第22話 無関心が招くこと

 リリティアが何もしなくとも、璃々りりは政府筋の異性との繋がりを用意してくれていたらしい。


(さすが、こちらの世界のわたくし)


 ひっそりと満足感を覚える。


「本当だ。……それともこれは、運命なのかな」

「運命?」


 いささか大袈裟な言い方に、リリティアは首を傾げる。

 もし数日前のリリティアなら、いつきの言葉を肯定して、さらなる縁を結ぼうとしただろう。相手の意図は横に置いておいても、リリティアにも益があるからだ。

 しかし今は、無理に自分の環境を変えようとは思っていない。そのため、真っ先に気になったのは樹の意図の方だ。


「そう、運命。こうした再会をただの偶然と片付けるのは、少し味気ないんじゃないかなと思って」

「ええ、確かに。偶然よりも運命の方がロマンチックですわ」


 目を細め、悪戯っぽく笑って言った樹に、にこりと笑ってリリティアも同意する。

 ただし、どちらも本心ではない。

 互いにそれが分かっていることを理解して、樹は苦笑した。


「まいったな。ええと……」

谷城やしろ。積もる話は後にして、この場の処理を優先してもらいたい」


 おそらく弁明めいたことを口にしようとしていたのだろう樹を遮り、淡々と守仁かみひとが割り込んだ。そしてそれは、この状況において最も適切だと言っていい。


「そうだね。七世代ななよしろ君が正しい」

「頼む。俺たちはまだやるべきことがあるからな」

「犯人は彼じゃないのかい?」


 首を傾け、刀を失った男性へと樹は視線を向ける。

 自分がやったことを自覚している男性は、酷く責められたかのようにびくりとして、助けを求める目で樹を見上げた。


「彼が持っていた刀は影打ちだ。真打ちがまだ別にいると思われる」

「影打ち、とは?」


 真紀との会話でも、守仁はその言葉を口にした。ゆっくり質問をしている状態ではなかったので聞き流していたが、気にはなっていたのだ。


「刀匠が依頼を受けて刀を打つとき、同じ型の刀を何本か打つ。その中で最も出来の良い一本を、依頼主に渡すんだ。その一振りを真打ち、残りを影打ちと呼ぶ」

「素人目に言わせてもらえば、出来そのものに格段の差があるわけではないと思うよ。ただやっぱり、打った本人が最高の出来と太鼓判を押した一品とは、価値の差が出るね」

「それはうなずけますわ」


 それこそ素人目には分からない微細な、しかし決定的な差異もあるかもしれない。少なくとも職人は、きっちり順番を付けたのだから。


「この刀のうちのどれが、真に影打ちで真打ちなのかは、然程問題ではない。ただ、最も力を持った同型の刀を真打ちと称するのは、俺たちとしては正しいだろう」


 一番優れた一振り、という意味で正しい。


「そういう訳だ。俺たちは行く。今なら追えるだろうし、追う必要もある」

「ええ。真打ちはわたくしたちに知覚されたのを認識しましたわ。先程の影打ちのように、やけになって力を求められては大変なことになります」


 同型であることだけは疑いようもない。力を集める方法も同じだろう。

 人を――というより、命あるものを襲い、その生命を力とする。


(通り魔が出たと人が騒いだときには、もう遅かったのでしょう)


 きっと前段階として、人より力のない小動物が襲われていた。でなければ猫を切る理由もないだろう。

 通り魔として存在が明るみになり、情報が広まったのは、相手が力を付け、人という大きな生き物にも手を出せるまでに成長した後。


(自分たち以外の生き物への軽視と無関心が、己の危機を招いたと言えます。肝に銘じておかなくては)


 世の中とは繋がっているものだ。それこそ、どこまでも。


「では参りましょう、七世代先輩。ごきげんよう、谷城さん」

「あ、待ってくれ。最後に一つ――。事が済んだら、君とゆっくり話がしたい。猫のお礼もしていないし」

「承知いたしました。楽しみにしていますわね」


 にこりと笑って礼をして、リリティアは守仁を振り返る。すでにリングを一つに組み合わせ、手首に掛けている状態だ。鈴も行くべき方向を示して鳴っている。


「行くぞ」

「はい」


 駅構内から出ると、スーツ姿の男女が周囲に規制を掛けており、真紀まきもその中の一人と話していた。

 守仁が彼女に任せた刀は、縄で括られて札が張られている。


つづり先輩は大丈夫でしょうか」

「心配ない。前にも言ったが、彼らとは協力関係にある」

「そうでしたか。こうしたことは珍しくないのですね」


 スーツ姿の人々がやっていることは、一見、警察に近しい。恰好もあえてそう見えるようにしているのだろう。

 しかしその実は別組織、あるいは個別の部署、というわけだ。

 公的機関である彼らの役目の中には、おそらく一般人への隠蔽工作も含まれている。

 その証拠に、場を封鎖しているはずの彼らは守仁の顔を見ると、止めることなく素通りさせた。その分リリティアには視線が集まったが、連れであるのは一目瞭然なので止められはしない。


(こちらの世界では、魔力持ちはとても珍しいとのことでしたものね)


 守仁の連れ――新たに見出された能力者として認識されたのだろう。


「……先程の、谷城との話だが」


 規制線を越えてしばらくしてから、ぽつりと守仁がそう切り出してくる。


「はい」

「彼の甘言には気を付けた方がいい。谷城はおそらく、君の呪力を欲して付き合いを申し込んでくるだろう。結婚を前提として」

「結婚? 谷城さん自らがですか?」


 自分たちの側にリリティアを引き抜こうとする、というところまでは予想の範疇だ。

 だがまさか、結婚まで考えているとは思わなかった。


「そうだ。自身の血筋で、魔力の高い子どもを残したいと思っているだろうから」

「谷城さんの家は、そんなに魔力が重視されるのですか?」


 能力に価値があれば、立場も何もかもを横においても求められることがある。

 そう、リリティアの母国、シェルランダが正にそうだった。


 リリティアの従妹でもある公爵令嬢が、王太子の正妃にと内々に決定していた。だというのに、聖なる力を持つという娘が現れたせいで、婚約話が揺らいでいるのだ。

 当然公爵派閥であるラミュアータ家からすれば断固阻止! なのだが――。


(国としての利益はあるのですよね……)


 個人としては、理解できる。

 ただし政治的には公爵令嬢を娶るのが妥当。だから国も迷っているのだ。

 従妹は少々過激な所もあるので心配ではあるが、きっと璃々が上手いように収めてくれるだろう、と期待している。


「谷城は、降嫁した天皇家の女性の血を引いている。だから、保護部部長を見込まれているんだ」

「……?」

「ああ、すまない。この国の生まれではない君には説明が足りなかったか。我が国の天皇家は、重要な神事を司る役割を持っているんだ」

「それで、同じ血を継ぐ谷城さんが魔力に関わる諸々の権限をお持ちですのね」


 血で役職が決まるのは、驚くことではない。シェルランダも同じだったから、むしろリリティアには馴染み深かった。

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