第4話 ウミの時間
昔昔 浦島は
助けた亀に連れられて
龍宮城へ来てみれば
絵にもかけない美しさ
これは有名な童謡『浦島太郎』の歌詞ですが、今回注目するのは浦島太郎ではなく亀の方です。
時は流れ、この亀に沢山の子供が生まれ、子供が大人になり、もっと沢山の孫が生まれました。
無数の孫の中に、一匹の雌亀がいました。
その雌亀は、兄弟、姉妹の中でも特に人間に興味を持っていました。
そこである日、人間の姿を見てみようと、海底の世界を飛び出し、砂浜近くまでやってきました。
しかし、そこで波にのまれ、ひっくり返り、そのまま浜に打ち上げられてしまいました。
亀はひっくり返っても、自力で元に戻れます。
だけど、その雌亀は亀の中でも特に不器用です。はどれほど前の足と後ろの足を動かしても、元の姿勢に戻ることが出来ませんでした。
ジタバタ
ジタバタ
時間が流れるだけです。
ちょっと疲れてきた頃、一人の人間の女の子がやってきました。
女の子は五、六歳くらいです。
雌亀は「助けて」という意味で激しく前後の足を動かします。
気持ちが伝わったようで、女の子は雌亀を持ち上げると、地面に足がつくむきにして降ろしてくれました。
またひっくり返ってしまっては大変と、雌亀は慌てて海底の世界へと帰っていきました。
だけど、お礼を忘れたわけではありません。
女の子にあげたのは、赤い勾玉。
海の底の世界と、人間の世界は普段は決して交わることはありません。だけど、その勾玉を持つ者は、亀たちと心を通わせることが出来るのです。
女の子に勾玉を与えたことで、孫亀は女の子の中にある優しさも冷たさも、優しさも狡さも感じるようになりました。
そして、いつか、女の子が困っていたら、今度はお返しに助けてあげよう。孫亀はそう思いました。
そして、人間の時間で数年がたち、ついにそのときがやって来ました。
女の子が困っています。
泣きそうになっています。
雌亀は大慌てで女の子の元へ飛んでいきました。
甲羅に頭と尻尾と足を引っ込めて、ジェットを噴き出してグルグル回りながら飛ぶのです。目が回るのでこの方法は好きじゃありませんでしたが、これが一番早いのです。
人間に化け、女の子の頭を撫でてあげました。
女の子と同い年の人間に変身したつもりだったのに、女の子は少しお姉さんになっていました。
長い長い寿命を持つ雌亀と違い、人間はすぐに年をとってしまうのです。
女の子の名前はヒナミといいました。
小さく、短命な人間。
だけど雌亀は、ヒナミに幸せになって欲しい、ヒナミの為に尽くそう。そう思ったのでした。
「アナタ、名前は」
ヒナミは雌亀に尋ねます。だけど、亀という種族には固有の名前という概念がありません。
「もしかして、名前がないの?」
雌亀はうなずく。
「じゃあ、私がつけてあげよっか」
ヒナミの言葉に孫亀は驚きました。人間は特別だと思うものに名前を付けると聞いていたからです。
ヒナミの特別になりたい。
そう思い、雌亀はヒナミを見つめます。
「えっと……ええっと……ウミでどうかな。目が青いから」
ウミ、うみ、海。
海底の世界で生まれ育った孫亀にとって、その名前で呼ばれることは名誉に他ならなかった。
雌亀――ウミは元気よくうなずいた。
それは、異様な光景でした。
浜辺に打ち上げられた巨大な泡。
まるで山のような巨大な泡は真っ黒で、目と口があります。
それは、人間の世界の言葉では『海坊主』と呼ばれている存在でした。海の底の世界で呼ばれている名前は※☆▽です。人間には発音できません。
今、※☆▽は人間の目には見えません。すぐ横で、人間の親子が水遊びをしています。
だけど、そんな※☆▽を見上げる女の子がいました。
そう。人間の姿になったウミです。
「なるほど。だから
※☆▽は地鳴りのような声で言いました。これも、ウミにしか聞こえていません。
「助かりました。うっかり浜辺に打ち上げられてしまい、自力で戻れなくなってしまって。いやぁ、お恥ずかしい」
ウミは笑います。
「なるほど。確かに私たち、打ち上げられ仲間ですな。
ウミは照れたように自分の髪を撫でます。
「しかし、あなたは変わった方ですね。人間など、私たちから見ればあまりに小さく、儚いものに寄り添い、助け、支えるなど」
ウミは首をかしげます。
命の長いとか短いとか
体が丈夫とか儚いとか
それは仲良しになっちゃいけない理由じゃない
※☆▽は「ふっ」と笑いました。
「これは一本とられましたな。どうやら、失礼なことを言ってしまったようですね。申し訳ございません」
ウミはもう一度、首を横に振ります。
そして、大きく息を吸います。
吸って、吸って、吸って。
「ギュゴオー!」
地を揺るがすような咆哮。それはウミが持つ人間ならざる者の力の一端。
※☆▽の山のような巨体は、見えない力によって浮かび上がり、遠く遠く、深い海へと運ばれていきました。
「ありがとう。御神亀」
ウミは手を振って見送りました。
ウミはヒナミの部屋へと帰ってきました。
※☆▽を海へと帰すのにいっぱい力を使いました。だからもうヘトヘトです。
「あ、お帰り。ウミ。お散歩でも行ってたの?」
ヒナミは床に足を投げ出し座り、漫画を読んでいました。
ウミはヒナミのその細い足を枕にするように寝そべります。
「もう。甘えんぼ」
ヒナミはそう言いながらも、漫画を置いてウミの髪を撫でます。
ウミは幸せそうな笑顔を浮かべながら、眠りにつきました。
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