第27話 作戦会議です
「――ということで、第一回作戦会議ターイム!」
「
「うぃっす」
指先を揃えた手を額にかざすように当てて、盟は
放課後、由佳梨を誘い、リリティア達は図書室のテーブルの一角に集まっている。
「話し合いたいことがあるって、もしかして奏のこと?」
「そー」
由佳梨も奏の様子には気付いたらしい。内容を告げる前にそう聞いてきた。
「最近、ちょっと元気ないよね? 聞いても大丈夫としか言ってくれないけど……」
「そうそう。それで気になって、こっそり奏の周りを探ってたんだけど、どうも嫌がらせされてるっぽい。あたしが見つけたのは下駄箱に『死ね』って書かれた紙きれが入ってたやつだけど」
「相手に死を強要する文言を投げかけることは、確か犯罪ではありませんでしたか?」
「あー……。そうだったかもしれないけど、多分どこも取り合ってくれない……」
眉を下げ、悔しそうに盟は言う。
「相手に暴力を振るうのってさ、道端の他人にやってたらちゃんと傷害で暴行なのに、学校や家庭だと何でか『イジメ』『DV』になるんだよね。同じなのに」
「会社の『パワハラ』とかも同じだよね。どうしてわざわざ言葉を作って区別してるんだろう……?」
「物事には必ず、行った者の意図や理由があるものです。……が、今わたくしたちが考えるべきは、奏さんのことですわね?」
社会の話になると、一市民であるリリティアたちの手には余る。
そして今すぐどうにかしなくてはならないのは、目の前の理不尽だ。
「だね」
「今日一日、気を付けて奏さんとその周囲を見ていましたが。怪しい人物が彼女に近づいたり、ということはありませんでしたね」
「うん。でも奏、帰り支度してたとき、顔強張らせたよね?」
「ということは、覚えのない何かが机の中にあったんだね」
それこそ、下駄箱に入れられていたのと類する暴言でも見付けてしまったか。
「では、クラスメイトではなさそうですわね」
奏に迫っている悪意を撥ね除けることに朝の時点で合意していた盟とリリティアは、必ず、どちらか一人は奏の身辺を見張っていた。
教室移動のときも、どちらかが最後まで残り、最初に戻った。クラスメイトが細工をする時間はなかったと断言できる。
だがその監視の目は、他クラスまでは行き届いていない。
「そっか! よく……はないんだけど、でもよかった」
「うん。皆で仲良くしたい奏には、クラスメイトからが一番辛いと思うから」
人間同士、相性もある。三十余名もの人間が、皆で心から親しくなるのは、おそらく少々難しい。
しかし互いに気を遣い合えば、一程度快い環境はできる。
そういうクラスでありたいと、心を砕いて努力している奏だ。その努力に返ってくるのが悪意では、悲しく思うのは間違いない。
(気に食わないなりに、せめて話し合えばよいのでしょうが)
自分の行いの何が不快に思われているのか、正面から言われた方が奏とてまだ向き合いやすいだろう。
しかし相手に奏と向かい合う意思はない。気に食わないと主張だけして、彼女を傷付けようと悪意ばかりを向けてくる。
自覚しているかどうかはともかく、自分が奏に向けている悪意が決して胸を張れるものではないと、心では理解しているからだろう。
(ですが盟の言う通り、悪意を向けてきているのがクラスメイトではないことは、幸いです。わたくしにとっても)
厚意に対して卑劣な方法で悪意を返してくるような輩がクラスメイトではないことに、安堵を覚える。
だが勿論、他クラスならばよい、という話ではない。
「しかし幸いであるというのとは別に、謎は深まりますわね。さして関わりのない他クラスの人間に、特別な反感など抱くものでしょうか」
「うーん。分かんないけど。ただ奏は目立つっちゃ目立つよね」
他クラスの人間にであっても、個人として認識される可能性はある。
「それとも、飼育委員繋がりとか?」
「それだ!」
可能性の一つとして、考えつつ委員会方面を口にした由佳梨に、盟は指を鳴らして喰い付く。
「決まってはいませんわよ? 調べる価値はあると思いますけれど」
「分かってるって。よし、そうと決まったら、早速飼育委員会に入り浸ろう!」
「もう一つ。無関係の生徒が入っていけるものでしょうか?」
「大丈夫っしょー。労働力の有志は嫌がられない、多分。というか、嫌がられても居座るよ、あたしは」
胸を張って盟は断言する。
確かに、それで奏を護ることに繋がるのであれば、多少煙たがられるぐらいで臆してはいられないのかもしれない。
「盟のそういうところ、わたし、好きだよ」
リリティアが納得した気持ちでうなずいていると、微笑んだ由佳梨がそう言った。
「ありがとー。じゃあ早速、今日から始めよっか」
「ええ、そういたしましょう。奏さんの様子を見に行く体を取れば、周囲の方々には怪しまれないでしょうし」
「奏にはどうする?」
一日なら、どんな言い訳でも通じるかもしれない。だがずっと張り付いていれば、勘付かれるのは確実だ。
奏は、リリティアにも盟にも自分の身に起こっていることを隠した。おそらく、知られるのを嫌がるだろう。
だが、リリティアは迷わなかった。
「こちらから話をするべきですわ。友人が心配をしていると言えば、奏さんは無下にしないでしょう」
「う、うーん」
知る前と知ったあとでは、また状況が違う。こちらの気持ちを伝えればよいとあっさり言うリリティアに、しかし盟は眉を寄せて唸る。
「――わたしは、
空気が膠着する前に、由佳梨が小さく手を上げてそう言った。
「奏は嫌かもしれないけど、でもわたしたちは奏のことが心配で、だから放っておくのは嫌だって、ちゃんと伝えようと思うの」
「由佳梨」
意外そうに、盟は発言をした由佳梨を見つめる。
「……うん」
盟の表情の意味するところを理解して、由佳梨はうなずく。
「奏が望んでいないことをするのは、怖い気持ちもあるよ。多分、少し前のわたしなら選ばなかったと思う」
下ろした手を机の上で組むと、言葉にしてそう続けた。
「でもね、それじゃあ嫌だと思ったの。わたしが怖いから奏のためにしたいことにまで目を逸らしたら、わたしきっと、隣で奏の友達だ、って思えなくなっちゃう」
必ず後悔するだろう未来の自分のためにも、由佳梨は今、行動することを選んだのだ。
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