第29話 退きませんので、悪しからず

「あ! よく分かったね。そうそう、この子だよ。この前校門を突破しようとして、宮藤くどうさんに止めてもらったの」

「そうなのですね」


 好奇心が旺盛なタイプなのだろう。レオニーの意識は、今も外に向いているのが分かる。


「校門までは安全だって知っちゃったからかなあ。隙を窺ってるの」

「ふふ。けれど今日は実行しないと思いますわ」


 どうやらレオニーは火の気配の源を正しく認識していたようだ。リリティアに一程度近付かないよう距離を取っている。


「ところで、皆揃って話って何? あ、座って座って」


 遊び場に変化を付けるために置かれているのだろう、点在する不格好な石を指してかなでは言う。


「……ええと。わたくしは大丈夫です」


 めい由佳梨ゆかりが気にする風もなく、制服のまま腰を降ろしたのを見つつ、リリティアは首を横に振った。

 どうしても必要であればハンカチを敷いて使うが、サイズが心許ない。ゆえにリリティアは立ったままでいることを選択した。


「あ、そっか! あたしハンカチ持ってるよー。使う?」

「わたしも。重ねればそれなりの面積が確保できるんじゃないかな」


 屋外に設置された石、というものに座ることをリリティアが躊躇したのを、盟と由佳梨はすぐに気付いた。

 自分たちは気にせず腰を降ろしたが、そうすることに抵抗を感じているリリティアに強要はしない。代わりに、リリティアでも座れそうな方法を提案してきてくれる。


「ありがとう、二人とも。けれど本当に大丈夫ですわ」


 二人に関わりのないこと、しかも絶対に必須というわけでもない場面で、彼女たちの所持品を汚すのも心苦しい。リリティアは気持ちだけありがたくいただいて、遠慮する。


「ですので、本題に入りましょう」

「分かった。何?」

「――奏、嫌がらせされてるでしょ?」


 リリティアに話を切り出したとき同様、盟は単刀直入にそう言った。

 ウサギの背中を撫でていた奏の手が、ピタリと止まった。


「……ええと」


 そして奏は返答に逡巡を見せ、言い淀む。


「クラスの人じゃないと思う。今日、あたしと璃々りりで監視してたから、奏の机に細工できる人はいなかったよ。で、次に怪しいのって委員会関係じゃない? ってなって、ここに来た」


 自分の返答を待たずに断定して話を進める盟に、奏はうろたえ、瞬きを繰り返す。


「ま、待って。わたし別に――」

「ごめんね、奏」


 否定を答えとして選ぼうとした奏に皆まで言わせず、由佳梨が先手を取って謝罪から入る。


「わたしたち、奏が傷付くのは嫌だから、そのための行動をすることにしたの。でもできれば、奏にも協力してもらえると嬉しい」


 友人たちが確信を持っていること。そして退くつもりがないこと。

 その二つを様々と見せつけられて、奏は絶句する。それから。


「ぷっ……。何それ」


 笑った。


「そういうのって、逆じゃない? わたしの問題のはずなのにわたしが蚊帳の外になるとか。そんなことってあるんだね」


 込み上がってきた笑いを堪えきれずに、口元を抑えて体を震わせる。


「蚊帳の外にしないための話はしたぞ?」

「うん、してくれてた。異論ありません」

「よろしい」


 ぺこりと頭を下げ、奏は大きく息を吐いた。それからしゃんと顔を上げる。


「確かに、攻撃的な文面の紙片が送られてきたり、後を付けられてるような不気味な気配があるよ」

「相手に心当たりはありませんか?」

「考えてみたけど……分からない。でも、委員会でもないと思うんだ。ここに来るまでに張り付いていた嫌な気配、なくなったし」


 つまり飼育委員会とは関係がなく、この場に姿を見せたら一目で不思議がられる人物である、ということだ。


「うーん……。こっちも外れか」


 誰よりも敏感になっているのだろう奏が言うのだ。おそらく間違いではない。


「その嫌がらせが始まったのは、いつ頃でしょう」

「昨日から、かな? 昨日、お昼から戻って来たときに机に入ってたのが始めだと思う」

「昨日、ですか……」


 随分と急な変化だ。

 奏の主義も行動も、入学式その日から変わっていない。積もり積もったものが爆発して、ということもあり得るだろうが、やや不自然にも思えた。


(溜め込んだものが爆発したにしても、きっかけはあるはずです)


 昨日の出来事、というと鬼の件が浮かぶが、あちらが進展したのは放課後だ。昼休みでは早すぎる。

 頭の中で一日を遡っていくうちに、ふと思い立つ。


虹詞こうしさんに聞いてみましょうか」

朔倉さくらに? なんで?」

「あの方の観察眼は侮れませんわ。もし犯人が奏さんの周囲に出没しているのなら、気付いていらっしゃるかもしれません」


 まだ日が浅いため奏に起こっている被害は認識していなくとも、変化は知っているかもしれない。


「ええー……。あの人間関係に興味ありませんって奴が?」

「それは誤解ですわ」


 虹詞は人付き合いに興味がないのではない。要求値が高いだけである。

 可能性を思い付いたのなら、試してみるべきだ。成果が得られなかったとしてもマイナスのない行動の実行を、リリティアは迷わなかった。


「まだ校内にいらっしゃるかもしれません。わたくし、探してきます」

「じゃああたしも行く。由佳梨は奏といてくれる?」

「うん、分かった」


 盟が即座に由佳梨を残す決断をしたのは、彼女の運動能力全般があまり芳しくないためである。由佳梨も自覚があるのか、うなずいて了承した。


「じゃ、またあとでねー」


 反動を付けて石から身軽に立ち上がり、盟はリリティアと並んで校舎へと戻る。


「別に部活でも委員会でもないのに、たまに校舎をぶらぶらしてるの見かけるよね? 何してんだろ」

「学校という空間自体がお嫌いなわけではないでしょうから、虹詞さんにとって快適な場所を見付けられているのかもしれません」

「なるほど」


 首を傾げつつ、一応納得の言葉を口にする。

 虹詞がいる確率が高いのは、人の使用頻度の低い、かつ眺めの良い場所が多い。狙ってそんな場所を歩き回っていくと、見付けた。

 正面と裏門から程よく離れた、イチョウの木が植えられた一角だ。緑の葉のみが活き活きと茂るこの季節、立ち止まる者は多くない。


「うーん。いい場所見付けるなー」

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