第14話:花と妖精
***
帰ってきてもアルトは見当たらず、デキアが出してくれたシルバーワームを何個か食べて少しだけ昼寝をした後、セリはソルニャに会うために庭園へと向かった。
「セリ!」
セリが来るまえに、ソルニャはお茶の準備をしてくれていたらしく、テーブルにはすでにカップとティーポットが並んでいた。
それを置いてセリに駆け寄ってくる姿が愛らしくて、思わずセリは頬がゆるむ。
ソルニャはエリル族の特性を受け継いでいるのでとにかく背が高く、ハグすると、大きなフワフワの樹を抱きしめているような気分になる。
「今日も大変だった?」
ソルニャは気遣うような眼差しをむけながら、セリをテーブルに案内する。
「うん。でもソルニャを見たら元気が出たよ。ありがとう」
言うと、ソルニャは嬉しそうにはにかむ。
「今日はねぇ、二種類のお茶を用意したの」
「え、また新しいブレンドを考えてくれたの?」
カップに広がる甘い香りに、セリは鼻をひくつかせる。
「うん。セリの事を考えながら茶葉をブレンドするのがとても楽しいよ。他の事を考えられるっていうことが、本当に楽しくて嬉しいの」
そう言うソルニャの眼差しが一瞬疲れたような色を帯びて、セリは心配になる。
「他の事ってなに? どうしたの?」
「いいのいいの。ねぇこっちとこっちだと、どっちが美味しいか教えてくれる?」
ソルニャは微笑みなががら、セリにお茶を飲むように促してくる。
セリはとりあえずソルニャの言うままに、お茶を飲む。
「あ、これ、私がいつも作っていた林檎サラダに合いそう」
さっぱりとした味のお茶に口をつけたセリは、ふと以前に食べていた食べ物を思い出した。
「りんご?」
「あ、妖精界にはないか。うーんとね、赤い果物……木の実で、さっぱりした口当たりで、甘いの。みずみずしくてすごくおいしいよ」
私の大好物だとセリは言うと、もう片方のお茶も飲む。
「そうだなぁ。どっちも美味しいけれど、今日という限定つきで、こっちかな。今日はなんだか精神的に疲れて、ふんわり甘い方がいいかも」
「今日だけ……」
日によって好みが違うのは当然だと思うのだが、今日だけと言われて、ソルニャが途方にくれるのがかわいくて、セリは笑ってしまう。
「いつも言うけど、一番を決めなくていいじゃない。全部美味しいよ。ソルニャの愛の味がする」
「愛……」
ソルニャの顔が目に見えて暗くなる。そして「愛ってなんだろ」とぽつりとつぶやいた。
「セリは妖精王様を愛しているの?」
「もちろん」
ソルニャの問いに、セリは食い気味で即答した。
「ソルニャはこのお茶を、私に喜んでほしいって思って淹れてくれたでしょう? 愛っていうのはうーん一言ではいえなくて、いろいろな気持ちを包括しているような気がしてうまくいえないけれど、好きな人に喜んで欲しい、っていうその好意も私は愛だと思う」
セリはそう言うと、席を立った。ちょっと待ってね、と告げて、庭の花を何本か摘み始めた。そしてテーブルに戻ってくると、花と花を編み始める。
「何してるの?」
「ちょっと待ってね」
そう言って花を編むセリの横顔を、ソルニャは熱心に見つめてくる。
「私を選んでくれればいいのに」
「え?」
「生命の樹。どうせ昔からずっと、次は私だって思って生きてきたから」
セリは手をとめてソルニャを見た。ソルニャの目には悲しみも怒りも、何の感情も見当たらない。
「それに……私がいなくなっても誰も悲しまないから」
いったいどういう生き方をすれば、こんなことが言えるようになるのだろう。泣きたくなるくらいに虚しくなってくるセリフに、セリの目から涙がこぼれた。そんな風に生きてきたことへの悲しさ、そしてそれでもこんな風に他者に優しくできる強さを持っていることに感嘆する。
「ソルニャ、私は悲しい。ソルニャがいなくなれば私が悲しいよ」
涙を流すセリを、ソルニャは何故か、まるで珍しい昆虫を見つけたかのような目で、食い入るように観察してくる。
「セリは妖精じゃないから。セリがどれだけ悲しんでも問題ないの」
何が問題ないのだろう。セリ的には問題おおありだ。
「ソルニャはずっと私といるの。生命の樹には絶対にさせないから」
約束する、と強く言って、セリは再び花を編み始める。
ソルニャがじっとセリの横顔を観察している中、セリは編んだ花を環にしてまとめると、「はい」と言ってソルニャの頭の上に載せた。
「かわいい妖精に花冠。定番だけどかわいすぎる……」
セリは戸惑うソルニャをいろんな角度から見ながら、「かわいい」を連呼する。
「ソルニャの愛に、とにかくお返ししたい、っていうこの私の気持ちも愛だよ」
花冠にそっと手を触れながら、ソルニャは大きな目をセリに向けた。
「どうして私なんかを愛してくれるの?」
「どうして? 私は種族とかそういうの関係ないもの。ただ同じ人……えぇと同じ生き物として見た時、ソルニャみたいに優しい妖精を愛さない人……生き物なんていないよ」
それは断言できる。とセリが自信をもって言うと、ソルニャの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
セリはあわててそれを指先でぬぐう。
「どうしたの? 何が悲しいの?」
「悲しい? ふふ。まさか」
ソルニャはそう言って満面の笑みを浮かべた。涙の似合わない一転の曇りもない無邪気な笑み。
「ありがとう。セリ。ありがとう」
大好き、と言いながら抱きしめてきたソルニャのフワフワな頬っぺたがセリの頬にあたる。その感触を満喫しながら、このどこまでも純粋な妖精が、これ以上傷つくことのないようにセリは願った。
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