第23話 通り魔の潜伏先

「そうだ。しかし谷城やしろにはほとんど呪力がない。本人もかなりそれを気にしている。だが周囲はそれでも彼の血筋に期待をして、子どもが高い呪力を備えて生まれてくるのを望んでいる」

「……苦しいですわね」


 自らが次代の中継地点としてしか扱われない虚しさは、リリティアにもよく分かる。それこそ、シェルランダの女性はいつきの状況と似たようなものだろう。

 それでもまだマシだ。シェルランダ貴族の女性は、男子を産めば面目が保たれる。だが樹はそれだけでは許されないのだ。


 飲み込むしかない。それが世の『当然』であるから。

 しかし今考えてみれば、何と理不尽な当然であることか。


「だから谷城は、強い呪力を持つ女性を求めている。自分の子どもに、自分と同じ苦しい思いをさせないために。自分を責める声から逃れるために」

「……」


 守仁かみひとの話を聞いて、リリティアが一番に谷城に対して思ったのは――。


(わたくし、谷城さんとは上手くやっていけるかもしれません)


 樹の事情と心情は理解できるし、力を求めてリリティアを選んだのだとしても、正妻として相応に扱ってくれれば文句はない。リリティアはそういう風に教育をされてきた少女だから、耐えられる。


 悪くない話なのだ。


 樹はリリティアが求めた家格、血筋、現在における地位、すべてを備えている。出来過ぎだと思うぐらいに。


(でも、わたくし……)


 なのに、飛びつくことにためらいがある。


「俺が言いたいのはそれだけだ。あとは君が、自分で判断しろ」

「ええ、分かりました。ありがとうございます」


 守仁の忠告は、純粋にリリティアを思ってのもの。何も知らずに樹の話を受けて、そこに愛情があることを信じて悲しい思いをしないようにと。

 その善意に、リリティアは礼を言う。


「ときに、七世代ななよしろ先輩のお家は大丈夫なのですか? ああ、もしかして、そのお相手がつづり先輩」

「違う」


 即答された。


「俺の家系は少し特殊で……まあ何にしろ、谷城程しがらみは多くない。一般人だしな」

「はあ」


(市の名前を冠していて、学園の理事一族で、魔力の高い政府と近しいお家は、一般と言うのかしら)


 首が傾くところだ。


 何しろ歴史のある和菓子屋の娘、というだけで『お嬢様』というカテゴリーに入るのである。一般人であっても特殊枠であることは確実だろう。


(わたくしにそう言ったのは、めいさんでしたね)


 クラスメイトの姿を頭に思い浮かべてしまったのは、おそらく、学園の校舎が見えてきたせいだ。


(って、え?)


 つい守仁が進むままついてきてしまったが、本当にこちらでよいのかと戸惑う。


「あの、七世代先輩。まるで学園に向かっているかのようですが……」


 通り過ぎるだけであってほしい。そう願うが。


「そのようだな」


 応じた守仁はそのまま足を進め、校門前で足を止めるとリングを仕舞う。


「逃げこんだのは学園のようだ。だがこれは……厄介だな」

「なぜです? 不慣れな人間にとって、校舎は迷路のようなものです。それに学生でなければ目立ちますから、むしろすぐに捕らえられるのでは」


 そろそろ最終下校時刻も近い。駅前よりもはるかに人も少ないので、状況は好転している、とリリティアには思えたのだが。


「学生かどうかはともかく、学園関係者であることは間違いない。外部の者――鬼も含めて、資格無きものは学園内に入らないように処置を施してある」

「ええと、それは」

「人間ならば、入ろうとした瞬間具合が悪くなる。それでも入ろうとすれば、動けなくなるほどに。鬼の類は物理的に弾く。そういう結界を張ってあるんだ。ここは七世代市の中心だから」


 それはきっと、守仁の一族が理事として学園に常に存在し続けている理由でもあるのだろう。

 だが今の状況において、それらの事情は特に関係がない。


「呪力は間違いなく、中に続いている。つまり刀の持ち主は学園の関係者だ。上手く穴を突いてきたな。学園の関係者であれば結界は拒まない」

「今すぐ追って、決着を付けた方がよろしいのでは?」


 昼間の校舎で事件を起こされたら大変だ。それこそ、位置関係によっては間に合わなだろう。

 だが人が少ない今ならば、人的被害は出さずに済むかもしれない。


「分かっている。だが俺たちは相手の姿を見ていない。探し出すのは難しいと思う」

「魔力を……追えるぐらいならば、日々をここで過ごしている間に見つかりますわよね」

「ああ」


 結界を潜り抜け、何食わぬ顔をして日常を過ごし、そして裏では通り魔を行っている犯人。

 普通の顔をして普通に過ごす異常者が、すれ違う程に近くにいたのだ。

 そしてそれは、こんなにも分かり難い。


「けれど一縷の望みをかけて、校内を見て回るのは良いかと。何かが見つかるかもしれませんし」

「異論ない」


 うなずき合い、リリティアは守仁と共に校内へと足を踏み入れる。


「ああ、そうだ。あと一つ」

「?」


 直後足を止めて、守仁はリリティアを振り返った。


「光の援護、助かった。礼を言う」

「当然のことをしたまでですわ。ですが、力になれてよかったです」


 ついてきた意味があったということだし、自分自身の行いで感謝されるのが、何だかくすぐったくて――けれど、嬉しい。

 本心から笑って言ったリリティアに、守仁も表情を緩ませて微笑を浮かべる。

 だがそれもほんの数瞬。


「さあ、行くか」

「はい」


 時刻が時刻なので隅々まで、というわけにはいかないが、それでもすべての区画は歩いて回った。

 だが残念ながら、覚悟していた通り鬼の姿は見つからない。一度校舎内に入って身を隠し、そしておそらく、すでに中にはいないのだろう。


 代わりに、その存在を確信させてくれる物と出会った。

 貼らればかりの魔除けのポスターが、無惨に引き裂かれて散らばっていたのだ。

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