第9話:×ドキドキ→◎イライラ妖精体験②
「えぇと、あのゲージが100%になると、あなたがアルトの体を12時間乗っ取ることができるということ?」
『YES!』
初代妖精王はむちゃくちゃ嬉しそうにプラカードを持ち上げてくる。
『魂と本体の乖離は長時間になると両方に悪影響を及ぼす可能性があります。ですが妖精王ゼノアルトを殺す気はないので、12時間限定にしているこの優しさに感謝してください!』
一つも感謝する気がおきないことを言いながら、初代妖精王は得意げにセリを見てくる。
「魂と本体の乖離って……私も現在同じようなものなんじゃ?」
『ですので『ドキドキ愛のスパイスシンキングタイム』は必ず12時間以内に行います。優しい初代妖精王!』
「アルトが間違うか嫉妬ポイントがたまったら終わりなんじゃ……」
『妖精王ゼノアルトが誤答したり、黒化しても心配はありません』
『ダークエルフを量産して、伴侶の魂が肉体を替えながら生きていけるようにします』
『ただその際は条件として、【トキメキ初代妖精王伴侶体験】を永遠に付与することになります』
「絶対いや」
プラカードを見て、セリはぞっとしたようにわが身を抱きしめる。
『この顔が大好きなくせに』
確かに初代妖精王とアルトはそっくりだ。そっくりだけど、全然違う。
いろいろつめこまれる情報と、そして時間がたつにつれ募ってくる怒りに、セリは衝動的に何かを殴りたいとさえ思えてくる。
おかしい。
自分はこんなにすぐにイライラする性格ではなかったはずだ。
セリは気合をいれなおすことにした。
パン、と自分の両頬を思いっきりたたくと、初代妖精王が驚いた様子でとびあがった。
よく考えると、アルトはまだダークエルフのセリを見ていないではないか。
アルトは絶対に自分を選んでくれるという自信をなくすかそのまま持ち続けるかは、その後の自分にまかせればいい。
今考えたところで、プラスにはならないと、ネガティブになる気持ちをセリは素早く切り替えた。
とりあえず今しなければならないタスクに集中しよう。
『強いメンタルがとても素敵です。賞賛します』
顔つきがかわったセリの気持ちを、初代妖精王が漫画みたいに目をキラキラさせて茶化してくる。
「とりあえず私は今からヒューバートの相談にのり、それを解決しなければならない」
ダークエルフの肉体云々の話はさておき、セリはそれに集中しようと、口に出して言った。
「それでヒューバートは何の相談をしてくるのか知っていますか?」
しかし次の瞬間、ドアの向こうで自分とまったく同じ声が誰かにそう言うのを聞いて、心臓がとまりそうになる。
やがてドアが開き、偽セリとデキアが入ってきた。そしてアルトも。
セリの本当の肉体なのだから当たり前なのだが、こちらを見て驚いている偽セリは、どう見てもセリそのものにしか見えなかった。
「もしかしてダークエルフ……?」
デキアがそう言うと、隣の偽セリが「ダークエルフ?」と首を傾げる。
『お二人に愛の難問です。妖精王ゼノアルトは今日の夜までに、どちらが本物の伴侶か考えてください。伴侶は精一杯自分が本物であると愛のアピールをしてください』
『【ドキドキ愛のスパイスシンキングタイム】で妖精王ゼノアルトが本物の伴侶にキスで、伴侶のドキドキ妖精半日体験は終了します』
初代妖精王は偽セリとアルトにそんなプラカードを見せた。
いやそんな風にされると、まるでセリが偽セリのようではないか。……この肉体は確かに偽セリではあるが。
「話」
「そうだよね。話にならないよ、こんなの。アルトが私を見分けられないわけないじゃない」
偽セリがそう言うのをきいて、セリはびっくりした。偽セリはアルトの通訳もできるらしい。しかもアルトにしがみついて信頼に満ちた眼差しを向けている。
あんなに自分はかわいかっただろうか……いや、そんなことはない。とセリは思いなおす。どうやら偽セリはセリよりも自分をかわいく見せる方法を知っているらしい。
悔しいという気持ちは、何も気づていないアルトと偽セリへの怒りへとすぐさま転嫁される。
生きていてこんなに怒りを感じたことはないというくらいに腹立たしくなってきた。一体どうしたのだろうか。
これ以上あの二人といれば、叫びだして殴り掛かかってしまうかもしれない。セリはそんな衝動にかられるのをかろうじてこらえていた。
