第7話:ティータイム

***


 この妖精界は初代妖精王が作った世界なのだという。


 そして妖精王は豊かに生きていくために必要な環境を維持するために、三十本の樹を『最奥さいおうの森』に植えた。その樹は妖精たちに必要な魔力を供給しつづけているらしい。人間でいう酸素みたいなものだろうか。


 セリも生きていられるので、妖精界に酸素はあるようだが、妖精に酸素が不要なら、酸素独り占めじゃん、などと気楽に考えていられたのも束の間、ソルニャはさらにとんでもないことを告げてきた。


「最奥の森にある生命の樹。その生命の樹のもととなるのは妖精なの」



 セリは今、ソルニャと二人きりのティータイムを過ごしていた。


 晩餐の翌朝、セリは、デキアを通してソルニャと連絡をとることにした。


 昼頃に、昨日の猿おじさんが問題を相談しにセリのもとへやってくる予定なのだが、その前にソルニャに会って存分に癒されようという魂胆だ。


 アルトも一緒にいたいと言ったのだが、実際ソルニャがきて三人になったところ、ソルニャがあまりにもアルトにぎこちない視線を向けていたため、結局申し訳ないがアルトには退出してもらい、こうして二人でお茶を飲んでいる。


 ソルニャはセリの好みのフラワーティーを研究したいといって、いろいろなカラフルなお茶を用意してくれた。


 お城の庭園で、セリはピンクのフワフワした産毛の美少女がお茶を淹れてくれるのを見て、幸せを満喫する。


 お茶を淹れながらソルニャは多分マクスウェルの族長の相談事は『生命の樹』のことだと思うと告げてきて、生命の樹とやらの詳細をこうして聞いている次第である。


「妖精がもと?」


「うん。一族から選ばれることになっているの」


 樹になるってどういう意味なのだろうか。生贄的な意味? そうだとすると残酷な世界だ。


 ソルニャはセリの前に三種類のティーカップを置いた。


「この中でどれが一番好きか教えてくれる? あの……どれも好きじゃなくても、ちゃんと教えてね」


 ソルニャはそう言ってセリの反応を、ごくりと息をのんで待つ。セリは、なにその真剣さ。かわいい。と思いながら微笑んだ。


 こうして話していても、ソルニャは善良そのものだ。あの猿おじさんと同じ一族とは思えない。マクスウェルは見た目はちょっと毛深めの人間で背が低め、といった感じの種だが、ソルニャはとても背が高い。聞くと、細長くて樹みたいなエリルという種族とマクスウェルの混血だという。


 デキア曰く、妖精界に混血はソルニャしかおらず、二種族の仲がとても悪いがゆえに、ソルニャを歓迎する者は誰もいないとのことだった。混血という理由で虐げるなんて、本当に妖精というやつらは一体どういう種なのか。


「誰かにこうしてお茶を飲んでもらうの、夢だったの」


 ソルニャはセリを見て嬉しそうに微笑んでいる。


 友達もいない孤独な生活をしていたのだろうか。セリは胸が痛むのを顔に出さないように微笑みを浮かべながら、そっとカップに口を近づけた。


 口の中に広がる甘い味にセリは「美味しい」と自然につぶやいていた。


「すごいすごい。ソルニャ天才じゃない?」


 毎日飲みたい、と言いながらセリはお茶を飲む。


「本当に? 私に気を遣ってるんじゃなくて?」


「うん。本当、本当。本当に美味しい」


 そう言うセリの前で、ホッとしたのかソルニャは花のように、あまりにも無邪気で愛らしい笑みを浮かべた。


 なんてけなげで愛らしい存在なのだ。


「痛い。かわいすぎて胸が痛い」


 胸をつかみながらセリが言うと、「どういう意味?」とソルニャがさらに笑う。


「ふふ。セリは面白いことを言うんだね」


 何か面白いことを言っただろうか、と思ったが、そもそも妖精と人間では感覚が違うのかもしれない。


 次のお茶を飲んで「これも美味しい」と叫ぶセリを見ながら、「前の妖精王様の気持ちが少しわかったかも」とソルニャはつぶやいた。


「ドラゴンが誘拐した今の妖精王様……ゼノアルト様の卵体が、どこにあるかは何年も分からなかったの。でも人間界に捨てられたと数年前に知って、皆が探しにいくべきだと言ったんだけれど、前の妖精王様がゼノアルト様の様子を調べて反対したの。ゼノアルト様は人間界にいる方が幸せだって。だから自分が滅するぎりぎりまでは放っておこうということになって。次の妖精王となるゼノアルト様が人間界にいる期間は私たち妖精にとっても無駄なことじゃないって。……どういう意味か私たちにはわからないし、多分ゼノアルト様は人間にたぶらかされたんだって皆は怒っていたけれど……きっとセリと一緒にいるゼノアルト様を見て、ぎりぎりまでそっとしておこうと思ったんだろうな」


