそくさと歩いて行ってしまった。

 くそ、完全に逃した……。




 仕方がないので時間差で職員室に入ることにした。

 瀬戸口先生はすぐに気がつき、そのまま奥にある相談室とプレートが掛かっている個室に案内された。

 ここは去年、例の三者面談をした部屋なので記憶に新しい。


「どうぞ、座って」


 先生はそういうと、紙コップを差し出した。冷えた緑茶のようだ。

 言われた通り、僕は椅子に座る。

 長机二つを挟んで対面に先生も腰を下ろした。


「君のことはずっと気になってて。それでね、ずっと話をしたいと思っていたの。去年相談してくれた件なんだけどね、先生も色々と調べたり生徒に話を聞いたり——」


 先生は神妙な面持ちで語り出したが、僕はそのタイミングで重要なことを忘れていることに気がついた。スマホのバッテリー残量だ。いつもすぐ帰宅するので、ギリギリ耐えていたが、今日はもしかしたらまずいかもしれない。

 さっとポケットからスマホを取り出し、残量を確認する。10%と表示されていた。

 本当に死ぬんだよね……?

 

「——あ、あの先生、すみません」

「ん?」

「どれくらいやります? これ」


 背中に汗が流れる。

 これ、まずいのでは。

 

「うんうん。そうだよね。本当にずっと話ができればなって思ってて——」

「あああああ、いや、あのそういうことでしたら……スマホ充電させてもらえませんか? もうギリでして。充電器は持っているのでコンセントに刺すだけでいいのですけれども……」

「うーん、学校での電子機器の充電は校則でNGなんだけど」

「……そ、そうなんですけど。今日は、その、とても重要で重大な連絡がくることになってて……。あのー。そうそう。母親から」

「お母さんがどうしたの?」

「え、えーっと、病院ですね。はい、病院です。母親が病院に行ってまして。その、連絡を待つことになってて」

「ええ、そうなの? 帰らなくて大丈夫?」

「や、はい。それは大丈夫です。ただ、連絡が受けれればいいので。すみません、今日だけ見逃してください」


 僕はそこそこ必死感ある感じで頭を下げた。

 これで行けるか?

 ダメそうだったら、ダッシュで帰宅するしかないか。


「ううーん、まあ、いいかな? 内緒だよ。そこの使っていいよ」


 瀬戸口先生は言いながら、長机の上に伸びている延長コードを指差した。

 あぶねぇ……。

 額に浮き上がってきた大量の脂汗を拭いながら、ありがたく充電させてもらうことにした。万が一の時のために充電器を持ってきていてよかった。

 ふうーっと安心した時だった。

 悪魔の囁きが聞こえてきた。


 ——せっかくスマホを机に置いたんだから、通知を確認するふりをして撮影しろ。


 さっと周囲を見回すが、サキュバスの姿はない。彼女は気まぐれで現れたり、いなくなったりするのだ。

 では、これは誰の声か……。


「お母さんお身体、良くないの? はじめて聞いたからちょっとびっくりしちゃった」


 ——相手は何も警戒してないぞ。


「ええ、まあ」


 そんな適当な返事を打ちながら、僕は胸の内に響く声に従って自然とカメラアプリを起動し、レンズを先生に向けていたのだった。

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