弦が奏でる夢(仮)
第一話 前世の記憶
見た事のない店だった。
しばらくこの道を通っていなかったから、最近出来たのだろう。……にしては少し古ぼけたアンティークショップ。もちろん、硝子張りのピンク色したアンティークショップでは流行らないだろうから、わざと新しさを感じさせないようにこういう造りなのか。
実際、雰囲気は出ている。まるで外国の街並みにあるアンティークショップのようなちょっと寂れた感じも、それでいて何か掘り出し物が眠っていそうな期待感も持たせてくれる、そんな佇まいだ。
別に骨董品に興味があったわけじゃなかった。ただ、なんとなく異世界へ連れていってくれそうなこの雰囲気がたまらず、用もないのにぶらりと足を踏み入れたのだ。
中に入って更に驚く。この店の主人は掃除が嫌いなのだろうか? 埃にまみれた骨董品たちは、まるで何年も前からこの店で誰かがくるのを待っていたかのような年月を感じさせる。
……この道を通ったのは一ヶ月ぶりくらいだ。そのときこの店はまだなく、フェンスの張られた空き地だった。だからあの後すぐ店が建てられたとしても一月は経っていないはずなのだ。なのにこの埃の溜まりようといったら……。客商売なんだぞ?
人形に壷、無造作に積み上げられた絵画、見たことのない奇妙な置物や、壁に掛けられたタペストリー、本物か偽物かわからない装飾品の数々。その品物の一つ一つに物語すら感じられる。時代も、国も問わない品々を前に、知らず心が高揚してくる。
狭い店内には誰一人いない。……そうだ、店員の姿すら見えない。まぁ、大して高級な物があるわけでもなし、ということなのだろうか? それにしたって無用心だな。
「いらっしゃい」
ビクリ、唐突な呼びかけに思わず肩を震わせてしまった。
振り向くと、いつの間に現れたのだろう、白い髭の老人が一人、立っていた。
「何かお探しで?」
老人は愛想の欠片もない顔で店内をゆっくり見まわした。
「いえ、あの、」
なんと答えていいものか、こちらが口篭もっていると、ゆっくりと背を向けて店の奥へと引っ込んでしまう。冷やかしの客と知って怒ったのだろうか?
外へ出ようと思った。別に骨董品に用はないのだし、これ以上長居するのもなんだか申し訳ない気がする。……だが、頭ではそう思っているのに体がいうことをきかないのだ。
そう。ある一点を見つめたまま、ブロンズ像にでもなってしまったかのように固まってしまった。
(何なんだ?)
鼓動が早鐘を打ち始める。言いようのない興奮と、寂しさにも似た胸の痛み。視線の先にあるものは、見たこともない弦楽器。バイオリンより少し大きいくらいのその楽器は、だが弦が二本しかないシンプルな物だ。光沢のない木で作られたその楽器を見つめたまま、一体どのくらい時間が経ったのだろう。それはほんの一瞬のようでもあり、永遠とも取れるほどの長い時間のようでもあった。
意識とは別のところで体が動き始める。ゆっくりと、操られているかのようにその楽器に近づいてゆく。手を、伸ばした。……触れる。その瞬間、まるでカミナリに打たれたかのような衝撃が体中を駆け抜けていったのだ。
が、それも一瞬のこと。手にした楽器を、今度は小脇に抱えたのだ。
(どうするつもりだ?)
自分の事ながら、疑問に思う。
楽器など、何一つ扱えない自分が見たこともないこの楽器を手にし、一体どうするつもりなんだ?
冷静な自分と、冷静ではいられない自分が面白いほど個々に頭の中に存在している。
刹那の時間、心が震えた。
ゲィン…
(!)
弦を鳴らしているのは間違いなく自分の指だった。それは懐かしく、切なく響く。
……ポロン…ゲィン……ポロロンゲィン……
知っている――いや、知らない。
聞いたことがある――はじめて耳にする。
弾いたことがある……そんな筈はない!
混合する二つの意識に翻弄されている間も、指は止まることなく曲を奏で続けた。
(この曲は……そう、カナンのために歌った曲……)
カナン?
(そう、カナンだ。……忘れられるはずもない。あの日の、)
――ゲィン。
……曲が、終わった。
「……どういう…ことだ?…」
自分が自分ではなくなっていく感覚。指が奏でる弦の音。一瞬の痛みと忘れていた遠い記憶。カナン……。ああ、そうだ、知っているとも。今まで忘れていたのが不思議なくらい鮮明にその姿が思い浮かぶ。
(……ここはどこだ? 俺は何をしているんだ? 一体……何を……)
*******************
これは転生ものではなく、前世の記憶を思い出す話ですね。
前世ではカヤという名の、王宮のティト(弦楽器)演奏者で、巫女だったという設定です。
かなり先まで書いたのですが、お話自体がものすごく暗くて、こりゃあかん、ってことで放置してます。
私には珍しく、若干の百合要素ありなのです。
これは……案はあるけど書かないと思う。(;´・ω・)スマヌ
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