第5話:晩餐と愉快な和菓子たち①
***
今日の夕食は妖精界の各種族の族長ととるとデキアが伝えてきた。
デキアは高校生くらいに見えるが、百歳は越えているとのことだ。デキアは横断幕を持っていた金髪美女たちと同じ種族らしく、耳の先がとがっていて、これまで見た妖精たちの中で見た目が一番人間に近い。
言動を見ていると、なんだかうかつなところがある者に見えなくもないが、ずっと妖精王に仕えているというからとても有能に違いない。……違いないのだが、アルトをどうも怖がっているようだ。
夕食会のことを伝えに来た後、アルトが少し席を外した際にもセリに「ゼノアルト様の威厳がすごい」「ゼノアルト様の極寒オーラが怖くないのか」などとぶつぶつ言ってきた。「一緒にいればそのうちかわいさがわかりますよ」と伝えたが、返ってきたのは疑いの眼差しだけだった。
その後デキアと入れ違いで、何やら疲れた表情で戻ってきたアルトを、よしよししながらまったりすごした後、夕食の場に向かうことになった。
城の一階にパーティーホール的なところがあるらしい。パーティー? と思って自分の服を見下ろした。ジーンズにTシャツという服装なのだが大丈夫だろうか。
先ほど見た妖精たちは皆、人間と同じようにシャツとズボン、スカートなど、個性はあるがありふれたカジュアルな服装だったので、セリが浮くことはなかったが、族長たちの集まる晩餐では失礼にあたらないのだろうか。
いろいろ考えているうちにホールのドアの前にやってきた。
ちらりと隣を見ると同じようにジーンズにシャツ姿。しかし、アルトは何を着ても美と品性にあふれた、ドレスコードを超越した存在なので、どんな格好でも大丈夫だろう。
しかし自分はどうだ、と思ったが、よく考えてみれば、セリはどうせはじめから嫌われているに違いない。そもそも存在自体が『失礼』と思われている自分が何を着ようが、妖精たちは気に入らないに違いないと、セリは開き直ることにした。
「意識、安心」
その時、自分と見比べるセリの視線に気づいたのか、アルトが声をかけてきた。
妖精界に正装という意識はないから安心していいということらしい。
「伴侶、絶対」
アルトがいつもより言葉が多い気がする。こんなアウェイな状況だからいつもよりさらに気をつかってくれているのだろう。
妖精王の伴侶だから、セリがルールだ。という力強いはげましにセリがうなずくと、アルトも小さく微笑みながらうなずいた。
そしてセリは「心配してくれてありがとう」と言いながら背伸びをして、アルトの頬に唇をおしつける。
「うぉっほん」
背後からのこれみよがしなデキアの咳払いを無視して、今度はアルトが身をかがめてセリにキスした。人前でそんなことをするなんてめずらしすぎて、セリは思わず目を見開く。
キスでエネルギーチャージできるのなら、これからはじまる未知との遭遇も、セリは無敵で乗り切れるに違いない。
アルト、大好き。応援してくれてるんだね、と思いながら、セリはアルトのキスを受け入れる。
そしてその次の瞬間、二人の前にある扉が開いた。
*
もとから静かだったのか、それとも妖精王夫婦のきわめて私的なシーンを見せつけられたせいなのか、晩餐の会場は痛いくらいに静まり返っていた。
突き刺さる視線に軽い会釈をしながら、セリはアルトとともにデキアに案内された席に座る。とりあえずアルトの言う通り、ここに正装という概念はないのか、みんなカジュアルな格好で安心したのも束の間。
「え……」
目の前にある食事? らしきものにセリは目を見開いた。
家の中で見かければ叫びたくなるような物体が、皿の上にある。
「妖精の主食は虫ですが。ご存じありませんでしたか?」
驚くセリの背後から、特にそのシルバーワームはすごいごちそうなんですよ、などとデキアが声をかけてくる。
「合う、前」
デキアの冷たい声に、セリは「できるだけ人間界の食べ物にあわせてくれと、帰還する前に伝えたはずですが」と翻訳する。
デキアは「食材の手配が間に合いませんでした」と申し訳なさそうに言う。
それならそれで事前にアルトに報告しろと言いたいところだ。もしかすると飄々として本心が見えないデキアにもセリへの敵意があったのかもしれない。仕方がない。妖精たちにとって人間がどういう位置づけなのかセリにはまだよく分からないし、これから見極めていくしかないだろう。
「まぁ昆虫食は人間界でも流行してるらしいから」
大丈夫か、と視線で問うてくるアルトに、セリは大丈夫、とうなずきを返す。ちょっと今は衝撃が強すぎるが、それでもこれからここで暮らすのに、みんなが食べているものを、こんなの食べられない、などと言うわけにはいかない。しかも食べてどうしても口にあわないならともかく、食べてもいないのに断るわけにはいかないだろう。
アルトこそ平気なのだろうかと思ったが、平然としているところを見ると、大丈夫なようだ。それが前の妖精王たちの記憶のおかげなのか、はたまたもとからあった嗜好なのかはわからないが、とにかくアルトが平気そうでよかった。
まぁとにかくこの晩餐も乗り切れそうだと思いながら、ようやく落ち着いて周囲を見回すと、そこには三十人くらいの妖精たちがいた。
皆それぞれ外見の特徴が異なっていて、彼らが各種族の族長なのだとしたら、妖精界にはこれだけ多くの種類の妖精がいるということになる。
アルトが手をあげると、それが合図となって皆が食事に手をつけはじめた。こうして問題なく進行できるのだから、前の妖精王の記憶があるのは便利そうだ。
楕円形の巨大なテーブルで向かい合う中、セリとアルトから最も遠い位置にいる男性が席を立った。ソルニャみたいにほわほわの毛につつまれているが、毛色は茶色で背も低いため、お猿さんみたいだ、とセリは思う。
「妖精王様はご存じでいらっしゃるかとは思いまズが、改めてご挨拶申し上げまズ。マクスウェルの族長、ヒューバートと申しまズ。妖精王様のご帰還、心よりお喜び申し上げまズ」
どうやら自己紹介タイムがはじまるらしい。ちょっとなまっているのか何なのか、とにかく『ズ』が気になるお猿さんおじさんがアルトに向かって頭を軽くさげた。デキアが高校生に見えて百歳越えということは、このおじさんは相当な年寄りなのかもしれない。
他に何か言うのかと思ったが、おじさんはすぐに席に座り、すぐさま隣の席の者が立った。そうして数珠つなぎに軽い自己紹介タイムが終わり、セリはそろそろ食事をしなければと皿を見た。
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