獏の見る夢(仮)

 いつだって……、

 そう。

 いつだって闇はいともたやすく私を包み込んだ。


 そしてそのまま、私をかき抱いたまま、捕らえて離そうとはしなかった。


『……また逢えたね』

 闇の中から声がしていた。その声は最近、日を追うごとに鮮明になってきている。

『私を覚えているかい?』

 声の主が言う。

 私は何も答えられないまま、闇の向こうに相手の姿を探すのだ。これは夢なのだ、と自分に言い聞かせながら。


『ねぇ、砂里サリ

 彼の言葉に優しさがこもる。私は体がこわばるのを感じた。どうしてこんなに体が震えるのだろう。私は彼に対する二つの想いを交互に感じる。


 愛しい。

 怖い。

 切ない。

 憎い。


 これは、夢だ。


 私は自分自身に言い聞かせる。もう何度目になるかわからない夢の続きを見ながら、怯える。そう、いつも決まってここに辿り着くのは私のせいではない。呼んでいるのは私ではない。求めているのは、絶対に私の方ではないはず。


 なのに……。


『さぁ、手を』

 彼が両手を広げ、私をいざなう。その瞳に引き込まれそうになりながらも、堪え、私の紡ぎ出す答えはいつもと同じ。


「……ごめんなさい」

 何に対しての謝罪なのだろう。私は気が付くとこの言葉ばかりを発していた。彼の手を取らないから? 彼を怖いと思ってしまうから? だから謝るの?


『……砂里』


 知らない名前。なのにそれは私なのだとわかる。

 知らない人。なのにそれがあなただとわかる。


「……ごめ」

『そんな言葉が聞きたいんじゃない!』

 彼が声を荒げる。

「だって、」

 彼の口調が優しさから苛立へ、そして怒りに変わって行くのがわかる。


『……お前、……て……たく……の?…』

「え?」

 急に声が遠くなったようで、全てが聞き取れない。彼はいつになく真剣に何かを尋ねている。答えなければ、と、瞬間的に思った。彼の質問に答えなければいけない。


「え? なに?」

 耳を済ます。だけど、どんなに耳を済ませても、彼の声はノイズに消されるように闇の向こうへと消えていくばかり。


『…い…いな……?』

 どうしよう。彼は私に何を言おうとしているのだろう? わからない。わからないけど答えなきゃ……。


「うん」

 無意識だった。どんな質問で、なんと答えれば彼を怒らせずにすむのかなんて、わからないままの肯定だった。ただ、彼が「イエス」か「ノー」を求めていることだけはわかったのだ。だから、頷いた。


『…て……くよ。……のしみに…』

「え? ちょっと待って、ねぇ」

『……う…すぐ…』

 なに?


「ねぇ!」


 そして完全に彼の声が途切れる。あとに残されたのは闇。

 だけど闇はもう私を抱き締めてはくれなかった。私は、闇の中から追い出されていたのだから……。


*****


 時間とか空間とか、とかくこの世のものは決まりが多い。

 ここは時間も空間も手の届かぬ場所。誰もが自由であり、そしてまた、同じように不自由でもある場所。


「馬鹿みたい」

 リムは呆れるのを通り越して怒っていた。元々短気なのである。が、それは彼に対してだけで、それ以外のことでこうコロコロ怒ることはない。もちろん、怒ってばかりいるリムしか見ていない彼には、そんなこと知る由もないのだが。


「馬鹿みたいって、お前なぁ」

「だってそうじゃないっ。名前も知らない人間をどうやって探すってぇの? 砂漠の中からごま粒一つ探すのと同じじゃない」

「おい、リム」


 ここは無限に広がる夢の世界。


  辺りには点いては消え、消えてはまた点く球状の明かりが数知れず灯っている。これが全て、夢である。彼らはこの夢を操り、時に消し去る夢の番人、通称「獏」と呼ばれる存在。傍らでわめいているのは夢使いのリム。彼の相棒の白妖精である。


「忘れてると困るから言っとくけど、獏が契約を交わせるのは上から許された、特定の主の夢だけなのよ? そんな個人契約勝手に結んで。……あたしたちはね、黙って与えられた夢食ってりゃいいのよ。大体、おいしいかどうかもわからないじゃない。人間の見る夢なんかより、ミミズの夢の方が何倍も、」


