ルール
「…………え」
僕は声のした方を向いた。
セーラー服を着た美少女が宙に浮いていた。
彼女はミディアムロングの黒髪をなびかせ、微笑んでいる。
深い茶色の大きな瞳に、色白で透明感のある肌、程よく引き締まったウェスト。ミニスカートからすらりと伸びた両脚はクロスし、見るものを魅了している。セーラー服は彼女のスタイルに見事にフィットし、可憐さと清楚な印象を引き立てていた。
彼女の存在はまるで夢から抜け出てきたようで、僕はその美しさに息を呑んだ。
「おい。インストール終わったぞ」
彼女の声にハッとする。
これは夢か、あるいは天国にでも来たのだろうか。
「ぼーっとするな、アプリの説明をよく読め」
「……あぷ、アプ、アプリ? アプリ??」
手に持っているスマートフォンに視線を落とす。
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・サキュバス・コードにアップロードされた人間はプレイから逃れられない
・プレイとは、性的な興奮を覚える行為のことを指す
・アップロードに必要なものは、顔写真、生年月日、フルネーム
・顔写真はアプリをインストールしたスマホで30分以内に撮影した写真であること
・アップロード後、15分以内にプレイ内容を入力して送信を行うこと
・送信後、10分以内に対象者と遭遇し、さらに10分以内にプレイ内容に記載した場所に移動すること
・上記を満たせなかった場合は、プレイ失敗となり最初からやり直しとなる
・このアプリは生涯で一度、一端末にのみインストールできる
・複数端末にインストールした場合、死ぬ
・アプリをアンインストールした場合、死ぬ
・インストールした端末が起動できなくなった場合も、死ぬ
------
最後まで読むと、自動で画面が切り替わり入力フォームが表示された。
「…………え」
「さあ、ゲームの始まりだ」
目の前の女の子はニコニコしているが、僕は開いた口が塞がらなかった。
な、なんだこれは?
一体何を言っているのか。おふざけアプリ? この子は僕をからかって遊んでいるのか?
で、でも、彼女は宙に浮き、ふわふわと旋回している……。
「え、ど、どう、どういう……え、だ、だ……誰ですか? う、浮いてる……?」
「あ? わたしか? わたしはサキュバスだ」
彼女はそう言いながら、ダルそうにまだ周囲をぐるぐると回っている。
時折、スカートの中が見えそうになるが、まったく気にする素振りは見せない。
「……さ、サキュバス?」
サキュバスとはアニメとかマンガでたまに見かける、えっちなお姉さんくらいの知識しかないが……。
——状況がまったく飲み込めない。
これは遊ばれているのか。いや、そうに違いない。どうせ学校の誰かの悪戯だろう。
辺りを見回してみる。
まだ誰かが出てくる様子はなかった。
「……ぼ、僕が恥ずかしい対応をしたら誰か出てくるんでしょ。この様子も動画に収められてるとか」
「お前、何言ってるんだ」
「サキュバスとか…………こんな手の込んだことするのは、飯塚くんでしょ。わざわざアプリまで作って——」
「イタズラ? 悪戯なんかじゃあないぞ。そこに書かれているルールは本当だ」
「君も無理やりそんな格好させられてるの? あとは僕が引き受けるから、もう役割が終わったなら帰った方がいい」
「役割? わたしの役割はお前が死ぬまで観察することだ」
これでは埒が明かない。
僕はしゃがみ込み、浮いている彼女のスカートの中を覗き込んだ。
可愛らしい水色下着が見えた。
これで満足だろう。あいつらは爆笑しながら、どこからか出てくるはずだ。
彼女には悪いことをしたが、これで彼女も解放されるはずだ。
水色の下着が頭から離れないが、これは今日のご褒美として受け取っておこう。
などと満足気にしていると、スルーッと彼女が僕の胸に飛び込んできた。
「————ファッ」
咄嗟に変な声を出してしまう。かなり恥ずかしい……。
だが、彼女は気にすることなくそのまま抱きつこうとし、そしてそのまま通り抜けていった。
「低脳なお前でもこれで理解できただろう。わたしはお前たちの世界の外から来た淫夢のサキュバスだ」
「……………………は?」
僕は今目の前で起こったことが理解できず、次の言葉が出てこなかった。
え、通り抜けた……?
胸の辺りを確認してみるが、なんともない。
「まだ説明が必要か? お前がインストールしたのは『サキュバス・コード』というわたしが開発したアプリだ。最初に表示した使い方はヘルプにも書いてあるからもう一度確認しろ」
「え、ほ、本物?」
「だから、何度もそう言ってるだろう。頼むから一度で理解してくれ」
いやー、そう言われましても。
「なんで、どうして、僕なんですか? このアプリは何なんですか? え……死ぬって、冗談ですよね」
「あー、ごちゃごちゃうるさい奴だな」
「ちゃんと説明してもらわないと……」
「わかったわかった。こっちもちょうどサキュバス活動にも飽きてきててな、前から興味あったアプリ開発を始めてみたんだ。そしたら、まあ、これが楽しいこと楽しいこと。作ったからには誰かに使ってもらいたいじゃないか。そこでちょうどいい奴はいないかって思ってた時に、この銀河で一番欲に塗れているのがこの星で、その中でも性欲が強い種族が日本人であると耳にした。それならばと。あとは、インストール用URLをQRコード化して、この列島に無作為に配ってみたところ、見事お前が最初にインストールしたというわけだ。だから、テスターになれ。嫌なら、死ね」
彼女はそこまで捲し立てると、「ちゃんと動くかなー」と楽しそうにしている。悔しいことに、アイドル級に可愛いので強気に出れない。まあ、元々出れないけど。
「いや、待ってください」
「待てない。ほら、スマホのバッテリー残量見てみろ」
え、と僕はスマートフォンを確認する。
「残り4%!!! このスマホ水没させられて、そもそも半分しか充電できないんですよ。半日も持たないし。せめて、別のスマホにしてもらえませんか?」
「それはできない。そういう仕様だ」
できないってことないでしょ……。
別世界から来てるくせに……。
僕はとりあえず彼女の言葉を鵜呑みにし、充電するためにダッシュで家に向かうことにした。こんなに真剣に走るのははじめてのことだった。
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