 ソルニャはそう言うと、セリの隣に座って自分のお茶を飲み始めた。


「あぁそれで、『邪悪な』人間の女……」


 横断幕の意味がわかったセリはなるほど、とうなずく。


「それは本当にごめんね。これまでの妖精王様に伴侶はいなかったから。前の妖精王様の伴侶になれなかったから、次の妖精王様の伴侶になるって決めていたイェーチェにとっては、妖精王様が伴侶を連れて帰ってくるってきいたのが本当に悔しかったんだと思う」


 あの横断幕を持っていた二人の美女のうちの片方がイェーチェという名前らしい。セリのデスノートにその名をしっかり刻んでおく。


「どうしてソルニャが謝るの? すごくかわいい方法で私をかばおうとしてくれて、嬉しかったよ」


 横断幕と一緒にそそそそと横に移動していたソルニャを思い出し、セリは笑う。


「うん……。みんなから嫌われるって、多分本当はすごく悲しいことなんだろうと思うから。本当に馬鹿みたいなことしかできなかったけれど、何かしようと思って」


 まるでソルニャは誰かから嫌われるという気持ちが分からないかのようにいう。もしかして昨日セリが感じた周囲がソルニャを見る違和感や、混血だから迫害されているというデキアの見立ては勘違いだったのだろうか。それが勘違いでソルニャが皆から愛されているなら、安心なのだが。


「でも昨日、すぐに妖精王様に呼び出されて、イェーチェもラミユも『すごく怖い目に遭った』って言って逃げかえったらしいから、セリは安心してもいいと思うよ」


 普段よってくる女性に対して無関心不愛想という鉄壁を誇るアルトであるが、『怖い目』に遭わせるなんて一体どういう意味だろうか。きっとアルトは注意しただけで、その妖精二人が大げさに騒いでいるに違いない。


「私たちは生きるのに魔力が必要だけれど、妖精王様は自分の中にたくさん魔力を持っているから生命の樹なんて必要ないの。でも私たちが生きるために必要な魔力のもとは妖精王様の魔力が生命の樹を通して妖精界に充満する仕組みでね。まぁ他にもいろいろあって、結局私たちは妖精王様がいないと生きていけないの。だから私たちにとって妖精王様は絶対」


 魔力たっぷり妖精王→生命の樹→妖精たちというよくわからぬ連鎖で妖精界は成り立っている。自分がいないと生きていけない妖精と妖精界をわざわざ作り出した初代妖精王はなんだか闇が深そうだ。


「誰かがいないと生きていけないって面倒くさいね」


 セリが正直に言うと、ソルニャが笑った。


「そんな風に考えたことはないな。妖精王様は私たちとは全然別の生き物だもの。えぇっとなんて言うのかな。人間でいうと神様みたいなもの」


 服装もそうだが、妖精界は結構人間に詳しいらしい。なるほど、とセリはうなずく。ソルニャがアルトをぎこちなく思う理由もわかった。


「ゼノアルト様もだからもちろん私たちには神様みたいに見える。でも、伴侶のセリがなんだか私たちと同じように見えるから……だからみんな新しい妖精王様にちょっと戸惑ってしまうのかも」


 フツーの妻のせいで妖精王様の神格化がうまくいかないということだろうか。それならばなおさら猿おじさんの依頼をうまく解決しなければならないとセリは内心で意気込んだ。


「ところで、どのお茶が一番好みだった?」


「うんとね、朝飲みたい感じのお茶はこれで、昼はこれ、夜はこれだね」


 セリが言うと、ソルニャは困惑する。


「一番は?」


「どれも一番。これ本当」


「じゃぁ……」


 ソルニャのやる気に火をつけてしまったセリは、この後さらに五杯のお茶を飲むことになった。


 そして本当に、本当の本当に、どれも一番おいしかった。



 平和で、楽しすぎて、セリは初代妖精王の【ドキドキ妖精半日体験】とやらの存在をすっかり忘れていた。


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