第10話:生命の樹

***


 ヒューバートの依頼は案の定、ソルニャの言った通り、生命の樹に関してだった。


「二日前に我が一族の生命の樹が枯れてしまいました。よりによって妖精王様が交代されるこのような時期にどうしてなのか。近頃、どの一族の樹も寿命が短くなってきているような気がズるのだが」


 ヒューバートはそう言ってため息をつく。アルトがいないせいだろうか。晩餐の時の口調よりちょっと上からな感じがするのは気のせいだろうか。そんなヒューバートの横で「わざとらしい」と一緒に入ってきた男が小さく毒づいた。その細長い樹みたいな妖精はセリも誰だか知っていた。昨日の晩餐の自己紹介タイムにいたので覚えている。エリルの族長、ブラインだ。


 ヒューバートは忌々しそうにブラインを見ていて、お互いにすごく仲が悪いのは誰が見てもわかる。


「本来ならズぐさま次代の生命の樹を選出ズるところだが、このような時期であるということもふまえて、妖精王様の伴侶にマクスウェルの樹を選定していただきたい」


 晩餐の時も思ったのだが、ヒューバートはマクスウェルの『ス』はなまらず言えるようだ。族長がなまってしまったら一族の名前がマクズウェルになってしまうからだろうか、と一瞬しょうもない事を考えてしまう。


「このような時期とは?」


「妖精王様の器の交代と、生命の樹の選定が重なるというのは、我々にとっても何が起こるかわからない未知の事態であります」


 セリの問いに、デキアが答える。そしてヒューバートが続けた。


「歴代の妖精王様を見ても、器の交代は特に難しいことではなさそうだから、滞りなくズズむと我々は確信している。だが、交代がまだである今の時点で、生命の樹の選出を間違えば、妖精王様に、そしてこの妖精界に負担がかかるわからないのも事実である。そしてその負担が、いったいどういう形であらわれるのかわからないため、我々は慎重にならざるを得ないのだ」


「ですからそんな中で次代の生命の樹の選出をセリ様にまかせるというのは……まぁ一か八かの賭けですが、何かあってもセリ様が責任を負うことになりますので、そういった意味でヒューバート殿はセリ様に丸投げしたのかと」


 セリに重々しい口調で説明するヒューバートに、デキアがまったく空気の読めない補足をする。


「おい!」


ヒューバートが声を荒げる。


「いやだが、本当のことだろう」


 落ち着いた声でそう話したのはエリルのブラインだ。


「そんなつもりはない! 結局のところソルニャを選べばズむ話だろうが」


「ふざけないでくれないか。ソルニャは我が一族の次代の生命の樹にするつもりだ」


「何の権利があってそんなことを言いやがるんだ。ソルニャの面倒を見ているのはマクスウェルじゃないか」


「面倒? マクスウェルの領地でほったらかしにしているだけではないか」


 もう聞いているだけで頭が痛い。見ると、初代妖精王はこの現状を無表情で眺めているだけだった。一体何を考えているのだろうか。もとはといえば、生命の樹なんていうシステムを作った張本人ではないか。


 そもそもセリに問題を依頼したわりに、ヒューバートの中では答えが決まっている。つまり、デキアの言う〈セリに責任を一任〉という話も真実が含まれているかもしれないが、結局のところ、ヒューバートはソルニャを選出したいが、ブラインが反対してややこしいので、セリにこの問題を投げたのではないだろうか。


「ところで。えぇと、もしかして生命の樹は各一族ごとに一本ということですか?」


 口論が続く二人を無視して、セリは会話から推察できる点をデキアにたずねた。


「そうです。そしてその生命の樹から放出される魔力は、その該当する一族しかとりこめないのです」


 つまりその一族専用の酸素の樹ということか。わざわざそんな風にするなんて、初代妖精王の闇は相当深そうだ。ちらりと見やると、諸悪の根源はまるで自分は悪くはないといわんばかりに肩をすくめている。


「結局それで生命の樹っていうのは、各一族が生きていくために、その一族から生贄を出すようなものなんですね」


 セリは憤りの混じる声で告げる。今日は一生分のイライラを経験しなければならないのだろうか。


「まぁ樹として生き続けますので、厳密にいえば死とは異なりますが……」


「人として……妖精として生きていくという意味では死ですよね。それがもう無理なんですから」


 そんなシステムを作った初代妖精王が一番腹立たしいが、その役目にソルニャを押し付けようとする族長たちにも腹が立つ。


 まぁでも。


「どうしてソルニャなんですか? 私が選んでいいんですよね。私はソルニャを選びません」


 セリが断言すると、二人の口論がぴたりとやんだ。そして族長たちはそろってどこか陰険な笑みを浮かべる。


「セリ様……ソルニャが次代の生命の樹になるにふさわしい理由があるのです」


 デキアは言いにくそうに、その理由を告げた。

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