第33話 鬼退治ですわ

 鬼刀は落ち着きなく刃の切っ先を左右交互に向けたが、すぐに的をリリティアに定めたようだった。


(生き物であれば火を怖れない者などいませんが、鬼はどうでしょう)


 両手の平に火球を生み、リリティアはそれを投げつける。裏も表もない、直進するだけの単純な軌道だ。玄人でなくても、よく見て集中すれば避けられるだろう速度しかない。

 ただし、足が自由ならば。


「うっ!?」


 一歩移動して火球をやり過ごそうとした北門きたかどは、そこでようやく自分の足が地面に張り付いて動かせないことに気が付いた。

 正確には、靴の裏面と地面が凍りついて固まっているのだ。


【小賢しい!】


 自分が思い描いた行動を阻害されたことに、鬼刀は苛立たしげな声を上げる。そして避ける代わりに刀を振るい、リリティアの火球を切った。というか、そうするしかない。


 霧散した火球は火の魔力そのものとなって、刀の周囲を漂い、熱を上げる。

 鬼刀はそれに頓着しなかった。身を捻り、詰め寄る守仁かみひとへと刃を返した刀を振るう。


 いつまでも足を張り付けにしていると、鬼刀は自由のために北門の肉体を考えない無茶をするだろう。それを予期して、守仁はすでに足の拘束を外している。

 リリティアの火で熱された刀身を、なぞるようにして冷気を注ぎ、急速に冷やしていく。


【ハッ。愚かなり。焼けた刃で斬られる恐ろしさ、知ってはいる様だな】


 熱した刃物で付いた傷は、組織が繋がりにくくなって治り難い。リリティアと守仁の一連の攻撃を、鬼は連携の失敗だと失笑した。


(好都合ですわ)


 警戒されるよりも、油断してくれた方がずっといい。

 プライドは疼くが、最後の勝利のためだと思えば耐えられる。

 ただ残念ながらリリティアは守仁ほど高い魔力を持っておらず、技術に優れているわけでもない。

 熱量を上げるためにリリティアができるのは、数を増やすぐらいだ。

 鍔元から先端まで、守仁が冷やした刀にリリティアは再度、火球を投げつける。


「くらいなさいッ」


 ついでに、思考を放棄し、自棄になったかのような叫び声を上げた。火球の軌道も無茶苦茶だ。いくつかは完全に北門の体から外れている。

 だが外れてもよいのだ。むしろその方がいいだろう。

 当たるいくつかを鬼刀が斬ればそれで目的は達される。


【同じことを繰り返すか。愚かよなあ】


 無力を見せつけようとするかのように、鬼はせせら笑いながらリリティアが放った火球をすべて斬り払っていく。見送っても構わないものまで、すべてをだ。

 その熱は、刀身が赤みを帯びてくるほどだ。

 鬼は鬼で、自分の刃が熱を持つことに有効性を見出したのかもしれない。


「っ……!」


 攻撃が通じなかったことに、リリティアは動揺をしたかのように見せかけ、焦燥の表情を作る。ついでに、一歩下がる演出も付け加えた。

 思わず追撃をかけたくなるような、弱った獲物の姿。鬼は刀身を震わせた。おそらくは笑ったのだろう。


宮藤くどうに手は出させん」


 鬼の注意がリリティアに多く振られたということは、守仁に振られている警戒心が薄くなったということでもある。

 背を向けた鬼へと、守仁は切りかかる。


【無論、忘れておらんぞ】

「ひぃっ」


 北門の体をやや無茶な勢いと角度で捻りつつ、鬼は守仁の胴を薙ぐようにして刀を振るう。

 守仁はそれを屈んで避けた。次の動作が遅れる、悪手のような大勢だ。


 鬼は勢いのままに刀を振り抜く。熱で赤くなっていた刀身が、守仁の胴体があった場所を通過したとき、一瞬で色を失う。

 あらかじめその場に漂っていた強烈な冷気が、刀を冷やしたのだ。

 そしてその瞬間。


 ――ピキ。


 ごく小さな、ひびの入ったような異音が響く。


【むっ!?】


 鬼の本体は刀だ。

 自分の身に起こった異変に、鬼はすぐに気が付いた。

 そして同時に、鬼が見せたその反応は守仁やリリティアが待ち望み、作り出した好機そのもの。


 鬼が動揺したおかげで充分な隙が生まれ、邪魔されることなく立ち上がった守仁は戦輪で鬼刀を叩いた。ごく、軽く。

 それだけでキィン、と憎らしいほど澄んだ音を立てて、刀は真っ二つに折れる。


【な……に?】


 宙でくるくると回転して地面へと落ちゆく刃先を、守仁の指が捕えた。そして『類』の一文字を指先でなぞって書きつける。

 仄かに青白く文字が光ると、すでに分かたれた鍔元の方も同色の光に包まれた。


「邪鬼封殺」


 そして戦輪を叩きつける。

 戦いが始まったときとは比べ物にならないほど脆くなっていた鬼刀は、あっけなく粉々に砕け散った。

 不思議なことに、鍔元に残った刀の方もまったく同じようにして砕け散る。まるで刃先と繋がって――いや、同じ衝撃を受けたかのように。


「うわ……っ」


 そして鬼の支配から解放された北門は、柄を放り出してその場に尻をつく。立てられた膝の震えの激しさから見るに、しばらくは自力で動けまい。

 戦輪を仕舞った守仁は、地面に転がった鬼刀の柄を拾い上げる。


「それはもう、ただの柄ですわね?」


 刀身が砕けるのと同時に、悪臭も消え去った。なのでそう訊ねてみたのだが、守仁は首を横に振る。


「いや。鬼としての核は失ったが、呪力はまだこちらにも残っている。然るべき処理をするべきだろう」

「まあ。しつこいものですわね」

「だが、今のこれはただ呪力を帯びただけの柄だ。そういう意味では宮藤の言う通り、『ただの柄』とも言える」

「お気遣い感謝いたします」


 守仁へ向かって言一礼をしてから、リリティアは携帯端末を取り出す。


谷城やしろさんにお伝えした方がよろしいのですよね?」

「ああ。だが、心配ない」

「え?」


 リリティアを手で制した守仁は、視線を校門の内側へと向けた。その目線を追って、リリティアもそちらを見る。

 と、ひょこりと真紀まきが姿を見せた。


「二人とも、お疲れ様」

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