第24話 一時、休息です

「ただいま戻りましたわ」


 校舎の探索を切り上げたリリティアと守仁かみひとは、そこで別れて帰路に着いた。そして今、リリティアはようやく自宅に辿り着いたのだった。

 あちらこちらに動き回ったせいで、自覚できるぐらいに疲労している。まだ事件が片付いていないことも、疲労感を倍増させている理由だろう。


(それでも一つは確実に片付きましたし、解決にも近付いていると思います。頑張りましょう)


 事態が改善していると思えば、前向きになれる。


「お。お帰り、璃々りり。今日は遅かったな」


 すれ違った緋々希ひびきから迎えの言葉を掛けられた。店の制服を着ているので仕事中だ。


「生徒会に、急なお仕事が入ったのですわ」

「そっか。じゃあ今まで学校にいたのか?」

「少し出てまた戻って……というところでしょうか。どうかしましたの?」


 これまでもかなでたちと過ごして、帰る時間が変わったことは幾度かある。

 特に嘘をつく必要も感じず正直に話してきているが、行き先を問われたのは初めてだった。


「あー、ほら、少し前に駅前で騒ぎがあったみたいだろ? 最近物騒だし、気を付けろよ」

「ええ、承知しております」


 気を付けることに否はない。ただし方向性は、緋々希がしている忠告とは百八十度違うものになるだろうが。


(……そういえば、お兄様からもかなり強い魔力を感じるのですよね……)


 ただし、自覚もなければ使い方も知らないようであるが。

 だが無自覚には使っている。緋々希が作った菓子には、癒しの効力があるのだ。それはきっと、緋々希が食べる人にそう感じてほしいという願いの表れだと思われる。

 そして実は、緋々希だけではない。鋼一郎こういちろうもだ。対して、母である美羽みわから魔力は感じない。


宮藤くどう家は魔力の高い一族なのかしら。まあ、こちらの世界のわたくしの一族なのだから、不思議はないですけれど)


 宮藤庵が固定客をガッチリ掴んで離さないのは、この魔力が宿った菓子の力もあるだろう。


「では、わたくしは失礼しますわね。お兄様もお店に戻った方がよろしいでしょうし」

「そうだった!」


 立ち話に花を咲かせている場合ではないと、緋々希はひらりと手を振ってリリティアと別れ、店へと戻っていく。

 緋々希を見送って部屋に戻る途中、今度は端末に呼ばれた。相手は真紀まきだ。


「宮藤です。どうなさいました?」

『疲れているところ、ごめんね。預かった刀の処理が終わったから、その報告』

「そうなのですね。ありがとうございます」


 片付けてくれたことと、それを伝えてくれたこと。両方に対して礼を言う。

 通話をしつつ、階段を上がって部屋へと向かった。自室の方が気兼ねなく話せるのは間違いない。


つづり先輩は、七世代ななよしろ先輩から真打ちの話をお聞きになりまして?」

『うん。まさかだった。全然気づかなかったな』

「でしたらきっと、一年の誰かなのでしょう。刀そのものは学園内には持ち込んでいないでしょうし」


 リリティアが一年だと思ったのは、周辺で通り魔が起こったのと時期が一致するからだ。


『そうかも。うん、まずは一年生から調査だね』

「考えたのですが、いきなり人間を相手に通り魔を行うのはリスクが高いのではと。きっと前段階として、小動物を襲っていますわ。そうした小動物の被害が不自然に多かった地域を探せないでしょうか」


 然程広範囲というわけではない。七世代学園に通学できる距離のはずだ。


谷城やしろ君に頼めば探してくれると思う。話しておくね』

「お願いします」


 地域が限定できれば、容疑者の範囲もぐっと狭まる。時間短縮に繋がるだろう。


「しかしわざわざ、己を拒む場所で生活を送る者を宿主に選ぶとは。偶然にしては理解しがたい行いですわ」


 どうしてもその相手でなくてはならない、という事情でなければ、普通は宿主を変える。

 だがもし逆に、あえて選んだのだとすれば。話はまったく変わってくる。


『そうだね。リリちゃんにはきちんと話しておこうか。七世代学園の地下にはね、泉があるの。とても強い力を持った水でできた神泉が』


 きちんと、とは言ったが真紀は具体的な効能を口にしなかった。

 話すつもりがないのではなく、第三者に聞かれる可能性のある端末を通した通話では不適切、ということだろう。

 それこそ明日学校で、生徒会室などで会えば話してくれるだろうと予想できた。


 とはいえ事件解決に必要ではないのなら、リリティアとしてはそれ以上の情報を求めるつもりはない。

 リリティアは部外者であるし、世の中には知らない方が安全でいられることもある。知らない方が守れることもある。


(わたくしの好奇心で、家族に類が及ぶことになったら目も当てられません)


 宮藤家は七世代家や綴家とは違って、一般家庭なのだ。


『きっとね、神泉の水の力が欲しいんだと思う』

「だから学園関係者を求めたのですね」


 目的が分かれば対応しやすくなる。納得してリリティアはうなずいた。


『相手も、自分に近付かれつつあるのを知っている。お互い、注意していこうね』

「はい」

『それじゃあ、また明日。今日はお疲れ様。ゆっくり休んでね』

「ありがとうございます。どうぞ、綴先輩も。――ごきげんよう」

『うん。ごきげんよう』


 挨拶を交わし、通話を切る。


(まずは谷城さんの調査待ち、ということですわね)


 下手に刺激するよりも、ピンポイントで攻勢を掛けたい。学校という人質になる人材に事欠かない場所であるからこそ、慎重になるべきだった。


(……谷城さん)


 その名前を思い浮かべたとき、リリティアの表情は悩ましいものへと変わる。


(もし谷城さんから七世代先輩から言われた通りのアプローチを受けたら、わたくし、どうしましょう)


 考えてみたが、すぐに結婚を前提に――とまでは思えなかった。

 しかしはっきり拒絶できるほど、リリティアはいつきに悪感情を持っていない。というより、好悪を抱けるほど彼の人となりを知らないのだ。


(互いの考えを詳らかにして、まずは知り合っていく。これが良いのではないかしら)


 ただしその場合、樹の目的が結婚をして魔力の高い子どもに跡を継がせる、ということを忘れてはならないが。


(……まあ、わたくしや七世代先輩の考え過ぎで、猫のお礼だけで終わる可能性もありますけれど)


 それならばそれでいい。きっとホッとできる。


(貴女が助けた猫は甲斐あって無事でしたわよと、璃々りりに伝えてあげられないのが残念です)


 身を張った結果だ。きっと璃々も知りたいだろう。


(――さて。今日はいつもより念入りに体を解して、早めに休みましょう)


 明日もまた、日常が待っている。

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