チャレンジ

 僕は心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、パソコン室のドアを開けた。

 すぐに何人かの視線が集まった。

 誰も声を出さないが、あいつ誰だっけという表情をしていることはわかった。まったくの部外者ではあるので当然だ。

 ただ、そんな中、僕に気がついた飯塚くんが声をかけてきた。


「お、ちょうど良いところに来たな。俺は今から人生を賭けたチャレンジをしようと思ってるんだ」

「…………チャレンジ?」

「ああ、君にも見届けてほしい」


 飯塚くんは緊張した面持ちで告げると、パソコン室を出ていった。

 僕は様子を伺いながら、後をついていくことにする。




「ここで待っててくれ」


 飯塚くんが向かった先は体育館の裏だった。

 僕は少し離れたところにある物陰で見守るよう言われたので、従うことにする。

 それからしばらくすると、望月さんが一人でやってきた。小柄な彼女はゆるくウェーブのかかった茶髪を揺らしながら、面倒くさそうな態度で歩いている。

 いつもは金谷さんとか何人かで行動しているので、一人でいる姿を見るのは珍しかった。


「もうできたって? 相変わらず仕事が早いじゃん」

「あ、はい……」


 飯塚くんはカバンからファイルバインダーのようなものを取り出し、望月さんに渡していた。

 望月さんは満足げに笑うと、足早に立ち去ろうとするが——


「ちょ、ちょっと、待ってください」


 と、飯塚くんが少し大きめな声で呼び止めた。

 望月さんは僕の位置からでもわかるくらいに、不機嫌だ。


「ん? なに」

「いや、あの、中を確認してほしいです……」

「はあ? どうせ、いつも通りで——」


 望月さんはパラっと捲り、そこで口をつぐんだ。

 バインダーを持つ手に力が入り、少しだけ後退りしたのがわかった。

 まるで飯塚くんを警戒し、恐れているようにも感じた。


「……あ、あの、あの、先週のは特に良くて……」


 望月さんは終始無言。

 そして、ようやく絞り出したセリフがすべてを物語っていた。


「……………………気持ち、悪い」

「————あ」

「死ね!!!」


 望月さんはファイルバインダーを地面に渾身の力で叩きつけ、足早に去っていった。顔を真っ赤にし、唇を噛み締め、ギラリとした目つきは今にも本当に飯塚くんをやりかねない表情をしていた。

 飯塚くんは正気を失い、呆然と立ち尽くしている。

 僕は辺りを確認しながら、彼の元へ歩いていった。


「……な、何をしたの?」

「彼女に思いをぶつけただけさ。まあ、こうなることはわかっていたけどね」


 飯塚くんは力のない手つきで、土で汚れたファイルバインダーを拾い上げた。


「なんで急に望月さんに……」

「わからないけど、今日言わないといけない気がしたんだ。まったく伝える気はなかったんだけど、急に思いが強くなって。我慢できなくなって。このままだとどうにかなりそうで……」


 彼はまだ何かごちゃごちゃ言っていたが、僕はファイルバインダーを取り上げ、パラパラとページを捲ってみた。

 そこには大きく拡大された望月さんの写真が何枚も挟まっていた。

 どれも、明らかに盗撮とわかるものだ。

 中には休日に撮影されたであろうモノまであった。白いTシャツに黒いタイトスカート姿の望月さんは制服姿しか知らない僕にとっては新鮮で、まあ、正直、可愛いなって思ってしまう。

 いつも学校で罵詈雑言を吐いている彼女ととても同一人物とは思えない……。


「……飯塚くん、これどうやって」

「君は知っていると思っていたよ……」


 正直に告白すると、知っていた。

 飯塚くんが望月さんに気があることも。たまにこっそり写真を撮っていることも。だから、なんでも言うこと聞いていることも。


「なんで俺はこんなことしたんだろうな。どうして急に。ずっと黙っているつもりだったのに。こっそり一人で楽しんでいれば満足だったのに。なんでだろうな」


 今にも泣きそうな顔の飯塚くんに、僕は心の中で謝罪した。


「でも、ドン引きしてる顔、真正面から見れて、たまらんわ……」


 やっぱり、謝らなくてもいいか。




「——お前、最高だな。こんな使い方するなんて思いもしなかったぞ」


 文字通りお腹を抱えながら、ケラケラ笑っているのはサキュバスの彼女だ。相変わらずセーラー服を着ている。

 飯塚くんの一件を見届けた僕は、自宅に戻ってきていた。


「確かにアレもプレイだな。それで、プレイ内容はなんて書いたんだ?」

「……まあ、簡単だよ。『飯塚は体育館裏で望月乃々香に秘事を告白する』って」

「なるほどな。でもな、普通、自分の欲望のために使うもんだろ。サキュバスのスキルを使って、他の人間の欲望を解放してやるなんて聞いたことないぞ」

「べ、別に僕は欲望なんて——」

「…………ほう」


 彼女はピラっとスカートを捲りあげる。


「これはなんだろうな。正直になれ、チェリーくん」

「う、うるさいな」


 挑発するように浮いてる彼女を手で払うが、水色の下着が頭から離れない……。くそっ、真っ白な太ももとの相性が最高だわ……。


「と、とにかく、まあこれで『サキュバス・コード』が本物だとういことは受け入れざるを得ないです。色々言ってすみませんでした」

「ふふ、わかればいいんだ。チェリーくん」


 いらずら顔の彼女がとにかく素敵で、さすがは僕の妄想だと自分を褒めるが、それと同時にどうしてこんなことになっているのかと若干の後悔と、少しだけの、いや結構な興奮で、頭がどうにかなりそうだった。

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