第21話:幸せとは①
***
翌朝。セリは庭園でソルニャと会うことにして、デキアにその旨を伝えた。生命の樹を燃やされたエリル達が見れば怒り狂いそうだが、セリはソルニャを拘束する気はなかった。
もう今となっては、エリルの樹も、マクスウェルの樹も、誰を選んでも問題ない。あれだけ大きな湖があるのだ。あとはもう、申し訳ないが順番だからと、寿命の一番長い者の肩をたたけばいいし、誰も承諾しないなら、本当にくじ引きを決行するまでだ。
だがセリはまだ悩んでいた。
アルトとともに庭園に向かっていると、聞こえてきた声に、セリとアルトは顔を見合わせた。聞こえてくる声はセリのものにそっくりで、またもや妙な茶番に巻き込まれる可能性が大である。
「何をしても私は絶対にソルニャを次代の樹には選ばないよ」
庭園へと続くアーチを抜けると、テーブルをはさんで偽セリがソルニャに力説していた。
「どうして死にたいの? 私と一緒に生きたいってどうして思ってくれないの?」
セリがまさに思っていることを、偽セリはソルニャにぶつけている。
「周りの人たちがひどいよね。でも全部私が守ってあげる。傷つかないでいいように、ずっとお城で暮らせばいい」
近づくことができず、アーチの傍で二人の様子を見守っていると、初代妖精王の亡霊がやってきた。数値が激減しているアルトの胸のゲージを見て、チッと舌打ちするような動作をしてから、プラカードを見せてくる。肩には灰色猫がおらず、プラカードを自分で持つ初代妖精王を見て、セリはちらりと偽セリを見やった。
偽セリに入っている魂の正体は、セリが思っている通りの者なのだろう。
『それでどうしますか?』
昨日話していた口調とまったく違いすぎて、違和感しか感じないプラカードの問い。そしてその問いについて、セリはまだ答えを見つけられない。
偽セリが言っていることは、そっくりそのままセリが思っていることだ。
しかし偽セリが何を言おうと、ソルニャはちっとも嬉しそうではない。
セリは半日の間体験した『悲しみ』のない妖精の肉体を思い出した。悲しみを感じられず、不安や不満は怒りへと転化されやすい肉体。普段なら怒らないようなことでも怒り狂ったことを思い出したセリは、虐げられて生きてきたソルニャの怒りや苦しみがどれほどのものなのか想像もつかない。
初代妖精王は憎悪と評したその感情を、表出することさえできないソルニャ。
どうすればソルニャが幸せに生きていけるだろう。
不快な妖精には会わせずに閉じ込めたところで、それはソルニャにとって幸せなのだろうか。
そしてソルニャが幸せになるよう、混血の偏見を一瞬でなくすことは不可能かもしれない。
また周囲の者の態度が翻ったところで、ソルニャの憎悪は昇華されるのだろうか。
初代妖精王が言うように、ソルニャはとても疲れているに違いない。怒りや憎悪を感じることに。たった半日でセリが死にたいと一瞬でも思ってしまったように。
普通なら、ソルニャのように過酷な環境で育ってきた者が、悲しみを感じられないというのは恩恵だと思えるかもしれない。だが実際は違う。今のセリはそれがどれほどの苦痛か想像できた。そしてその苦痛は消えることはないだろうということも。
「ソルニャ」
セリはゆっくりとソルニャに歩み寄った。ソルニャは驚いたようにセリと偽セリを見比べている。
「ダークエルフ?」
ソルニャの呟きに、セリはうなずく。
セリはソルニャを生命の樹にするつもりはない。そのことについては、これまで一瞬も悩んだことはない。だが……。
――本当にそれが正しいのだろうか。
偽セリがソルニャに自分の気持ちを代弁しているのを客観的に見た時、偽セリがただ自分の気持ちを押し付けているように見えた。妖精としての肉体に生まれた苦しみも知らずに。
だからどうしても今、助けが欲しくてセリは偽セリを見やった。そして、「お願い」と彼女に懇願する。彼女なら言葉にしなくても伝わると確信して。
偽セリは肩をすくめたかと思うと、初代妖精王をちらりと見た。そして彼がうなずくのを見て、その場から忽然と姿を消した。
そしてどこからか、プラカードを持ったあの灰色猫が二本足でトコトコとやってきた。
『ソルニャは妖精王の伴侶を愛しています』
セリに見せつけるようにして、猫はプラカードを掲げる。
『ソルニャはしかしそれ以上に妖精王の伴侶に憎しみを感じています』
思ってもいない言葉にセリは言葉を失う。
『ソルニャは妖精王ゼノアルトやデキア、他の者にも愛や友愛を抱き、それを表現する妖精王の伴侶に激しい憤りを感じています』
『ソルニャは妖精王の伴侶や伴侶が大切にする周囲の者を嫉妬し、憎悪する自分に絶望を感じています』
『ソルニャは妖精王の伴侶の友愛を至上の喜びと感じています。しかし、それ以上に妖精王の伴侶に憎悪を感じる自分が理解できず、自分をさらに憎悪しています』
セリはダークエルフだった時、嫉妬にかられてアルトにひどいことをいいそうだった自分を思い出した。本当に思っているわけではないのに。でもその時は本当に思っていた。
よく言えないが、魂の自分は違うのに、感情の自分はアルトに憎悪を抱いているというべきか。怒りや嫉妬は強い感情で、素早く燃え広がる火のように、心よりも先行してしまう。そして心と感情に乖離があるからこそ、セリも一瞬自分がいなくなればいいのではと考えたことを思い出す。
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