トイレットペーパーホルダー

 翌朝はいつもよりだいぶ早く学校に向かった。

 次の計画の第一歩は、生徒が少ないタイミングでないと難しいと思っていたからだ。

 下駄箱につくと、僕は辺りを警戒しながらササっとと職員室に向かった。

 職員室に入ると、目的の人物はすぐに見つかった。

 担任教師である瀬戸口先生だ。


「……お、おはようございます」

 

 今日の瀬戸口先生はライトグレーのセットアップに白いブラウスという、よく見る服装だった。身長も僕と同じくらいあるし、先生はどちらかというと背の高い方で、それがまた余計にスタイルが良く見える。まだ大卒3年目らしく、クラスの担任が瀬戸口先生であるとわかると一部の男子は大喜びしていた。確かに教師陣の中でもほとんどいないスレンダー系美人だし、聞くところによると何かを相談するととても親身になって話を聞いてくれるらしく、男子はもちろん女子にも人気とのことだった。

 僕はそんな経験はしたことないが。


「…………え……はい、おはよう」


 瀬戸口先生は僕を見かけると、少し意外そうな顔をしたと同時に、視線を外した。

 そういえば、イジメを最初に相談したのは瀬戸口先生のはずだ。

 去年の夏休み前に隣のクラスの男子にボコボコにされ、彼らの担任だった瀬戸口先生に話をしたのだ。

 その後、学年主任と瀬戸口先生と僕で三者面談をしたんだっけ。

 先生と直で話すのはそれ以来だな。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」

「え? あ……はい……なに、かしら?」


 先生はだいぶ怪しんだ様子で、尋ねてくる。

 まあ、この辺は仕方がない。織り込み済みだ。アレ以来何も進展していない上に、今年から担任になっているのにも関わらず、特にいじめの件については触れてこないのだ。

 よっぼど気まずいのか。それとも、とっくに忘れているのか。


「先生の誕生日を教えて欲しいんです」

「え、た、たん、誕生日?」


 先生は目を開き、少し驚いた顔をした。


「はい。望月さんが聞いてきて欲しいって。何かを計画しているみたいなんです」

「……何かって、何を?」

「さあ? 望月さんが僕に話すと思いますか?」


 僕の言葉に先生は手をギュッと握り締めた。体に力が入っているようだ。

 首元にじんわりと汗が浮かび上がってきていた。


「…………10月だけど」

「10月の何日ですか?」


 先生は慌てて日付を答えると、一歩前に踏み出し、小声になった。


「————ごめんなさい。今日の放課後、職員室に来てくれる? 話しがあるの」


 僕は頷くと、ゆっくりと職員室を出て行くことにした。

 緊張と不安、それに焦りもある。口が乾いてきて、後半は声が掠れてきいた。これ以上は持ちそうもない。 

 膝がガクガクと震えてうまく歩けなかったが、不審に思われなかっただろうか。




「ククク。誕生日聞くだけで、そんなに緊張しなくても」

「……はじめてやったんだ。しょうがないだろ」


 1時間目の授業がはじまる前に僕はまだバクバクしている心臓を落ち着かせるため、例のごとく個室トイレに篭っていた。変な汗もかいている。背中もびっしょりだ。


「ま、まあ、これで先生の誕生日はわかった」

「写真はどうするんだ? 授業中にこっそり撮るのか?」

「それは怪しいし、授業中にスマホ出してたら後ろとか横から蹴られるからダメだ。調子乗るなって」

「愉快な学校だな」


 ケラケラ笑いながら彼女はトイレットペーパーホルダーに腰掛ける。

 短いスカートから程よい肉付きの真っ白な太ももがあらわになり、強烈に視線と思考が奪われる。

 彼女ともう何日か過ごしていて気がついたことがいくつかあるが、正直に認めよう。油断すると、理想の女子の姿となっているサキュバスにすべてを持っていかれてしまう。なるべく意識しないように、強い心を持たねば。


「で、あの女教師をターゲットにして、何をするんだ。今度はお前がやるんだろうな」

「し、仕方がないからな……あと、先生からクラスの奴らの情報をもらう必要もあるし」


 金谷美涼と望月乃々香の生年月日がわからない以上、彼女たちに直接何かはできないし、前回のように別の生徒を使うにしても、もう他の生徒の情報は何も持っていないのだ。

 とりあえずは担任を使って、名簿とか手に入れることができないかと考えていた。


「チェリーのくせにいきなり年上をいくとはな。お前のタイプから外れているんじゃないのか?」


 僕が妄想した世界一の美少女は、ニヤニヤしながら前屈みになり、セーラーの襟元を少し緩め、隙間から谷間を見せつけてくる。

 完全に僕の視線を楽しんでいるようだ。


「なんてたって、好みはこっちだもんなー」


 本来の黒髪の乙女はこんな挑発的なセリフは言わないが、それでも容姿は最強であるわけで……どんなに頑張っても、本能的に視線を持って行かれてしまう。

 純白の下着がチラリと見て、僕の下半身に緊張が走る。

 

 ——い、色が変わっているだと。


「ふふふ。一度手にした欲望は止まらず加速するからな」


 飯塚くんからもらった写真のせいか……。

 本物を見た後だと、たしかにやっぱり白もいいかなとか考えちゃったけど……。


 僕はもう一度チラッと、まだ目の前でポーズをとってくれている彼女を見ると、やっぱりいいなーとしか感想が出てこなかったのだった。

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