第4話:美しい湖

***


 案内されたのは某有名テーマパークのシンボル城みたいに豪華でかわいいお城だった。


「もう主はゼノアルト様ですので、ゼノアルト様がお好きに使われて結構です」


 無数に部屋があるのに、デキアはそう言って、城に入った途端案内をやめて、アルトに先導を促した。どこまでついてくるのか初代妖精王をちらりと見やった後、アルトはセリの手をひいて歩きだす。


 セリもついてくる初代妖精王を見やる。妖精界に来てそうそう、おかしな悪霊にとりつかれてしまって残念だ。


「アルト、このお城で生まれ育ったの?」


 デキアの言動から察すると、アルトは城の詳細を知り尽くしているということになり、ならいつから人間界にいたのだろうと思いながらセリは尋ねた。


「いや」


「妖精王は記憶を継承するのです」


『初代妖精王の亡霊が、デブル(妖精王という種)は初代を除く、歴代妖精王の記憶を継承して生まれてくると言っています』


 デキアの説明と同時に、プラカードに字が浮かんだ。詳しい説明に、ちょっとは役にたつじゃんと、セリは初代妖精王を見直した。


 そんなセリの表情を見たのか、初代妖精王は必死にプラカードを指さしてきた。


『ゼノアルトの歴史』


『神の樹にデブル(妖精王)の実がなる→ドラゴンに誘拐され、人間界へ』


『歴代妖精王の記憶を持ったまま人間界で暮らす→二日前に先代の妖精王ゼノボルンが滅する→ゼノアルト妖精界へ帰還』


『帰還の理由→妖精界の破滅(?)を防ぐために【器の交代】が必要』


『器の交代=前妖精王の器→現妖精王の器への交代』


『注意事項1:器は必ず前妖精王のものよりも大きくなければならない』


『注意事項2:前妖精王が滅した今、前妖精王の器の期限は十日前後である』


『注意事項3:器が何でできているかは、デブル(歴代妖精王)しか知らないことである』


「余計」


 アルトの歴史の説明だ。分かりやすい説明と思ったが、アルトは初代妖精王に余計なことを言うなと、不快そうだ。アルトの言葉は初代妖精王に言ったものなのだが、見えないデキアは自分に言われたのかと思ってビクビクしている。


「心配」


「いや心配くらいさせてよ」


 器の交代とやらは妖精界の破滅がかかった重大イベントのようではないか。心配させたくないというアルトに、セリは反論する。


 そんな二人の会話を前に、デキアがひたすらセリに感嘆の眼差しを送っていることを、セリだけが知らなかった。



 やがてたどりついた部屋は、白を基調とした上品な調度品の並ぶ、おちついた雰囲気の場所だった。奥にテラスがあり、とても眺めがよさそうだ。セリは一目でこの場所が気に入った。


「わぁ……」


 テラスに出ると、澄んだ水色の美しい湖が見えて、セリは思わず感嘆の声をあげる。


「セリ」


 隣に立ったアルトは湖を見つめて目を細めた後、セリを見た。


「うん。すごく綺麗だね。あの湖で泳いでもいいのかな。アルトと一緒に泳ぎたい

な」


 「気に入った?」というアルトの無言の問いに、セリが答えると、なぜかアルトに抱きしめられた。アルトが人前でこんなことするなんて……と思ったら、どうやらデキアは部屋にいないようだ。そしてあの役にたつのか不幸の種なのかどちらか分からない亡霊もいない。


「礼」


 アルトのわずかに震える声に、セリはアルトの腕の中でわずかに顔をあげた。


「何が?」


「一緒」


「ノーと言われる可能性ゼロだって分かってたでしょ?」


 一緒に来てくれてありがとうというアルトの言葉に、セリが茶化すと、「自信」とアルトが言う。どうして自信がないのだろう。セリはアルトにたくさんの愛を表現してきたつもりだが、もしかして足りていなかったのだろうかと不安になる。


「脆い」

「ここ」

「自分」


 アルトは真剣な表情で湖を見つめ、そう言うと、力なさそうに頭をふった。

 こんなに弱々しいアルトははじめてで、セリは慰めるようにアルトの腰に腕をまきつけた。


――セリがいなければ、こんな脆い世界も、弱い自分も、きっとどうでもいいと思っただろう。


 どうしてアルトはそんな風に思ったのだろうか。


「セリ……」


 アルトの唇がゆっくりと近づいてくる。セリは条件反射のように考える間もなく目を閉じてそっと背伸びをする。



「風」


 やがて風が冷たくなってきたので、中に入ろうとうながされたセリは、部屋に入る直前、アルトの視線が再び湖に向けられるのを見て、思わず自分も美しい湖をちらりと見やった。



 まさかあの湖に恐ろしい意味が隠されているなんて。

 この時のセリには知る由もなかった。


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