第13話:デートではないが

***


 生命の樹問題について何も解決策が思い浮かばないまま、四日が経った。マクスウェル専用の酸素……もとい魔力が枯渇するまではあと三日くらいあるらしい。それでも彼らが余裕なのはソルニャの存在のせいなのだろう。


 セリの問題も期限が迫っているが、器の交代が前妖精王没後から十日前後が期限というから、アルトの問題も期限が迫っている。


 セリとできるだけ一緒にいようとしてくれていたアルトだが、器の交代の手がかりをさがすためなのか、書庫に入り浸るようになり、どうしても別行動が必要になった。


 セリは毎日マクスウェルの領地に通うことにしたが、初日の帰宅時に、アルトのゲージがまたもや10%上昇しているのを見て少し考えを変えた。


 一日目はデキアと一緒にいったのだが、二日目からは一人でいくことにした。そのことにアルトは「心配」と反対したが、初代妖精王を連れていくというとしぶしぶOKしてくれた。どうやら初代妖精王は嫉妬の対象にならないらしい。実際、二日目からはアルトのゲージはそんなに上昇していない。


 嫉妬は怒りと似た感情だ。されると嬉しいが、嫉妬する方は疲れるに違いない。嫉妬という感情を恥だと考えていたアルトならなおさらだ。こんな風に数値化されなければ、アルトがセリのことで嫉妬してくれていたなんて、思いもしなかったに違いない。


 だが、ダークエルフになった時、数時間ではあるが嫉妬で途方もない怒りを経験したセリは、アルトができるだけ嫉妬しないように努力することにした。……でも本当は嫉妬されると嬉しいのだが。まぁ、そんなに簡単にゲージがあがるという事実を知れただけで十分だとも思う。


「はぁ……」


 マクスウェル領地からの帰り道。疲れたセリはため息をついた。


 死んでもできるだけ悲しむ者が少ない者。そんな者を選ぶのは難しい。


 セリはデキアからマクスウェル一族の長寿リストを見せてもらい、無茶苦茶長生きしている者から声をかけることにした。中には700年も生きている者もいて、もう充分ではないかと思うのだが、そういう者に声をかけると、周囲の怒りが尋常ではなかった。やはり長い間一緒に生きているのだから、情もそれだけ深まるし、家族も増えるのだから、仕方のないことなのかもしれない。そしてご長寿さん当人も、それだけ生きているのにまだやりたいことがあるから無理だと言ってくる。



 だが、だからといって、たった数十年しか生きていないソルニャを選ぶというのもおかしいし、納得できない。


『初代妖精王の亡霊が、妖精たちに、むやみに生命の樹の勧誘をしない方がいいと助言しています』


『初代妖精王の亡霊が、決定と本人への勧告を同時にするのが効率がいいと助言しています』


『初代妖精王の亡霊が、むやみな勧誘は、無駄に妖精たちの混乱と悲しみを増やすだけで、器の交代がまだの状態である妖精王ゼノアルトに負担がかかる可能性があると助言しています』


 今日もマクスウェルの領地で、寿命の長い者に、「そろそろ樹になってはどうか」

などと無神経だがやらねばならない提案をしていたセリは、灰色猫が掲げる助言パレードを見て眉をひそめた。


「悲しみを増やすだけって……よく考えてみたら、誰も悲しんでなかったけど?」


 まだ決まったわけではないからか、家族たちは皆セリへの怒りでいっぱいで、哀しみなど微塵も見当たらなかった。


『初代妖精王の亡霊が、まだ気づかないのかと、伴侶の愚かさに少し憤っています』


『初代妖精王の亡霊が、ドキドキ妖精半日体験をよく思い返してほしいと助言しています』


『初代妖精王の亡霊が、湖を見に行ってみてはどうかと、あまりにも愚かな伴侶にヒントを与えます』


 初代妖精王はいつもの馬鹿にするような態度ではなく、本当に呆れたような、そして切実さのこもった目をセリに向けていた。いつもとちがう雰囲気にセリは戸惑ってしまう。


「じゃぁ、ソルニャとのお茶が終わったら行ってみるね」


 午前中はマクスウェルの領地で怒鳴られまくり、午後はそれをソルニャとお茶して癒してもらうというのが、セリのここ数日の日課だった。


『初代妖精王の亡霊が、では後で湖で会おうと初デートの約束をとりつけました』


「……」


 セリは嬉しそうに小躍りしている初代妖精王を無視して、城に戻った。

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