第8話:×ドキドキ→◎イライラ妖精体験①
***
ソルニャとのお茶から戻ってくると、アルトのゲージが30%になっていた。数字がとても上昇している。あれは何の数字なのだろうか。
「一人にしてごめんね」
ベッドの上で本を読んでいるアルトに近づいて謝ると、アルトは「うん」と返事を返してきた。だがどこか寂しそうで、セリは機嫌をとるためにアルトの頬にチュッ、とキスをした。
効果があったのか、アルトが照れ臭そうにしつつもセリの手をとって、自分の方に引き寄せようとした瞬間、遠くからドアのノックの音とともに、「セリ様、お時間です!」というデキアの声がきこえた。
マクスウェルの猿……ヒューバートに会いに行く時間のようだ。
「一緒」
今度は絶対に一緒にいると、アルトが強く手を握りしめてくる。なんだか甘えたでカワイイ。ソルニャを優先してしまったせいなのだろうか。アルトの見たことのない一面に、セリは嬉しくて微笑んだ。
「でも、私が解決しないとみんなに認めてもらえないみたいだから。とりあえずは私のこと、見守るだけにしてくれる?」
「……」
どうやらそれについて自信はないらしい。泳ぐ視線と沈黙で、セリはアルトの答えを察すると、フフ、と笑う。
「アルトはいつも私を大事してくれるね。ありがとう」
でもどうして自信がでないのだろう。メンタル強めと自他ともに認めるセリだが、アルトにとっての自分の存在価値が、愛に基づいたものだと信じられないでいる。
――まぁ私みたいにアルトの翻訳に長けた人が出てきたわけじゃないから、余計なことは考えないでおこう。
セリはそう思って、アルトをそっと抱きしめた。
コンコン。
そんな二人の耳に、さらに強めのデキアのノック音が届いた。
*
「お二人はあれですね。伴侶のいたことのない歴代妖精王様たちが見たら、激しく嫉妬しそうなくらいに仲が良くてなによりですね」
デキアを待たせたまま、ハグしてキスしていたのをまるで見ていたかのようにデキアは言う。
三人は今、ヒューバートに会いにいく途中だ。
セリはちらりとデキアを見やった。
デキアはアルトにビビっているわりには結構何でも言いたいことを言うような気がする。
無神経なのか豪胆なのかよくわからないが、一緒にいて楽な相手ではある。
そんなデキアの皮肉なのか、本当に心から妖精王夫婦の仲を祝福しているのか分からない言葉に、アルトは平然としている。
歴代妖精王というか初代妖精王が実際に嫉妬しているんですけどね、と思いながらセリが歩いていると、目の前からちょうど考えていた悪霊がやってくるのが見えた。隣を見るとアルトの眉もほんの少しひそめられている。
『初代妖精王の亡霊が、妖精王の伴侶にドキドキ妖精半日体験を授けにきました!』
「え……」
不吉極まりないそのプラカードにセリはぞっとする。初代妖精王だけでなく、何故か肩にいるプラカードを持った猫までニヤニヤ笑っているように見えたのだ。
『ドキドキ妖精半日体験までカウントダウン……3、2,1』
プラカードがカウントダウンを終えたその次の瞬間。
セリがいたのは、見慣れぬ部屋だった。石造りの壁の感じからして城の一室だろうなとは思う。
瞬間移動でもしたのだろうか。そばにアルトとデキアはいない。
『あなたにダークエルフの肉体を与えました』
初代妖精王が自分でプラカードを持って、セリに見せてきた。そういえばつい先ほどまで彼の肩にいた猫がいない。
『この妖精界に縛られた憐れな妖精の肉体を、あなたに思う存分満喫してもらうことを望んでいます』
『ただの妖精体験では面白くないので、祝福として愛のスパイス(条件)を加味します』
『本体完全帰還条件:【ドキドキ愛のスパイスシンキングタイム】中に、ゼノアルトのキスをもらう。ただしゼノアルトが偽者にキスすると帰還不可』
何がなんだかわからなくて目をぱちくりさせるセリの前で、プラカードの文字だけが目まぐるしく変わっていく
「帰還不可って……」
セリは自分の体をみおろした。いつのまにかここにこうして座っていたが、どこをどう見てもこれは自分だ。だが、初代妖精王の話からすると、この肉体はセリの体ではなく、ダークエルフとやらの体ということになる。本当に?
とりあえずどうしてこんな茶番に巻き込まれなければならないのか。セリは普段感じたことのないような苛立ちと焦りを覚えた。
「ダークエルフって何?」
『時々暇つぶしに作る人形』
『ダークエルフ:魂のない人形。はじめに見た者に擬態し、勝手に動く。基本は10日前後で土に返る』
『伴侶本体には、別の魂が憑依済。心配無用』
心配無用って、心配しかない。どうしてこんな風に人をもてあそぶのか。……とに
もかくにも腹がたつ。
『その怒りはゼノアルトが本物の伴侶を見抜く自信がないせいですね?』
初代妖精王はどこからか扇子を取り出してきて、口元にそれをあてて高笑いしているように見える。まったくの無音声だが、思わず耳をふさぎたくなるくらいに忌々しい。
初代妖精王が言うことも一理あり、セリは自信がなくなってきた。
アルトに愛されていないと考えたことはないが、だがすごく愛されていると思えたこともないのが事実だ。その根幹にあるのは、アルトがセリを好きなのは、自分の考えを察してくれるからであって、セリの性格や他の部分に対する好意の比率は低いのではないかという疑念にある。
セリの性格や他の部分に興味がなければ、確かに初代妖精王の言うとおり、もしかすると偽者を本物のセリと間違うこともありえるのかもしれないと思えてくる。
「……いや、なんか私、おかしくなってきた」
セリはどこにぶつけたらいいのか分からない怒りがわいてくるのを感じて、戸惑いを覚えた。
『※ただし嫉妬ポイントMAXで妖精王黒化→ゼノアルトの肉体に初代妖精王の亡霊憑依可(12時間限定)となるため、【ドキドキ愛のスパイスシンキングタイム】までに妖精王が黒化すると、自動的に伴侶は本体帰還条件達成不可となります』
情報過多すぎる。とりあえず整理したいところだが、とりあえずセリは気になることからたずねた。
「嫉妬ポイント?」
一体何の話だと思ったが、ふとアルトの胸にあるゲージを思い出した。今朝は15%だったが、ソルニャとお茶をして帰ってきたら30%になっていたあのゲージ。
「嫉妬ポイントっていうのは、アルトが私のことで嫉妬したらたまるってこと?」
え、なにそれ、最高。黒化して初代妖精王の亡霊がアルトに丸一日憑依してしまうという恐ろしさを無視すれば、アルトの愛を感じられるまたとないチャンスではないか。
『嫉妬ポイント:伴侶に関することで蓄積される』
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