コントラスト

 翌朝、全校生徒向けの掲示板に『変態盗撮ヲタク』とデカデカと書かれた半裸の飯塚くんの写真が何枚も貼られていた。

 ほとんどの生徒は気味悪がって近づいていなかったが、一部の生徒は面白おかしく写真や動画を撮りながら笑いあっていた。

 僕は胸の痛みを堪えながら、やっとの思いで教室までやってきた。


「あいつもどうせ仲間だろ」

「昨日も一緒にいたし」


 方々からそんな声が聞こえてきたが、いつも通り聞こえなかったふりをして自席につく。


「おーおー、盛り上がってるな」


 宙から憎たらしいほど可愛い声が聞こえてくるが、今回ばかりは無視を決め込んだ。

 どうもあの後、望月さんはクラスのグループチャットに一部始終を書き込み大騒動になっていたらしかった。当然、僕はグループに招待されていないので知らないが。

 飯塚くんは望月さんの息のかかった男子達に拉致られ、貼り出されている写真を取られたようだった。飯塚くんは登校するなり、職員室に連れて行かれたとか。

 聞き耳を立てていると、渦中の望月さんが数人の生徒を従えて教室にやってきた。

 神妙な顔を作っているが、僕にはわかる。

 内心、爆笑の渦だろう。


「ののちゃん大丈夫?」

「えー、ホント怖かったよー」


 などと言い合いながら、わいわいやっていた。

 特に金谷さんはここ最近で一番のリアクションだった。手を叩き、涙を流しながら、お腹を抱えて笑っていた。


 お昼の時間になると、飯塚くんが戻ってきたようだった。彼は隣のクラスなので、詳細はわからないがだいぶ絞られたらしい。

 盗撮はいけないが、彼をリンチした生徒にはお咎めがないのが不思議だった。

 

「謝罪文の提出と、写真、動画の全削除」


 帰り際、飯塚くんからメッセージが届いた。

 普段は別にやりともしていないし、連絡先を交換していたことも忘れていた。


「これは供養」


 そして、短くメッセージを添えて写真が一枚送られてきた。

 明らかに盗撮とわかる、着替え途中の望月さんだった。

 脱いだばかりなのかスカートを手に持ち、ブラウス一枚になった彼女は談笑している。ブラウスの裾で隠れで一部しかわからないが、チラリと白いレースの下着が確認でき、紺のハイソックスとのコントラストが最高にいやらしかった。

 話し相手の子は見切れているが、すでに体操服に着替えているので更衣室を狙ったものらしかった。


 ここまでしてたのか……。


 この写真を見る限り、彼が彼女に夢中になるのもわからなくもないが、正直なところ、複雑な思いだった。

 

 これ、なんて返したらいいんだ……。


 僕は首を捻りながら返信に困っていると、空かも「うーん」と唸り声が降ってきた。例の彼女であることは明白だ。


「やっぱりダメかー。おい、お前そろそろ自分でもアプリを試してみてくれ」

「え? どいうこと?」

「本来サキュバスは人間の性欲を吸い取って活動しているからな。そろそろ腹減ったぞ」

「なんか聞いたことある話だけど、アプリとどういう関係が?」

「『サキュバス・コード』はわたしのスキルを拡張したものだからな。使えば使うほど利用者から奪い取ったシモのエネルギーがわたしに供給される仕組みなんだが……どうやら、ほとんど届いていない」

「アプリはちゃんと使ったよね?」

「あの盗撮犯。あの程度の刺激じゃ、足りなかったんだろうな。見るところによると、お前は……」


 そこまでサキュバスの美少女は言うと、僕の若干、ほんの若干大きくなっている股間に脚を伸ばしてきた。ローファーのつま先がツンっと当たった気がするが、実際にはそんなことはない。僕は彼女に触れることもできないし、彼女も同じだ。

 濃茶色のローファーに、白いハイソックスは透明感あるふくらはぎを優しく包んでいる。こちらのコントラストも最高だ。思わず目が釘付けになってしまう。


「ほうほう。さすがにムラムラしてるなー。これ全部食ったら胃もたれ起こしそうだ……」


 ——何を言ってるのやら。


 そう反論したいが、急にダルくなってきた。全身の力が抜け、何もしたくなくなる。その代わり、妙に視界が開け、頭が冴えてきたような爽快感に包まれていた。


「まあ、とりあえずこの辺にしておくか」

「……何をしたんです?」

「半分ほどいただいた。全部吸い取ると、チェリーくんの夜のお楽しみが減ってしまうからな」


 ばさっと紺色のスカートをはためかせ、彼女は微笑む。

 マジで何を言っているのかよくわからない。夜のお楽しみ? はあ? 僕はなにも楽しみにしていないし、別にサキュバスが理想の美少女になっているからといってなんとも思わないし、ましてやそれで何かするなんてないし。ナニを何かしたことないし。は? 昨日も今日も我慢してたし。何かする気もなかったし。一度もそんなことしたこともないし。はあ? ホントそういうの困るし。さっきああなってたのは、ちょっと暑かったからだし。

 とりあえず、飯塚くんには「ありがとう」とだけ送り、急いで画像は保存した。

 彼が決死の思いで送ってくれたものだ。何かあってからでは遅い。


 ゆらゆらと飛んでいる美少女のミニスカートを目の端でチラ見しながら、妙に冴えている頭脳をフル回転させ、僕は次の計画を練るのだった。

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