サキュバス

 帰宅すると、慌ててスマートフォンに充電用ケーブルを刺した。

 画面を確認すると、残り2%だった。


「あぶねぇ……」

「お前のスマホ何でそんなバキバキなんだよ?」


 彼女はケラケラ笑いながら僕のベッドに横になる。

 美少女が自分の部屋にいることに思わずドギマギしてしまうが、よく考えれば彼女は未確認生命体のようなもので、べ、別に興奮なんてしない……。


「……同じ学校のやつに割られました。別に使う分には問題ない。そんなことより、もう一度その『サキュバス・コード』の説明をしてほしいです」

「ん? 説明? さっきしただろ。あれ以上はないぞ」


 僕はそう言われて充電中のスマホを手にとり、アプリを開いてみた。

 ヘルプページを確認すると、まず気になるのは『プレイ』というワードだ。


「このプレイって何を言ってるんですか?」

「プレイはプレイだ。そこに書いてある通り、お前の好きなプレイでいい」

「た、たとえば……」


 そこまで言いかけて、横になっている彼女をまじまじと見る。

 これは夢か……絵に描いたような黒髪の乙女がセーラー服姿でゴロゴロしているのだ。ミディアムロングの髪がベッドのシーツに柔らかな波のように綺麗に広がっており、思わず吸い込まれそうになる。

 彼女の瞳はそんな僕を見つめ、微笑みが口元に浮かんでいた。

 セーラー服の襟元から覗く白い肌は月明かりのようで、まさに夢の世界から来た天使のように見えた。


「なぁ、お前にはわたしがどのように見えている?」


 彼女は人差し指を唇に当てると、いたずらっぽく言った。


「わたしはお前の妄想を具現化したものだ。他の誰にも見えないし、話し声も聞こえない」

「……妄想を具現化?」

「そうだ。さしずめお前はこのセーラー服を着た黒髪の美少女と下校し、お家デートでもしたいのかな? そんな妄想を抱いているから、わたしがこのような姿になっている」


 その言葉に心当たりがありすぎて、変な汗が出てくる。

 一時期、毎晩そんな妄想を繰り広げていたっけ……。ああ、なるほど。下着の色まで再現されるのか……。


「お前の理想の彼女が今のわたしってわけだ」


 彼女はクスクスと笑うと「あくまで姿だけだけどな」と宙に浮いた。




 とにかく彼女が本当にサキュバスであると認めざるをえないが、真の問題はアプリだ。このアプリ、使わないといけないのか。使わないとダメとはルールに書いてないが……。

 というか、仮に使ったとして、これは犯罪ではないのか。

 要するに無理やり女性を襲うことになるのでは。

 そもそも、使うには顔写真が必要だし。中々越えないといけないハードルが高い気もするし——


「何をそんなに考えている。早速、写真を撮りに行かないのか?」

「行けるか!」

「好きな女を好きにできるのだぞ。使わない手はないだろ」

「そうかもしれないけど、これはやっぱりダメな気が……」

「はー、そうかそうか」


 彼女は大きく頷くと、ニヤニヤしながら近づいてきた。

 自分の妄想した結果なので仕方がないが、顔が相変わらずアイドル並みに可愛い。


「チェリーボーイか」

「あ、あた、当たり前だろ……」


 女子と言葉を交わしたことなんて、三回もあったかな……。

 やめよう。思い出すのは。


「経験あるなしとかじゃなくて、同意なしにこういうことは——」

「『サキュバス・コード』にアップロードされた人間がプレイしている間は記憶があいまいになるはずだ。サキュバスが誘惑する時に使うスキルを拡張したものだからな。それにあとはお前のプレイ内容の書き方次第だ」

「書き方次第って……もしかして、僕に一目惚れさせるとか……」


 自分で口にして、おかしくなる。

 そんなこと人生で一度も起きたことがないし、起きるはずもない。


「わかってきたじゃないか」


 僕の理想の彼女の姿をしたサキュバスは、せっかくの綺麗な顔を酷く歪ませている。


「わたしはあくまで観察者だからこれ以上は踏み込まないが、お前みたいなやつがテスターには適任だと思っていた。このアプリを使ってどんな物語を見せてくれるのか楽しみだな。こりゃあ、良い暇つぶしになりそうだ」


 彼女に指摘されるまでもなく、何ならはじめにルールを読んだ時に一番最初に頭に浮かんだのはそのことだった。高校に入学してから散々な目に遭ってきたが、特にその中でも一番酷い仕打ちをしてきたのが金谷さんと望月さんだ。

 いじめの発端は彼女たちと言っても過言ではない。

 二人が仲のいい取り巻きの男子を使って、僕をサンドバックにしていることも知っているし、気に食わない女子に嫌がらせをしていることも何となく知っている。教師陣でさせ、彼女たちに何も言えない空気がある。

 過去のこと、そしてこれからのことを考えると、僕は胸の内に黒い闇が広がっていくのを感じたのだった。

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