第3話:初代妖精王の亡霊@独り身②
「ゼノアルト様、どうかされましたか?」
デキアの問いに、アルトは頭を横にふる。
「よろ」
そしてアルトがデキアを含めた皆にそう告げる。セリも慌てて頭をさげた。
「これからよろしくお願いします」
アルトの挨拶には拍手が返ってきたが、セリの挨拶には静けさが返ってきた。
あの横断幕の『人間の女』という突き放した表現からうかがえるように、どうやらセリはここでは完全アウェイなようだ。
「ところでセリ様は……妖精界にいらっしゃるのは初めてですよね? 人間なのに我々と言葉が通じるということは、すでに妖精界にある食べ物を口にしたことがあるということですが」
いたたまれない沈黙を懐柔するように、デキアがたずねてきた。どうやら妖精界の食べ物を食べないと言語が理解できないらしい。
「妖精界の食べ物を食べたことないと思いますけど、妖精王を定期的に食べているので……そのせいでは」
心当たりがそれしかないので言うと、初代妖精王の肩にいる猫がすかさずプラカードを掲げた。
『初代妖精王の亡霊が、うらやましがっています!』
初代妖精王はハンカチをくわえてくやしがっているようなそぶりを見せている。いちいち演技が嘘くさい。アルトと同じ顔なのにアルトと違って表情豊かなせいか、もうアルトと似ているとさえ思えなくなってきた。
「永遠」
アルトが初代妖精王に冷たく告げる。
セリの訳では、永遠にうらやましがっていろ、という意味だが、信じられないことに、初代妖精王には意味が通じたらしい。
『初代妖精王の亡霊が、ほんの少しだけ苛立ちました』
『初代妖精王の亡霊が、伴侶のいなかった歴代妖精王達の恨みをはらすため、妖精王ゼノアルトに呪いをかけます』
『初代妖精王の亡霊が、ついでに伴侶に【ドキドキ妖精半日体験】の能力を付与しました。いきなりだとかわいそうなので、明日に発動します』
明滅するように目まぐるしくプラカードの文言が変わっていく。
呪いってなんだろう。セリの【ドキドキ妖精半日体験】も、ろくでもないものの気がするのは気のせいだろうか。
「相手」
アルトは呆れた様子で、相手にするなとセリに言うが、セリは不安になる。
そしてアルトの胸のあたりに、いつの間にか変なゲージがあることに気づいた。
『5%』
「アルト、5%っていう数字が浮かんでいるんだけど、呪いと関係しているのかな」
アルトは自分の体を見下ろした。
「無視」
どうやら謎の数字を気にするつもりはないようだ。
そして今度はデキアに冷たい眼差しを向けた。アルトの真剣な目が怖いのか、デキアはヒッ、と乾いた悲鳴を小さくあげた。
「幕、話」
「あの横断幕を作った人に後で話があるそうです」
セリはデキアに翻訳する。ちなみに幕、と話の間の沈黙で、今ではなく後で話があるのだとセリは認識した。アルトの沈黙は、時に言葉よりも気持ちがよくわかる時があるのだ。
「分かりました」
アルトに返事をした後、デキアはセリを尊敬のまなざしで見つめてきた。大学同期のようにひいた目で見ないでくれることがありがたい。
アルトはセリの手をとった。そして踵を返そうとしたので、セリはそれを慌てて止める。
アルトはどうやら突然現れた、初代妖精王の亡霊with灰色猫を無視することに決めたらしい。それにはセリも依存はない。だが。
「あ、ちょっと待って」
このままどこか別のところに行く前に、セリは個別に挨拶したい者を見つけていた。
皆が見守る中、妖精たちをかきわけて、少し離れたところにあるあの横断幕へと近づいた。
そしてピンク色の目をした、とても背の高い女性へ手を差し伸べた。きょとんとした顔がとてもかわいくて、セリは笑顔を浮かべる。
彼女は先ほどから横断幕の『×××人間の女』の『×××』部分の前に立っていた。横断幕を持っている二人の妖精たちが左に動けば彼女も慌てて動き、右に動けばそれに倣い、必死に『×××』の部分を隠してくれていたのだ。だが彼女の細い体では『邪悪な』という文言は完璧に隠しきれていなかった。
セリはそもそも種族が違うので邪悪よばわりされようがまったく気にしないが、こんな風に気を遣ってくれる者がいるなんてとても嬉しいではないか。完全アウェイの妖精界生活だが、自分のことを何も知らないのにすでに味方がいるなんて最高すぎる。
近くで見ると、肌にも無数のピンクの産毛が生えていて、まるで獣人みたいだ。
「私はセリ。私と友達になってくれる?」
言った瞬間、他人の顔色察しレベルMAXのセリは、周囲から嘲笑が漏れるのを見逃さなかった。
「あ……私」
彼女は嬉しそうだがどこか怯えたように、セリとそして周囲へ視線を何度も往復させる。
そしておそるおそる、産毛でふわふわの手をセリの手にのせてきた。
「私はソルニャ。あの、よろしく」
はにかみながら告げる彼女に向けられる周囲の視線を見て、セリは思った。
この親切な妖精は、どうやら自分と同じくらいこの妖精界で嫌われているのかもしれないと。
突然やってきた異邦人をこんなに気遣うことのできる産毛ふわふわ妖精を嫌うなんて、妖精界はいい奴が少ないのかもしれない。
アルトもソルニャも守ってやらなければ。と妖精界で多分一番嫌われているセリは意気込みながら、ソルニャのふわふわした手触りを楽しんだ。
『初代妖精王の亡霊が微笑んでいます』
見ればわかるのに、ソルニャといるセリに、わざわざ初代妖精王は視界に入り込んでプラカードを見せつけてくる。
「セリ」
ソルニャがあまりにもかわいくて、ちょっと長めに握手しすぎてしまった。
アルトが呼びに来たので、セリは「またね」と言って、ソルニャの手を放し、アルトのもとへと戻る。
一体何なのだろうか。
初代妖精王の呪いによる、アルトの胸のゲージは15%になっていた。
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