第19話:ガラス張りの妖精王①
***
城に戻るや否や、デキアがアルトの目覚めを報告してきた。
セリは階段を駆け上がり、二人の寝室へ向かうと、ベッドの上にいるアルトにダイブする。
「アルト!!」
目が覚めていたアルトに最後に会ったのは今朝のことだ。なのに一年ぶりくらいに姿を見たような気がする。
泣いているセリを見て、アルトは青白い顔で「ごめん」とつぶやく。
アルトの指がぬぐってもぬぐっても涙があふれてきて、セリは自分がどれだけ緊張して不安だったのか悟った。
「もう、本当に心配した」
「うん」
「半日の間に、いろいろありすぎて大変だったんだから」
「ごめん」
アルトはセリの息苦しいほどの抱擁にたえながら、セリの髪をなでる。
「別離」
――もうセリの顔を見ることはないかと思っていた。
アルトはセリを抱きしめながら静かに言う。
「湖」
「崩壊」
「死」
――水があふれて器が壊れれば多分僕は死ぬ。
初代妖精王の言うことが正しければそれはおそらくアルトの勘違いだが、セリは黙って続きをきくことにした。
「選択」
「別離」
「死」
そしてとんでもないことを言われ、セリは唖然とする。プロポーズを断られたら、死ぬつもりだった? いやさすがに勘違いかもしれない。セリはもう少し続きを待つことにした。
するとチョンチョン、と何かがわき腹をつつくのを感じて、セリはアルトからはなれて視線をめぐらせた。
見ると、灰色猫がプラカードをかかげている。近くに初代妖精王の姿は見えなかった。
『初代妖精王の亡霊より、妖精王ゼノアルトの方が正直タイプです。伴侶にだけ可愛く振る舞うというのが萌えますよん☆』
唐突にピンで現れた上に、この状況で理解しがたいことを告げてくる。そしてアルトの心情を暴露し始めた。
『妖精王ゼノアルトが、プロポーズ時、伴侶に断られた時は妖精界に行かずにそのまま妖精界の破滅を待ちながら人間界で死ぬつもりだったと、陰鬱な感情を吐露しています』
アルトが妖精界に行かずに、そのせいで前妖精王の器が壊れても、アルトは死なないはずだ。だがアルトは死を覚悟してセリにプロポーズしたということらしい。切腹しそうな表情でセリの返事を待っていたのは、本当に死を覚悟してのことだった。
「停止!」
アルトが叫ぶが、猫はアルトの手をひょい、とかわし、さらにプラカードを掲げる。
『妖精王ゼノアルトは、死ぬ最後の瞬間まで伴侶と一緒にいることを選びたかったと、心の中で泣いています』
そうだったのか。
アルトの気持ちをきいてセリは泣きそうになった。
言葉足らずとかそういう以前に、アルトは本当の気持ちを教えてくれることが少ない。
嫉妬ゲージもそうだが、翻訳できるからといって、アルトの気持ちを全部わかっているつもりになっていたのかもしれない。そして分かっているつもりになって、勝手に不安がっていた。
『死ぬにしても生きるにしても、最後までセリといたかった。そしてあのまま人間界にいても、前妖精王の器が壊れて妖精界も僕も死ぬだけだろうから、それならセリと一緒に生きたいと思って、ここに来たんだ』
『これまでの妖精王でもできなかった者はいないから。器作りなんて簡単だと思っていた。でも器は作れないし、セリには負担をかけるし。このままだとそう遠くないうちに、結局僕は、器の交代をする前に死んでしまうんだろう。今回倒れたのもきっとそのせいだろうから』
『――死にたくないな』
『セリに悲しい顔、させたくない。生きていてもこうして悲しませるけど、でももっと悲しませるのは嫌だ』
もはや妖精王ゼノアルトが云々という文言なしに、灰色猫は怒涛のようにプラカードを明滅させてくる。
「……」
アルトは恥ずかしいのか呆れたのか、片手で顔を覆ってうつむいている。
セリは微笑みながら、アルトのもう片方の手を両手で握りしめた。
「死なないよ。器が壊れても、アルトが死ぬことはない。初代妖精王がそう言ってた」
でも愛を失うという言葉が恐ろしくて、セリは口にすることができない。
「全部聞いたの。あの湖に妖精たちの哀しみが溜まっていくっていうことも。アルトが倒れたのは多分、湖の水がいっぱいになったから。……エリルの生命の樹がドラゴンに燃やされたせいで」
アルトはまなじりを細めると、セリの体をそっと引き離した。そしてセリの顔を覗き込んでくる。
「不解」
アルトはそう言うとベッドから出て、テラスへと早足で向かう。
『……湖の水がいっぱいになって僕が倒れたなら、どうしてまた僕は目が覚めたんだ』
『妖精王ゼノアルトはドラゴン……初代妖精王に助力を受けたのかと不安がっています』
侵入するドラゴンに初代妖精王が憑依するということを、アルトは知っているようだ。おそらく歴代妖精王たちが認識していた事実なのだろう。
セリは灰色猫とともにアルトの後を追う。
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