サキュバス・コード
ポン・ポポン
プロローグ
「おい、おせーぞ」
夕暮れ時。僕はいつものように体育館の裏に呼び出されていた。
今日も蹴られるのか、あるいはお金を取られるのか。
ビクビクしながら、すでにイライラしている声の主に近づいていく。
「ノロノロ歩いてんじゃねーぞ、豚。お前が悪いんだからな! デブな上にキモい顔してんじゃねーよ」
声の主はクラスメイトの金谷美涼さん。田舎にはまだちらほらいるいわゆる金髪のヤンキー。
ウチの高校は自由な校風ということもあり、髪型も服装も自由だけど、金谷さんは色々な噂があって校内でもだいぶ浮いた存在だ。
「……す、すみません」
僕は小声で頭を下げる。
とりあえず謝るというのが、僕が高校に入ってからの癖になっていた。
「——ねえ、マジでキモいんだけど。なんか臭いし。さっさと用件すませてカラオケ行こ」
僕に視線すら送らないのは、望月乃々香さん。金谷さんとよくつるんでいる小柄な茶髪の女子生徒。
「……す、すみません。今日の、ご、ご用はなんでしょうか……」
「まず、土下座だろ。いつも言ってんだろうが、クソ豚」
金谷さんは胸の前で腕を組みながら、吐き捨てる。
「キョドってんじゃねーよ。キモいんだよ早くしろよ」
「え、え、え」
「え、じゃねぇだろ!」
罵声と同時に膝を思い切り蹴られた。
僕は思わず仰け反り、体勢を崩し、地面に手をついてしまった。
望月さんがクスッとバカにしたように笑ったのがわかり、恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
そもそも呼び出された理由は、体育の授業を二人がサボっているところを僕がたまたま見てしまったというそれだけのことだった。何か二人の癇に障ってしまったらしい。
僕はこれは土下座しないと解放されないぞと思い、仕方がなく言うことを聞くことにした。抵抗しても何もいいこともない。もうこれを1年以上続けているのだ。
「キャハハ。本当に土下座してるし」
「マジでこいつクソじゃん」
二人は見下したように笑い、パシャパシャと写真を撮り出した。
早く終われと僕は耐え続けるが、何十枚か撮り終えた後、ピロリンと今度は動画を回しはじめた。どうも誰かとビデオ通話を始めたようだった。
「————また、みーやってんの。ウケる」
「今日もクラスの豚、土下座させたった。ギャハハ。おい、デブこっち見ろ」
金谷さんはローファーで僕の頭を蹴ると、スマートフォンを向けてさらに笑い続ける。
望月さんはその姿をやっぱり撮影していて、終始ニヤニヤしている。
「……あ、あの、も、もう、いいですか……」
「も、もう、いいですかだって」
「やば、キモ」
それから二人は笑い疲れるまで、僕をサンドバックにしてその様子を撮影し続けた。
「——じゃ、豚いつものな」
「こいつ金欠なのによーやるわ」
飽きた二人は僕のカバンから財布を抜き取り、入っていた分だけ雑に持っていき、立ち去った。
今日は帰りに漫画を買って帰ろうと思っていたので、いくらか入っていたはずだが、確認すると中身は空になっていた。
二人や、二人を真似した奴らに毎日のように持っていかれるのでいつも少額しか入れていないが、それでも悔しくて泣きそうになる。
どうしてこんなことに……。
はじめて自分がいじめの対象になっていると気がついたのは、高校に入って2週間ほどたった時だった。
同じクラスの女子が僕を避けているように感じたのだ。
まあ、中学の時も友達も少なかったし、ましてや女子と仲良くしたこともなかったのでそういうこともあるかと気にはしていなかったのだが、日に日に拒絶具合が上がっていき、最終的にはあからさまな態度をするようにまでなっていった。
それに気がついた男子たちはわかりやすく、輪から外し、見下すようになり、暴力の対象になった。
さすがに男子数人にボコボコにされた時は、いじめ窓口となっていた教師に訴えたがあいまいな態度で濁され、その後何の音沙汰もない。
そして、そのまま2年に進級した。
クラス替えがあっても、いじめは続行だ。
今日は漫画を買って帰ろうと思っていた。
本日発売の漫画は小さい頃からずっと追いかけている作品で、久しぶりの新刊だったのでどうしても発売日に読みたかったのだ。しかし、母親からまたお小遣いをもらうのは忍びない……。
はあ、とため息をつきながら気がついたら本屋さんに来てしまっていた。
目的だった新刊は入り口に山積みされているが、僕はお金がないので、仕方がなくその場を後にするしかなかった。
来月のお小遣いまで、我慢するか……。
我慢しても、また誰かに取られて買える保証はないけど。
もう無理して学校行くの辞めようかな。
トボトボ家の近くまで歩いていると、ふと目の前に一枚の白い紙が落ちていることに気がついた。
住宅街には似つかわしくなく、不自然な印象を受けた。誰かが落としたとも考えずらく、最初からそこに存在していたかのような思いにもなってしまう。ただ、それならば誰が置いたというのだろうか。
その一枚のA4サイズほどの白紙を見ていると、なんだか頭が混乱してくる。
気分が悪くなり、すぐに立ち去ろうとするが、なぜだかいつの間にか拾ってしまっていた。
紙には、QRコードらしきものが印字されていた。
何も説明がない。ただ、ポンと一つQRコードが置かれていた。
普段だったらこんなことはしないが、二人に取られたお金のことがあまりにもショックだったこともあり、興味本位でそのQRコードをスマートフォンで読み込んでみた。
だが、何も起こらなかった。
「お前のスマホスペック低いなぁ。インストール中なので、少し待て」
その代わりに空から女性の声が降ってきたのだった。
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