第11話:はじめての審判①
***
アルトの誕生日プレゼントのために、バイトを三つかけもちして過ごした一か月よりも、今日一日を過ごすだけの方が確実に疲れた。
セリはデキアと別れ、ふらふらした足取りで部屋に戻る。
誰もいないのかと進んだ先、テラスにはアルトと偽セリがいて、一瞬頭が沸騰しそうになったが、アルトは偽セリをまったく相手にせずに湖をぼんやりと見つめていたので、セリは少しだけ冷静になることができた。
「お疲れさま」
アルトではなく、まさかの偽セリが声をかけてきた。
「偽者さんも大変だよね。初代妖精王にふりまわされて」
アルトに見抜かれたのに、まだ本物のフリをしてくる偽セリに、セリはどっと疲れを覚えた。
「アルト、どうして出て行っちゃったの?」
セリは偽セリを無視してアルトに声をかける。しかし、アルトはこちらを見ようとしない。
悲しくなりそうな大事件だが、疲れているせいなのだろうか。セリは頭が煮えたぎるような怒りだけを覚えた。
怒ることは本当にエネルギーをつかうことだ。疲れる。そしてそれを出さずに押し殺そうとするとなおさらしんどい。セリは結局我慢できなかった。
「どうして何も言ってくれないの!」
アルトのことだ。何か事情があるはずなのに、自分が傷つくよりも相手を責めることを選んでしまった。……こんなことでこんなに怒るなんて、もはや自分は死んだほうがマシなのではないだろうか。セリは振り向かないアルトを見てイライラしながらそんなことを思う。
「……とりあえず頭冷やしてくる」
セリはアルトにそう言って部屋を出ようとした。
「だめ」
しかし、アルトに腕をつかまれた。振り返ると、焦った目をするアルトと視線が合う。
アルトはもう片方の手で胸元のゲージを隠していた。
一体どうしたのかと尋ねようとした時、変なファンファーレが耳元で鳴り響いた。
おそるおそる見やると、テラスの入り口に初代妖精王が立っている。やはり灰色猫はおらず、自分でプラカードを持っていた。
『ドキドキ愛のスパイスシンキングタ~イム!』
……空気が読めないにもほどがある。
「まだそれ有効なんですか? それに12時間も経っていないけど」
むしろ半分の6時間すら経っていない。
『12時間以内に行うというだけで、12時間後に行うとは言っていません』
『すべては私の御心のままにです』
傲慢なことを堂々と言ってのける初代妖精王を、セリは呆れながらみやる。見ると、偽セリも同じような目で初代妖精王を見ていた。
「シンキングタイムって言うけど、意味あるの? アルトはもうどっちが偽者か分かってるのに」
まさかの偽セリが堂々とそんなことを言ってきた。
すると、初代妖精王は、ちっちっち、と唇の前で人差し指をふってみせる。
『本物と見抜く必要はありません。お好きな方の伴侶を選んでいただければいいのです』
『選んだほうの魂を、伴侶の本体に定着するように操作します』
初代妖精王はとんでもないことを告げてきた。
セリは怒りなのか絶望なのかわからない衝撃で、目の前が真っ暗になる。
あのとき。偽セリはアルトを追いかけたが、セリはアルトを追いかけなかった。その後二人はどう過ごしたのだろう。
セリは偽セリを無視したが、偽セリはセリに声をかけてきた。余裕のないセリを見て、アルトはどう思っただろうか。
セリと同じようにアルトの言葉を察せられて、でもセリよりも少し優しい偽セリ。
アルトの言うことを代弁できて、セリとしての記憶を共有しているのなら、アルトは偽セリを選んでしまうのではないだろうか。
「イヤ! そんなの絶対にイヤ!」
不安はすぐに怒りに変わった。セリはこらえきれずに、思わず叫んでしまう。こんなことをしたらアルトに嫌われてしまうのに。
「私を選んでくれないなら、アルトなんて――」
その先はなんて言おうとしたのだろう。それはセリにも分からない。死んじゃえ、とか、いらない、とかそんな酷い言葉のはずだ。そんなこと絶対に思ったこともない言葉なのに。
でもそう言う前に、セリの唇はアルトに塞がれた。
唇が触れ合った瞬間、セリは目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。
確かにキスを感じたはずのに。次の瞬間には、セリは泣きながら、アルトから数歩離れた場所に立っていた。どうやらもとの肉体に戻ってきたようだ。そしてセリがいたところにはもうダークエルフの肉体はなかった。一瞬にして消えてしまったらしい。
アルトは腕の中に誰もいないことに気づき、すぐに泣いているセリに駆け寄ってセリを抱きしめてくる。
本体に戻ってホッとしたのだろうか、涙がとまらなくて、悲しいのか嬉しいのかすらセリにはわからない。
「必滅」
アルトはセリを胸に抱きながら、初代妖精王に吐き捨てた。
セリが顔をあげると、アルトは見たこともないくらいに怖い顔をして、初代妖精王を見つめている。
セリの視線に気づいたのか、アルトはセリに自分の姿を見られたくないとばかりに、セリの目を手で覆おうとした。
もう怒ったり、悲しくて泣いたり、感情の浮き沈みが激しすぎたせいなのだろうか。こんな時なのにアルトがカッコイイと思った自分が情けなくて、セリは思わず笑ってしまった。
「ふふ。アルトの怒った顔、カッコイイね」
目を隠そうとするアルトの手をとり、セリは言う。
「私のために怒ってくれたんだよね。ありがとう」
アルトは視線をさまよわせた後、もう一度セリをぎゅっと抱き寄せてくる。
『初代妖精王の亡霊が、ドキドキ妖精半日体験はこれから妖精王の伴侶として生きるために必須だった主張しています』
アルトの暖かさを満喫していたセリは、視界の隅に見えるプラカードに、アルトからはなれた。初代妖精王の肩にはいつの間にか灰色猫が戻ってきていて、プラカードを掲げている。
「不要」
アルトはプラカードを見て冷たく反論する。
どうして妖精体験することがセリにとって必要なのだろう。アルトは不要だというし、初代妖精王がセリ達をもてあそぶためにそんなことを言っているだけなのかもしれない。
だが、たった数時間だが、セリは妖精の肉体でいて明確な変化を感じた。
「ダークエルフになると怒りっぽくなるってありえる?」
『ピンポン!』
『初代妖精王の亡霊が、正解にとても近いと拍手しています』
いや拍手するような事じゃないけど……。
『初代妖精王の亡霊が、妖精として生きることがどういうことか、今日のことを忘れないで欲しいとお願いしています』
脱力するセリに、めずらしく初代妖精王はお願いだなんてしおらしいことを伝えてきた。
「二度」
『初代妖精王の亡霊が、それは約束できないと肩をすくめています』
二度とするなというアルトの警告も聞かず、初代妖精王の亡霊with灰色猫はその場から姿を消した。
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