アルディオスの心臓(仮)
西の大国アルゴン。
虹色に咲き誇る花。遠くにそびえ立つ樹木。そして青く澄んだ空。目の前には大国にふさわしい荘厳な城と、光の神殿。
「ラヴィ、どうしたの?」
光の神殿で巫女をしている者にとって、今日は大切な年に一度の星祭だった。毎年行われるこの祭で、ラヴィは初めて大衆の面前で祈祷と、先見をすることになったのだ。巫女としては最高の、この上なくめでたい地位を手にすることができる。
「まだ気にしているの? デュロンのこと」
デュロン。それはラヴィの恋人の名。ラヴィが今日、城で巫女としての地位をゆるぎないものにすることを憂い、最後まで反対していた。巫女としての地位を固めてしまえば、今までのように恋人として関係を続けることは不可能になるからだ。巫女は、伴侶を持つことを許されてはいないのだから。
でも、それでも、とラヴィは思った。幼いころから一人前の巫女になることだけを望まれていた自分。ここでそれを覆すわけにはいかないのだ。周りの人たちの期待を裏切ることはできないし、なにより、それが自分の望みでもあったのだから。
「もう、いいのよ」
ラヴィは溜息混じりに答えた。
「なら、いいけど」
目の前にいる女性……タリアーチェが笑って言った。彼女もまた、ラヴィと共に巫女としての修業を続けていた仲間だ。
「なにしろ、最年少でのデビューなんだから。失敗は許されないのよ?」
「わかってるわ」
城の神官はじめ、国王、王女、その他大勢のお偉いさん方の注目を一心に浴び、祈祷と、そしてこの一年に起こりうる出来事の先見をする。今年は王女に子供ができたこともあって、先見に関しては皆、いつもの何倍もの興味があるはずだ。
「急ぎましょう」
まだ着替えもしていない。早く祭用の衣装を付け、準備に入らなければならない。
*****
厳かな雰囲気に包まれ、光の神殿での儀式は順調に進んでいた。祈祷を終え、最後は先見だ。国の繁栄、ご子息の健やかな成長、そんなことを想像していたのだ。なのに……
まるで何も見えない闇が彼女を包む。
「……え?」
次に見えたのは、祭壇。隣には大神官様が微笑んでいる。緊張で固くなった自分を見守ってくださっているのだ。さっきの暗闇はなんだったんだろう。
いけない。集中しなくちゃ。
目を閉じ、意識を一点に集中させる。未来を。この先一年間の未来を。
大神官様が近寄り、肩に手を掛けた。
「ラヴィ、大丈夫、うまくいくよ」
そう、優しく諭す。
ラヴィは一層気持ちを集中させ、未来を、視た。
「あ……ああ……」
見えたのは血。おびただしい血の海が渦巻いている。その中でもがき、苦しむ民たち。そしてそれを笑いながら見ているのは、魔王アルディオス。
「ラヴィ?」
どうする? 本当の事を言えば、ここにいるすべての人間が恐怖に身を包まれ、せっかくの星祭を台無しにしてしまうことになる。真実は告げる。が、それは今でなくても……。
ラヴィはまっ青な顔で立ち上がり、王の前で答えた。
「…………」
『駄目!』
彼女の知らないもう一人の自分が歯止めをかける。が、ラヴィの耳には届かない。
『駄目だったら!』
「…………」
ラヴィの言葉もまた、彼女の耳には届かない。わかるのはただ、それではいけない、ということだけ。
「……破滅!」
彼女は、その誤った判断のせいで、大変なことをしてしまう結果となる。
そう。彼女は国を滅ぼしたのだ。
*****
光の神殿で巫女が破滅を叫んだというセンセーショナルな話題は瞬く間に国中に広がった。混乱し、あちこちで小競り合いや争いが起き始める。そこに便乗して謀反を企む輩もいた。
「これはいいきっかけだと思うのだよ」
口ひげをなでつけながら目をギラギラさせているのは、現国王の弟であるノーザス。城の大神官、家臣たちを集め大袈裟に言った。
「巫女の言うことを鵜呑みにするわけじゃないがね、しかし今のままでは国民の不安を払拭することも出来まい? この最悪の事態を何とか丸く収めるためには、国王に退いてもらい、新しい国王の下、そう、やり直すしかないんじゃないかと思うのだよ」
「しかしそれはあまりにも安直な考えなのではありませんか?」
家臣の一人がやんわりと抗議する。
「なにを言っている! こんなときほど安直なわかりやすい対応をとるのがよいに決まっておる! 国民は今の王政に不安を感じているのだよ? だってそうだろう、巫女は現国王の治めるこの国の未来を見て『破滅だ』と言ったのだからねぇ」
ニヤリ、家臣に背を向けた瞬間、思わず笑みがこぼれてしまう。
「しかし…」
渋る家臣たちに、ノーザスは畳みかけた。
「他に何か解決策を持つ者がいるのか? 巫女の先見によれば、破滅をもたらすのは魔王と呼ばれる存在だそうじゃないか! この国を滅ぼされる前に、その魔王とやらを探し出して殺さなければならないということだ。しかしどうだね、国王は軍を向けるでも魔導士や術師たちを差し向けるでもなく、自室に籠ったままだ。事は一刻を争うのではないのかね?」
オーバーリアクションで家臣たちに訴えた。さすがの家臣たちもただ黙って俯くしかない。確かにあの予言の後、国王は何か対策を講じる様子はなく、皆、やきもきしているのだ。
「私はノーザス様のお考えに賛成です」
ズイッと前に出たのは大神官モースニア。
「おお、そうか、賛成してくれるか!」
芝居じみた物言いで、ノーザス。
「確かに国は今、巫女の予言によって混乱をきたしております。早く手を打たなければ魔王の訪れを待たずしても国が滅びてしまいかねません」
この言葉を聞き、家臣たちの気持ちが揺れ動いた。確かに、黙って何もしなければ更に困難な事態が待ち受けるだけなのだ。
「では決を取ろう。国王の権利剝奪、追放に賛成の者は挙手を!」
広間に響き渡るほどの声で、ノーザス。まずは大神官モースニアがすっと手を高く上げた。それを見た家臣たちが周りを伺いながらもチラホラと挙手を始める。
「よし、これで決まりだな。現国王には今の地位を退いていただき、北の宮にでも移住いただくとしようではないか!」
「ノーザス様、万歳!」
モースニアが音頭をとる。家臣たちも慌ててそれに合わせた。
「ノーザス様、万歳!」
「万歳!」
そんな広間の様子を、ドアの隙間から覗いている者がいた。
「これは…大変」
その男はさっと身を翻し、その場を後にした。
*****************
うん。
これ、三部作のいっこだ…
今読んで思い出した。
三つの繫がりあるお話を三部作として出そうと思っていてさ。
三部作だよ。
みっつ放置してる……?
うん……
いつか書くよ。
案は、あるので。
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