第26話 築くもの
「応じなかったら?」
己の意思を言葉で伝えるのではなく、始めから暴力を選択する相手だ。
「どちらにしろ、まずはこれまで
起こした行動に対する責任は取るべきだ。誰であろうと、理由が何であろうとも。
「そして他者を暴力で屈服させようとして、しかも機会を与えられてなお譲歩を考えないような協調性の欠如には、精神疾患の疑いが強いと思われます。然るべき病院で、カウンセリングを受けさせて差し上げるべきですわ。ご本人のためにも」
直接的に身体に怪我がなかったとしても、奏は精神的に傷付けられている。暴力であるのに何ら違いはない。
ただし、奏がどのような暴力を受けたかは、正確に知る必要があるだろう。それが本当に暴力であったかどうかも含めてだ。
「……そうできたらいいけど。でも学校ってそういう厄介事、嫌がるじゃん? まして話の通じないおかしい方じゃなくて、まともな被害者の方に事態の収拾のための手段を要求するから……」
口止めをしてなかったことにさせたり、転校をさせて自分の学校では何もなかったかのように片付けようとする。
実質的な問題は、それでは片付かないというのに。
だが、その点についてもリリティアは心配していない。
「そうはなさらないと思いますわ。少なくとも、
厄介、面倒という理由で、道理を曲げたりはしないだろう。
そして問題解決に至っていない処置をして満足感に浸るほど、身勝手でも思慮の足りない人間でもない。
(七世代先輩は、大切な人が傷付く悲しさを知っている方ですから)
だから彼は他者に対して、無慈悲なことはしない。
生徒を護るためのポスターを作り、しかしそれによって生じるかもしれない別の被害者のことを考え、その上で実行をしたときの
「そっか!
(ついでに、政府筋の方とも先日知り合いましたわね)
リリティアの頼みであれば、道理に悖らない限り
権力を持つ者の力が強いのは、どこの世界でも同じらしい。
身によく馴染んだ構図である。だというのにリリティアは今、それに初めて不満を感じた。
権力者の影響や、可能な裁量が大きいことそのものに、ではない。その行いの是非が正しさではなく、損得、親しさによって決定されることに対してだ。
リリティアはこれまで、自分の正義が通せなかった経験がない。
(それはわたくしが、わたくしの家が、権力を持っていたから)
正しかったからではない。それを知ってしまった。
(……わたくし。今まで本当に、無慈悲なことをしてこなかったのかしら……?)
ふと不安になる。
(わたくしの背を突き飛ばした者は、どういう思いでそうしたのでしょう……)
被害者であるリリティアの意識の中で、自分を突き飛ばした者など、純粋な悪党だった。
しかし今、犯人に対して怒り以外の感情が過る。
なぜ、そうしたのか。それをまず聞いてみたい。
(
自分となっているだろう璃々や、家族。彼らに対して、リリティアは純粋な気持ちで想いを馳せた。
(願わくば、どうか)
皆が今、幸せであるように。
余分なものなど何もいらない。ただ皆が笑顔であってほしいと、それだけが心を占めた。
(そしてわたくしにそれを教えてくれた、こちらの友人たちも、勿論)
盟に言っておいてなんだが、リリティアは奏のことが好きではなかった。
今ならば認められる。奏のことが気に食わなかったのは、その行いや性格からではない。
自分が奏よりも劣った立場にあると、そう感じて嫌だったのだ。
事実リリティアは、クラスで奏のように上手く立ち回れていなかった。現実を理解しているからこそ、腹立たしかったのだろう。
――だがそれは、何と卑屈な嫉妬心だろうか。
(奏さんにとっては、厚意でしかないのに。助けられてもいるのに)
自分が奏に劣っていると勝手に思い込み、卑屈な虚栄心で彼女を僻んだ。
(わたくしは、彼女の厚意に報いたい)
それこそが誇り高きラミュアータ家の娘として、民の規範たる貴族として、相応しい姿であると思うから。
「盟さん」
「何なにー?」
「わたくしも、必要とあればいかなる手段も辞さないつもりです。わたくしを気遣ってくれた奏さんが苦しい気持ちでいるのは、わたくしにとっても嬉しくない」
「……う、うん」
「けれどわたくしは、お相手にも話を聞いてみたいと思います」
なぜ、そのような蛮行に及んでいるのか、と。
盟と瞳を合わせ、これまでに感じてきた自分の想いと共にそう言えば、盟は小さく息を呑む。
「……うん」
そして、うなずいた。
「ごめん。あたし今、凄く短絡的だった。あたしが奏のこと好きだから、奏を敵視する方がどうかしてるって、疑いもしないで決めつけてた。相手にだって言い分、あるよね」
「無論、言い分があろうとやって良いことと悪いことがありますし、行ったことに対する責任は、理由関わりなく持つべきですが」
「分かってる。あたしも、奏を悲しませたことは許さない。でも、一方的に責めるだけじゃ解決にはならないんだなって」
自分と違っていても、相容れなくても、まずは理解しなくては進まない。
「ありがと。璃々がいてくれて、良かった」
「そう言っていただけるのは嬉し――え?」
自然に受け取ろうとして、しかし途中で盟の言葉の中にあった違和感に気が付き止まってしまった。
「だ、ダメかな?」
笑いで誤魔化しつつ、盟の声には緊張感が滲んでいる。それだけで、彼女が勇気を奮い立たせて歩み寄ろうとしているのだと窺える。
人から拒絶されるのは、怖い。それに悲しい。
だから一度纏まった自分にとって不快ではない距離を、わざわざ壊すのは珍しいだろう。
明るく振る舞い、ノリですべてを乗り切りそうなフリをしている盟とて、変わりはしない。
その恐れを気持ちと意思で捻じ伏せ、歩み寄ろうとしてくれた。盟の行動にリリティアは感動さえ覚える。じわりと目の端に涙が浮かぶ。
「いいえ――……。わたくし、そう言っていただけて、とても嬉しく思います」
「や、やだな、ちょっと。朝から泣くのとか、ナシナシ! あたしが泣かしてるみたいだしッ。……あれ? 実際に泣かしてるのあたしか?」
「ふふ。罪な人ですわね。このわたくしを泣かせるなんて」
冗談めかしてそういえば、盟は調子を取り戻してニッと笑った。
「まあまあ、許してちょーだいよ。責任は取るからさ、ね?」
「信じていますわ」
盟が心から言ってくれたのでなければ、きっとリリティアの心にも響いていない。
「んじゃ改めて――。今後ともよろしくね?」
「ええ、こちらこそ」
言ってから、気恥ずかしくなって互いに苦笑する。
(わたくしはずっと、奏さんたちのグループから離れて自分のコミュニティを築こうとしていましたけれど)
よく考えれば、それは意地になってする必要などないことだった。
奏たちに歩み寄り、本当の友人になればいいだけだったのだ。
(これはますます、気合いを入れなくては、ですわね)
何の関わりもない、赤の他人を助けるのにだって理由は要らない。
友人の友人を助けるならば、理由がなくてもよいところに一段強い理由ができたという、ただそれだけのことである。
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