「俺はっ、」


 リムの言葉をなんとか押しのけ、口を挟む。

 彼の名前はナシュ。「獏」の一人である。主に風景を作り出すのを仕事としている。作り出した風景を球体の中に映す。と、そこに何者かの想いが流れ込み、夢が生まれるのだ。


「俺は別にグルメ目的じゃないっ」


 確かに人間の夢は不味い。はっきり言ってかなりまずい。産まれる前の胎児の見る夢は別として、どんなに寛大な心で味わってもハゲタカより不味い。それは、欲があるから。


「知ってるわよ、フェレがへまやったんでしょ?  ……ったく、なんであんたってフェレに頭上がんないのかしら。大体ね、聞くけどどうやってその夢の主を探すつもり?  ここは全ての時間につながってるのよ?  ……時間の流れは厄介よ。動物は風や大地と違ってほんの少しの間に移り変わってる。さっきまで赤ん坊だった誰かが次の瞬間には年老いた老人になってるのよ?  たった一人を見つけることなんて無理よ、絶対無理っ」


「そんなの平気さ」

 ナシュは自信たっぷりに胸を張り、言った。

「本人が駄目なら生まれ変わりを見つけりゃいい」

「随分いいかげんねぇ?」

「いいんだよ、人間の持つ魂は一人につき一つだ。歴史は繰り返す。だったら奴を食い止める手段としては、彼女と同じ魂の主の夢を喰えばそれですむじゃねぇか」


 リムはそんなナシュを横目で見遣り、呆れたように肩をすくめた。


「ま、あんたのいいかげんは今に始まったことじゃないからね」

「ふんっ」

 ナシュが口をとがらせる。

「で、詳細は?」

 それでも付き合ってくれるあたり、やはり長年の相棒である。


「ん、ああ。昔々、紗多羅サタラという黒魔道士が砂里サリという女と出会って、彼女に自分の力の半分を封じ込めたんだ。その力をいつか取り戻そうと企んでいる」

「……それで?」

「情報は、それだけ」

「んもぅっ、そんな説明じゃ全然わかんなぁいっ! どうしてその黒魔道士はその子に力を封じたの?」

「事情があったんだろ?」

「……じゃあ、何でその女は黙って封じられるままにしてたの?」

「事情があったんだ」

「…………じゃあ何でその魔道士が力を取り戻そうとしてるってわかるのぉ?」

「事情があるからだ」


 リムのこめかみに痛みが走る。いつもそうだ。ナシュは全てを知っていて、なのに何も教えてくれない。そして知りたがるリムをイライラさせ、楽しんでいるのである。


「ナシュのっ、ぶわかぁぁっ!」

 リリリリ、と涼やかな羽音を鳴らし、リムが遠ざかる。


「……またやっちまった」

 ナシュが頭を掻きながら舌を出す。


「付き合い長いんだから、いい加減俺の口下手にも慣れてほしいよなぁ」

 勝手なことを口走る。リムがいなくてはこの仕事は成立しないのだ。


 おおよその検討は付いていた。後はあの魔道士より早く彼女を見つけることだ。しかしナシュたち獏は、人間界に降りることは出来ない。だから第三者の目を借りて、紗多羅を追わなければならないのだ。


「とはいえ、」

 フェレからの情報。それが全て事実だとすれば、かなり事態は面倒臭いことになるはずだ。獏の世界の住人を震撼させるような、とんでもない結末に……。


 いっそのこと上の連中に話しちまえばいいのに……。

 ナシュはそう言ったのだが、


『素直に信じると思う?』


 というフェレの言葉にナシュは首を縦に振るしかなかったのである。


 ナシュとフェレ、この二人は異空界でも札付きの問題児としてブラックリストに名を連ねている。その二人の話を上が黙って聞き入れてくれるはずもなく、突き付けられるだけの証拠があるわけでもない。はっきり言ってしまえば、万に一つの可能性だともいえる。今回の行動も、無理矢理仕事と結び付けたのだ。本当なら出向くことだって出来なかっただろうに。


「悪知恵だけは働くからな、あいつ」

 フェレの根回しのよさに改めて関心するナシュなのである。


「さ、これで必要なものは全部揃ったよな」

 ひとりごちると、リムを追いかけ、ナシュは場を去った。



***********************


ああああ、これ書いたの20代だなぁ……

ん~

今の自分とはだいぶ違う。

読みづらっ。

この話のプロットはもうない。

なので、これ書くとしたら、今書いてあるところまでを読んで、何を書きたかったかを思い出して(もしくは捏造して)書かなきゃいけない。

冒頭部分を読んでも、なんだかよくわからない。

誰が、何を、どうしたいんだね???

なんか、夢を喰う獏の話が書きたかったのか、それとも砂里の方を書きたかったのか。

いつか……書くかなぁ?

案は、あるけど。

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