第35話 起こった事件の後始末

「ただいま戻りましたわ」

「あら、お帰りなさい、璃々りり


 自宅の扉を潜ると同時に、バッタリ家族と行き会う。先日は緋々希ひびきだったが、今日は美羽みうだ。


「お母様? 何か良いことがありまして?」


 心なしか母の表情がいつもより明るい気がして、そう訊ねてみる。

 娘が一瞬で気が付いたことに、美羽は少し驚いた顔をした。それから、そのこと自体に嬉しそうな顔をする。

 だがそれも一瞬。すぐに表情を思案気なものへと変えた。


「いいことというか……安心したって感じかしら。ほら、最近ずっと物騒だったでしょう? その犯人が捕まったらしいのよ。よかったわ」

「そうなのですね」

「十五歳の少年の凶行ですって。駅前で起こった事件も、まだ若い人が犯人だったわよね? ……子どもがそういう風に育っちゃう世の中なのねと思うと、やりきれない部分もあるけれど」

北門きたかどさんが、捕まったのです、よね?)


 美羽の言葉に、リリティアも少し複雑な気持ちになる。

 北門がやったことに違いがなくても、鬼の影響下にあったときの行いを、すべて彼自身の責任にするべきかどうか、腑に落ちなかったからだ。

 鬼に干渉されなければ、彼はきっとそんな犯罪など起こさなかった。


「でも近所の話だったから……。被害に遭われた方には申し訳ないけど、家族の皆が無事のまま犯人が捕まって、やっぱりほっとしてしまったの」

「……ええ。そうですわね。わたくしも同じ気持ちですわ」


 リリティアが傷付いて欲しくないと思った人々は、守ることができた。これ以上の被害も防げた。

 その二点だけでも良かったと思うべきだろう。

 でなければ心が辛い。


「じゃあ、お母さんはお店だから」

「はい。わたくしは上に失礼しますわね」


 帰りの時間が不定期なリリティアは、基本、休日しか手伝いをしない。

 ましてや今日は動物と触れ合って来た。店に出るなら体をしっかり洗う必要がある。そうなると、ほとんど閉店時間だ。


(北門さんは未成年ですし、きっと名前や学校は出ないかと思いますが。かなでさんたちは悟られるでしょうね)


 もやもやとした気持ちを抱えて、部屋に戻る。制服から着替えても、まだ落ち着かなかった。


(少し早いですが、入浴をしてさっぱりしようかしら。――あら?)


 気が乗らないのならば、どうせ後々やらなくてはならないことから先に済ませてしまおうかと腰を浮かしかけたとき、着信があった。相手はいつきだ。


「ごきげんよう、谷城やしろさん」

『こんばんは、宮藤くどうさん。今いいかな』

「ええ、構いません」


 むしろ樹からなら、リリティアが欲しい情報の全てが得られるだろう。

 わざわざ連絡をしてきたということは、樹も答える心積もりがあってのことのはずだ。


『ニュース、見た?』

「わたくしは見ていませんが、母が知っていました。北門さんはどうなるのでしょうか」

『どうもしないよ。呪力の低い人間に、鬼に抗えというのは無理な話だ。だから元凶が鬼である犯罪で、人が捕まることはない』

「え、でも」


 美羽は犯人が捕まった、という話をした。


『捕まえたという報道はするよ。解決に至ったのは嘘ではないし。けど、それだけだ』

「そう……なのですね」


 被害者である北門が全ての罪を負うのもすっきりしないが、無罪放免というのも納得がいかない。事実、彼は通り魔として沢山の命を脅かし、傷付けてきている。


『ただ自首をしてきたら、受け入れることにもなっている。罪を罰され、償うことで心を癒す人もいるから』

「北門さんは……どうするでしょうか」

『彼はきっと自首をする。というより、大体の人がそうする。本意ではないからこそ、罪を許されたいと思うんだろう』

「……」


 起こってしまったことは取り戻せない。そこには事実だけが残る。


『その場合は、通常とはまた違った罪状になる。端的に言うと、世間的には犯罪歴としては残らないんだ』

「難しいですわね」

『そう。凄く難しい。その対応に納得がいかない人ももちろんいる』


 生温いという人もいるだろうし、厳しすぎるという人もいるだろう。

 それはおそらく、どちらも正しい。だから難しいのだ。


「わざわざご連絡、ありがとうございます」

『気になっているだろうと思って。それと、一件片付いたことだし――どうだろう。ゆっくり時間を取れないかな』

「ええ。休日でしたら大丈夫ですわ」


 樹としては、むしろこちらが本題だったのだろう。リリティアが肯定的な返事をすると、ほっとした気配があった。


『ありがとう。嬉しいよ』

「そう言っていただけると、わたくしも嬉しいですわ」

『今週……は、急ぎ過ぎかな。来週の日曜、七世代ななよしろ駅前で待ち合わせよう。十時ぐらいなら大丈夫かな?』

「ええ、大丈夫です」


 登校時間と比べても、大分余裕がある。


『楽しみにしてる。じゃあ、また』

「はい。ごきげんよう」

『ごきげんよう』


 挨拶を交わして、通話を終えた。


(谷城さんとの話が済んだら、本当に一件落着、ですわね)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る