第34話 一段落、ですわ

つづり、連絡はしたな?」

「うん。決着がついてからしたよ。だから保護部の人たちの到着には、もう少しかかるかも」

「分かった。――宮藤くどう

「はい」

「こちらはもう大丈夫だ。お前は、大丈夫か?」


 特に問題はない。しかし、もうこちらでやるべきことがないとなれば、気になっていることはある。


「ではわたくしは少し失礼して、先に帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「構わない。むしろそうした方がいいだろう」

「と、仰いますと?」


 リリティアが首を傾げつつ聞き返すと、守仁かみひとは数瞬、答えに窮した。

 それからややあって、気まずそうに理由を告げる。


「君がいる学園での案件となれば、谷城やしろ本人が来る可能性が高いと思ったからだ。……余計だったか」

(ああ、成程)


 確かに、答えを出していないままでいつきと会うのはよくないだろう。考えているうちに、先方のペースに巻き込まれてしまうかもしれない。

 樹の誠実さは、おそらく立場よりも重視されない。そのことをリリティアは理解できる。


「心配してくださっているのですね」

「俺は君の上級生だ。上の者は、下の者を守る義務がある」

「感謝いたします。でも、ご心配には及びませんわ」


 樹の提案に対してどう答えるのか、リリティアはとりあえずの対応を決めている。


「それなら、いい」

「――あれ? 珍しいね、守仁が納得していない件を追求しないなんて」


 おそらくは悪意なくそんなことを言ってきた真紀まきに、守仁は苦々しい表情をした。


「? 今のはわたくしと谷城さんの話ですわよね。七世代ななよしろ先輩には、他にも気になる点がおありなのですか?」

「ない。君の言う通り、谷城の件は本来君と谷城の間のみのこと。君が助けを必要とでもしない限り、部外者である俺が介入するような話じゃない」

「ええ。けれど七世代先輩はわたくしのことを考えて、忠告してくださった。そしてわたくしには今のところ、谷城さんとの件でお手を煩わせる必要はないかと思っています」


 そこまで樹が無茶を押してくる気配はしない。今のところは、だが。


「妙な話をしてすまなかった。――今日はご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」

「はい。それでは失礼いたしますわ」


 スカートを摘まんで淑女らしい挨拶をすると、リリティアは守仁と真紀に背を向けて、校舎の中へと戻っていく。


(もう帰られているのなら、それはそれでよいのですけれど)


 だが、確信がある。

 かなでめい由佳梨ゆかりも、きっと帰っていない。北門きたかどを追って行ったリリティアのことを、自分たちも追うべきかどうか、やきもきしていることだろう。


 そしてもし彼女たちがまだ校舎内で待っているのなら、片付いたと報告もしてあげたいと思っていた。

 奏も由佳梨も、明日学校に来るのに、重たい気持ちを引き摺らなくてもよいのだと。

 そんな風に考えながら、三人と別れた飼育動物たちの遊び場に戻ってくると――やはり、三人ともいた。


「あ、宮藤さん!」

璃々りり! よかった、無事? 怪我とかしてない?」


 リリティアの姿を見付けるなり、皆が揃って駆け寄ってくる。由佳梨だけ到着にタイムラグが生じたのはご愛敬だ。


「ええ、問題ありません。北門さんの件も、もう心配なさらなくて大丈夫でしてよ」

「え……っ」

「ど、どーゆーこと?」


 奏たちの疑問はもっともだ。

 しかし北門は鬼の影響を受けて精神に異常をきたしていたが、その鬼を退治したので問題なくなったはず――という、真実ありのままを話すわけにはいかない。

 なのでリリティアは、にこりと迫力のある笑みを浮かべた。


「よくよく話し合って、分かっていただきましたわ」

「え、えぇ……?」


 三人は頬を引きつらせつつ、何とも曖昧な声を発する。


虹詞こうしさんの話では、北門さんは元々、見ているだけの方だったらしいですし)


 凶行に及んだのは、まず間違いなく鬼のせいである。


「ですので、わたくしを信じて安心なさって?」


 三人は顔を見合わせて、然程間をおかずにこくりとうなずいた。


「うん。分かった」

「璃々がそう言うなら信じようじゃないか!」

「宮藤さん、確信のないことをそんな風にはっきり言わないもんね」


 そしてそれぞれに、リリティアを信じた言葉を返してくる。

 リリティアの胸がじわり熱くなったのは、彼女たちが『自分』を評価してくれた実感があるからだ。


(思えば……。家名ではなく、わたくし個人が信用されたのなど、いつ以来でしょうか。いえ、そもそもそのような経験があったかどうか)


 それぐらい、ラミュアータ家の名前は大きかった。


 家が権力を持っていたおかげで、リリティアの人生は平穏だった。それは間違いなく幸運だ。

 だが家の力のせいで、リリティアという個人が霞んでいたのも事実。きっと少しばかり、心のどこかで寂しくも感じていた。今はそれが伝えられるほど、形になっている。


「では、そういうことですので……。帰りましょうか」

「そうしよっか」

「奏さんは、飼育委員のお仕事はよろしくて?」

「うん。大丈夫だよ」


 嘘ではない証拠に、ウサギの姿はすでに周囲にはない。小屋の掃除も終えて、戻されたのだろう。

 奏たちは本当に、ただリリティアを待っていただけなのだ。

 盟がリリティアの鞄を持って来て、手渡してくれる。それに礼を言ってから、リリティアは皆と揃って歩き出した。


(本当に、大変な一日でしたわ)


 その甲斐はあって、明日からは平穏が戻ってくる……はずだ。

 ただしリリティア個人としては――もう少し先、といったところだろうか。

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