ぶるぶる震えるこぶしを握り締めているセリの前で、アルトは自分の腕に組まれた偽セリの腕を、そっとほどいた。
そしてセリの前にやってくると、視線が気になるように周囲を見回した後、勇気を出したように、セリの唇にキスをした。
驚いて目を見開くセリ。アルトの耳は真っ赤だ。
『シンキングタイムはまだなんですが……』
初代妖精王は呆れた様子でプラカードをかかげている。
「やり口」
アルトは冷たい声で言い放つ。
初代妖精王がまるでセリが偽セリであるかのように二人に対してふるまったことから、アルトはどちらが本物のセリか気づいたらしい。
嬉しい。嬉しいのだけれど、セリ本人で判断してくれたわけではないので、複雑だ。
そしてその複雑な気持ちはすぐに怒りに転嫁され、セリは本当に疲れてしまう。なんなんだ一体。これが噂のホルモンバランスの乱れというものだろうか。いやいやこの体は妖精の体だ。
「え、え、何が起こっているんですか?」
この場で何も分からないデキアだけが、戸惑った様子で二人のセリとアルトを見比べている。
「ダークエルフ、ですよね?」
デキアはアルトの腕の中にいるセリを見ておそるおそる尋ねてくる。
「初代妖精王の墓から時々でてくるんですよ。誰かのフリをしてうろつくことが多いんですが……魂が入っていないので、見分けは容易なんですけどね。しかしこんなに目が生きているというか意思が明確そうなダークエルフははじめて見ました」
そう言ってデキアはセリと偽セリを見比べる。
「見分けがつきませんね」
「もう。私が本物ですよ」
偽セリはそう言うと、セリを不審そうな目でながめてきた。
「いや、本物は私だけど……」
セリが言うと、デキアは「しゃべるダークエルフ?」と、目を見開く。しかし何を思ったのか、「どちらが本物でも問題ないですね」などと言い出した。
「まぁ、ダークエルフが出てくるのは時々あることですし。私には見分けがつかないので、お二人ともにゼノアルト様の伴侶として扱っていれば失礼はありませんから、問題ないですね」
デキアのすさまじい適応力に思わず拍手をおくりたくなる。
「あ! そうか! ゼノアルト様もお二人ともを伴侶として扱うことになされたんですね。人間界のどこかの世界にハーレムという文化があったと思いますが、ゼノアルト様は人間界の素晴らしい文化を妖精界にも広めようとしてくださっているんですね」
賛成、と盛り上がるデキアに、アルトは「消す?」とつぶやいた。途端にデキアは真っ青になって口をつぐむ。
こんな状況だというのに、そんなデキアが面白くてセリは笑ってしまう。しかし視線を感じてアルトを見ると、アルトの胸のゲージが40%になっていた。
「え、嫉妬してくれたの?」
嬉しくてセリが言うと、アルトがギクリと体をふるわせた。
『失礼いたしました。妖精王ゼノアルトには、ポイントMAXで初代妖精王12時間憑依は伝えていましたが、ポイント基準が伴侶に関する嫉妬ということを伝え忘れていました』
初代妖精王はニヤニヤと笑いながらプラカードを二人に見せてくる。
アルトはそれを見てこの世の終わりのように、瞳孔をふるわせた。
そしてセリの体を離すと、あわてて部屋を出て行ってしまう。
「あ、待って!」
と、言葉を放ったのはセリだが、アルトを追いかけて行ったのは偽セリだった。
セリも追いかけたかったが、デキアに手をつかまれた。
「いやいやセリ様。どちらかのセリ様はここに残っていただかないと。これからヒューバート殿がやってきますので、その相談にのるのが、セリ様のおつとめですよ」
話せるならどちらのセリでもかまわないのか、デキアは偽物の可能性が濃厚であるはずのセリを引き留めてくる。いやまぁ実は正解ではあるのだが。
どうしようかと考えていた矢先、ヒューバートが入ってきた。
しかも一緒に入ってきたもう一人の男もいて、セリそっちのけで、口論しながらの入室だ。
「……」
伴侶としてのつとめを果たすことを決めたのも事実だ。
どうしてアルトは逃げるようにして出ていったのか。
そしてどうしてそれを偽セリが追いかけるのか。
セリもそれを追いかけたいのにデキアはそれをとめるのか。
どうしてこのタイミングで猿が入ってくるのか。
すべてにむけた火のような怒りを感じながら、セリは黙って席についた。
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