六本桜 剣聖、実力を示す
「ふー……満喫したわい……」
「ウシワカちゃん、最っ高……」
肌に潤いを帯びた国王と王妃は満足そうな表情で呟く。一方の牛若は……少し痩せたか?
何はともあれ報告が出来て良かった。これで明日から本格的な指導に取り掛かれるというもの。
「そうじゃ、シャナ。一つ頼みがある」
国王にお願いを申出され、私は要件を聞く。
「実はサラディンが剣について悩んでるようでの。話を聞いてやってはくれんか」
サラディンとはベルディア王国が誇る精鋭集団【
数年前、剣術指南役をしている私に国王から「ベルディア騎士団に他の良き名を付けてくれ」と頼まれたのである。
そんな大役は引き受けられない、吟遊詩人にでも考えさせろと伝えたが、国王も騎士達も私ではないと駄目だと絶対に意見を曲げなかった。
仕方がなく、胃痛と片頭痛に悩まされながら三日三晩かけて考えたのが【
苦労の末に付けた名前だが「数が半端なので百にしよう」「いいや、それなら千だ!」と皆が数を増やしていき、今の名前に収まった。
更には略称をサウザントにされたものだから、もはや私が名付けた部分など残っていない。それについて文句を言う気にもならないが。
「畏まりました、鍛錬場へ向かいます」
敬礼し、牛若を連れて王の間を去る。王妃が「ウシワカちゃん、また会いに来てね! 絶対よぉ!」と悲しげに叫んでいたが放っておく。
「見事な敬礼だったぞ」
私が褒めると、牛若は照れたように鼻を搔く。
「今から、この国で二番目に強い男と会う。色々と学べるはずだ、しっかり見ておけ」
「ししょうより、つよいのですか?」
純粋な瞳で、そんな事を聞いてくる。なので私は牛若の肩を叩きつつ答えた。
「私は世界で一番さ」
――鍛錬場には今日も多くの騎士達が切磋琢磨している。こちらが姿を見せると皆、動きを止めて敬礼を行う。
「「「剣聖、お疲れ様です‼‼」」」
全員から頭を下げられ、私は「続けてくれ」と答える。打ち込みを再開させ、一人一人を見ていく中で或る者が気になった。
「君は確か、最近入団したという……」
「は、はいっ! ストラウドと申します!」
年齢を聞くと十八だと言う。やる気に満ち溢れ、瞳の奥に強い光を感じる。若さが眩しい。
「君は元々、左利きなのではないか?」
「え、な、何故それを」
「無理な矯正で力が分散している。利き手は左のままでいい、それよりも体幹を鍛えろ。特に右腿と広背筋を重点的にな」
「りょ、了解しました! ありがとうございます」
「サラディンは今、何処にいる?」
「副団長でしたら、あちらで稽古を……」
礼を告げ、私は指された場所へ向かう。
「素振りを一目見ただけで、そこまで分かるものなのか……?」「流石は剣聖……」「お、俺も御指導賜えないかな」「後ろの子供は何だ……?」
団員達の会話を拾いつつ、サラディンの元へ。彼は丁度、模擬戦を行っているようだ。
「せいっ! やっ! はっ‼」
相手の猛攻を一方的に受けるサラディン。よく防ぎ凌いでいる。素晴らしい成長ぶりだ。
「フンッ‼」
「うわっ⁉」
剛腕一閃。彼の横薙ぎだけで相手の攻撃は中断を余儀なくされ、距離を取られてしまう。巨人族との混血であるサラディンの生まれ持った圧倒的な力。
「ヌゥウウウウン‼」
脇を固め、相手の胴に向けて繰り出される打突。その威力は相手を壁まで吹き飛ばす程。見事な一本勝ち、けれどサラディンの表情は冴えない。
「今のが新技という事か」
私の声掛けに、サラディンは驚いた表情をする。
「……ソードマスター……」
「挨拶は抜きだ。本気で打ち込んでこい」
壁から木剣を取り、対峙。こちらの意思を汲み、サラディンも再び構えを行う。
「ハァアアアアアア‼‼」
雄叫びをあげつつ一気に距離を詰めてきた。気負い過ぎで型が雑になっている。私は攻撃をいなし、挑発を放つ。
「どうした、当たらねば敵は倒せんぞ」
「ヌゥウウウウッ‼」
面すりあげ面、出小手、面抜き胴。後の先を制し基本となる返し技のみで圧倒していく。焦ったサラディンは力任せの横薙ぎ。その誘いを敢えて乗り、後方へと下がる。
「ヌゥウウウウン‼」
狙い通りの打突、その一撃を木剣で受けた。凄まじい衝撃、だがこれで終わりではない。サラディンの本命は、その更に先。
「ヌゥン‼ ウリャアアアアッッ‼‼」
打突による三連撃、これこそが彼の新技。全てを受けるのは文字通り骨が折れるので、二撃目からは避けて流す。
「――よし、終了」
構えを解き、額の汗を親指で拭く。肩で息をするサラディンに指導を行う。
「方向性は良いが、技の繋ぎが甘く連なっていない。肘や腕の返しに変化を加えろ。後は平常心だ」
「イエッサー!」
「よく鍛錬している、自信を持て。技を試す相手がいないのならば、いつでも声を掛けるといい」
「……ソードマスター……!」
敬礼しながら涙を溢すサラディン。巨人族は他の種族と違い言語の壁がある。伝わりにくい上に気を遣い過ぎる性格故、悩みを抱え込む傾向が多い。だがこれで少しは解消されたはず。
一段落ついた所で、別の団員からお呼びがかかる。聞けば武館を開く予定の達人が挨拶にやってきたのと、入団戦の申込みがあると言う。
まず【武館】とは自身で看板を掲げ道場を持つ事を指す。ベルディア王国内でも様々な武館があり、内容も多種多様。有事の際には国が雇い協力を頼む場合も多い。
千本桜に憧れる若者も多いと聞くが、一度入団してしまえば国に忠誠を誓った事となる。あくまで自由に己を高めたいという場合は、これら別の武館で鍛えるのが一般的で私自身、指南役という立場に置かせてもらっているのもそういった理由だ。
国王へ申告し手続きを経て、土地と道場を持つと今度は各武館を挨拶廻りするのが通例。その際に達人同士が腕を見せ合う。ここまでの流れが武館を開く、である。
ちなみに腕の見せ合いには人を入れず、勝敗についても非公開が礼儀。達人にも面子があり、実力がはっきりすれば今後の武館経営に差し障るからだ。
そして【入団戦】についてだが、千本桜へ入るには学科と実技を突破しなければならない。その壁は高く毎年千人を越える希望者が集まるが、合格者は片手で収まる程度。全員不合格の場合すらある。
だが例外も用意されていた。国を守る存在の為、最も重要なのは実力。千本桜の上位十名いずれかと戦い勝利を収めれば、その場で入隊となる。これが入団戦だ。
血気盛んな他国の腕自慢にとって、魅力的な話と言うよう。けれど千本桜創立以来、入団戦を成功させた者は一人もいない。
私が鍛錬場へ姿を見せている際に入団戦申込みがあった場合、顔を出すのが決まり事。容易に入団出来ると軽んじられ、自尊心を傷付けられた団員が加減を怠り相手を殺してしまわないよう、いわば御目付役である。
「達人に茶をお出しして、少々お待ちいただくよう伝えてくれ。試合が終わり次第、すぐに顔を出す」
「了解いたしました」
「牛若、お前も付いてこい」
「はいっ!」
久々の入団戦、果たして相手は如何なる者か。多少の高揚感を抱きつつ、私は現場へ向かった。
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