テスター
「それで、まずは何をするんだ?」
「とりあえず、このアプリがちゃんと動くか確認する必要がある。言っとくけど、まだ騙されている可能性を否定できてないですからね」
翌日の朝、空中を浮いているセーラー服姿のサキュバスと僕は小声で会話をしていた。この状態を誰かに見られたら、気まずい。独り言が激しいやつみたいじゃないか……。
「ほう、まだ疑っていたのか」
アプリを試すと言っても、誰を対象にしたらいいのやら。
実は昨晩からずっと悩んでいた。
当然、仲の良い女子などいないし、ましてや顔写真を撮るだなんて自分にはハードルが高すぎる。
「うわ、今日もデブきてんじゃん。キモ」
「ねぇー、朝からやめなよ。キモ」
教室に入るとすぐに声が耳に入ってきた。例の二人だ。これは毎朝のことなので、別に気にはならない。
それよりも今日は別の心配があった。
「お前、モテるなぁ。ククク」
今の僕には、見た目は最強の美少女であるサキュバスが取り憑いているのである。
本当にクラスメイトに見えていないのか、話し声が聞こえないのか、不安で心拍数が爆上がりだったが、それはただの取り越し苦労だった。
「…………本当に君の姿も声もわからないんだね」
「だから、そう言っただろ」
これでいよいよ『サキュバス・コード』も現実味を帯びてきた。
ただ、まだ動作確認ができていない。
顔写真、生年月日、フルネーム……。
結局、色々なことを考えながら何も行動に移せず、午前の授業にも身が入らず、お昼になってしまった。
昼は教室にいずらいので、いつも個室トイレに隠れている。
何度か個室に籠っているのがバレて、大勢の前でからかわれ恥ずかしい思いをしたことがあるが、それでもここしか居場所がないので、毎日転々とトイレをはしごしているのだった。
「最悪、顔写真はいけるかもしれないけど、生年月日がわからない……」
となると、生年月日を知っている人で試してみるしかないか。
うーん、ただ、そんな女子はいない。
————ん?
「……これって男子でも有効?」
「あ? 当たり前だろ」
そうか、それなら試せるかもしれない。
僕がこの学校の生徒で唯一、生年月日とフルネームを知っているのは飯塚くんだけだ。
放課後、僕は校舎四階にあるパソコン室に向かっていた。
飯塚くんはパソコン部に所属していて、放課後はいつも何か作業をしている。
高校に入学してしばらくした頃、僕が半裸になっている写真がネット掲示板に大量に貼り付けられるという事件が発生した。犯人は飯塚くんで、彼は誰かに命じられてやったらしいのだが、黒幕の目星はだいたいついている。望月さんだ。
飯塚くんは僕が高校で最初に仲良くなった人で、今となっては唯一学校で会話ができた生徒だ。
だけど、そのことが金谷さんと望月さんのグループに目をつけられて、飯塚くんは特に望月さんに脅迫めいたことをされていることを僕は知っている。飯塚くんは卑屈な小心者なので、そういうことが何ヶ月も続くと、心が折れてしまい、最近はすっかり望月さんの下僕のような存在になっていた。
今日もお昼奢らされていたなぁ……。
飯塚くんはくたびれた表情でやってきた。
ガリガリの体にどうみてもサイズの合っていない制服はいつもクシャクシャだ。
僕は彼の姿を確認すると、トイレの入り口にさっと隠れ、カメラを起動した状態でスマートフォンだけを彼のほうへ向け、タイミングよく写真を撮る。
水没させられた時に、カメラの起動音や操作音は死んでいるのですべて無音で行えた。不幸中の幸いなのかもしれない。
ちゃんと撮影できていることを確認すると、すぐに個室に隠れ、『サキュバス・コード』を起動する。
「お、ついにやるのか」
どこからともなく現れたサキュバスの彼女は楽しそうにしているが、僕の指は震えてうまくタップできないでいた。緊張と焦り。あとは少しの罪悪感と言ったところか。
飯塚くんごめんよと思いながら、写真をセットし、生年月日、フルネームを入力する。
もうここまで来たら引き下がれない。
「あとはアップロードボタンを押すだけ……」
ルールをもう一度確認する。
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・アップロード後、15分以内にプレイ内容を入力して送信を行うこと
・送信後、10分以内に対象者と遭遇し、さらに10分以内にプレイ内容に記載した場所に移動すること
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よし、と覚悟を決め、アップロードボタンをタップした。
【アップロードが完了しました】
すると、すぐにテキストメッセージが表示され、プレイ内容入力欄が表示される。
僕は先ほど考えた内容を何度も確認しながら、ゆっくりと入力していったのだった。
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