第12話:はじめての審判②
「恥」
二人きりになって落ちついた途端、アルトは今更思い出したかのように、胸のゲージを隠した。
「何が恥ずかしいの? 恥ずかしくてあの時出て行ったの? 嫉妬してくれているってわかって私は無茶苦茶うれしいんだけど」
「汚」
アルトは汚い感情だと幻滅したように言う。
「そう? 私は愛の一部だと思うけど。本当にうれしい」
「理解」
微笑むセリにアルトは首を横にふってみせる。
アルトはセリがアルトの嫉妬の中身を理解していないと言う。
「真実、逃避」
――本当の僕を知ったらセリは逃げるかも。
アルトの顔に浮かんだ暗くて複雑な微笑みに、セリは背筋を震わせた。……恐怖のためではない。興奮のためだ。
「え、なにそれ。何年も一緒にいて、急にヤンデレ属性出してくるの? 反則じゃない?」
アルトの可能性が無限大すぎる、と言いながら、セリはアルトの頭をひきよせ、チュッ、チュッ、と顔中にキスの雨を降らせた。アルトはくすぐったそうに、フフ、と笑う。
「本当に大好き」
言うと、アルトは照れ臭そうにうなずいた。
「さっきも、本当はね、少し自信がなかったの。でも選んでくれてありがとう」
セリはそう言うと、数時間の妖精体験を思い出した。悪夢のような時間だった。
「何だろう。何かよくわからないけれど、感情というか気分にふりまわされて、私が私でなくなったみたいだった。……もしかすると私が偽者の魂じゃないかって思えてくるくらいに」
アルトは何も言わずに、セリを見つめている。セリはテラスの向こうに見える湖を見て「この妖精界っておかしくない?」とつぶやいた。
セリが言うと、アルトがセリの顔をのぞきこんできた。他の人が見たらただの無表情だろうが、アルトがとても落ち込んでいるのがセリには分かった。
「死んでも誰も悲しまない者を選んで、生贄にするってありえる?」
『死んでも誰も悲しまない者を――いえ、できるだけ悲しまない者を選ばないといけません』
デキアは生命の樹の選定基準をそう告げた。
そしてそれは暗黙のうちに、混血で誰も振り返ることのないソルニャがあてはまることを示していた。
悲しみという感情と、この妖精界は密接に関係しているらしい。
そして器の交代という不安定なタイミングで多くの悲しみがうまれてしまうと、妖精界の存続の危機もあり得るとデキアは告げた。
「本当に意味が分からない」
「応援」
――誰を選んでもかまわない。僕はセリの選択を応援する。
苛立ちと焦燥で声を強めるセリの手を、アルトはそっとなでた。
「器の交代って具体的に何なの? 私の選択次第では妖精界だけでなく、アルトにどんな迷惑がかかるかわからないってデキアが言ってたけど。だからなおさら、悲しむ者がいない者を生命の樹に選ばなきゃいけないって」
セリが言うと、アルトはそっと目を伏せた。これ以上この話をしたくないということだ。でもここで引き下がるわけにはいかない。セリはそのままアルトの言葉を待つことにした。
「呪い」
器の交代は呪いみたいなものだと、アルトはぽつりとつぶやいた。
「二代目」
そしてアルトがそう続けた瞬間、コンコン、とドアをノックする音がした。
しかしその音が聞こえたのはおかしなことに耳元でだ。まさか、と嫌な予感がすると同時に、二人の目の前に再び初代妖精王が現れた。肩の灰色猫も一緒だ。今日はもう現れないと思っていたのに。本当にうっとうしい。
『初代妖精王の亡霊が、祝福を伝えるのを忘れたと謝罪しています』
『初代妖精王の亡霊が、正解おめでとうございますと、花吹雪をまきちらしています』
プラカードにはそう書いているが、初代妖精王は特にそんな様子はなく、アルトとセリのつながれた手をうらやましそうにちらちら見ているだけだ。
『初代妖精王の亡霊が、器をつくりはじめたのは、二代目妖精王からだと、潔白を主張しています』
『初代妖精王の亡霊が、妖精王ゼノアルトが器の交代をさっさとすませれば、伴侶が誰を生命の樹に選ぼうが問題ないはずだと訴えています』
「……」
アルトはプラカードを見て苦しそうに眉をひそめた。
『初代妖精王の亡霊が、器の交代が不可能ならさっさと嫉妬ポイントをためろと提案しています』
「どういうこと?」
ふとアルトの胸をみると、ゲージは40パーセントで、特に変化はない。
『初代妖精王の亡霊が、妖精王ゼノアルトの肉体に憑依した際、自分が器を作って器の交代をしてやろうと言っています』
「却下」
アルトがセリを守るように抱きしめて、初代妖精王をにらみつけた。
『初代妖精王の亡霊が、偉そうなことをいう前に器の交代をしてみろ、あっかんべーと舌をだしています』
初代妖精王は本当にアルトに向かって舌を出すと、その場から姿を消した。
その次の瞬間、アルトとセリは同時に心底疲れたようなため息をついた。それがおかしくて、二人で見つめあいながらクスクスと笑う。
「あー、本当に疲れる。初代妖精王」
言うとアルトもうなずく。
「妖精?」
そしてセリに、ここの妖精たちはどうかとたずねてくる。
「まだ来たばかりだからよく分からないけれど……。人間と一緒かな。いい人もいれば悪い人もいる、みたいな。あ、ただなんだか見ていて怒りっぽい妖精がすごく多い気がする。あとやけに利己的な気が。まぁヒューバートとブラインだけかもしれないけれど」
今日、外をぶらついていても、結構いろいろなところでちょっとした口喧嘩を目撃して、あの二人の族長もそうなので、妖精=のほほん平和みたいなイメージは一日ももたずに消え去った。
「好意」
妖精たちが好きになれそうかという問い。しかしアルトの目がやけに切羽詰まっていて、セリはふと思う。
「もしかして器の交代と妖精を好きになること、関係があるの?」
「うん」
アルトは重いため息交じりに肯定する。
「不明」
――僕は妖精たちを好きになれるのかな。
その声にアルトの自信のなさがつまっていて、セリは何か力になりたいと心から思う。
「過去」
「記憶」
アルトはそう言って首を縦に振り、
「感情」
と言って首を横に振った。
――妖精王たちの記憶はあっても、感情の記憶があるわけじゃない。
だから、好きになれないということなのだろうか。セリに妖精王の記憶があるわけではないので、何といえばいいのか分からない。
こんなに弱っているアルトを見るのははじめてで、セリは少しでも元気をあげたくて、手をぎゅっとにぎりしめた。
「応援」
セリはアルトみたいなことを言って、ほほ笑んだ。
「応援」
アルトもセリと同じ言葉を返して、セリの唇に唇をよせてきた。
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