第18話 確認です

「――宮藤くどう。早いな。待たせたか」


 虹詞こうし由佳梨ゆかりとそんな話をしていたうちに時間はそこそこ経ったらしく、本来の待ち人が現れる。


「少しだけ。けれど、有意義な時間を過ごしてはいましたわ」

「そうか、それは何より。――君は?」


 予定になかった人物が一緒であれば自然、確認のための問いが向けられる。


「宮藤のクラスメイトです。ちょっとだけ用があったので、話をしていました」

「時間はまだ必要そうか?」

「いえ、終わってるんで大丈夫です。――邪魔したな、宮藤」

「いいえ、問題ありませんわ。ごきげんよう、虹詞さん。また明日」

「ああ。……あ、そうだ。あと一つだけ」


 立ち去ろうとして踵を浮かせてから、思い立ったようにそう言って。


「約束って、本当だったんだな。悪い。見栄なんじゃないかとか思ってた」

「わたくし、そんなすぐバレる嘘をつくほど浅はかではなくってよ。見くびらないでいただける?」

「見栄で嘘つくかもって部分はいいのか」

「見栄を張った嘘ぐらいつきますもの。虹詞さんのわたくしに対する見解は間違っていませんわよ。指摘されても認めませんけれど」


 少し突かれたぐらいで認めるようなら、そもそも見栄など張らない。そしてそういう時に嘘を貫き通す面の皮の厚さには自信があった。

 平然と言い切ったリリティアに、虹詞は小さく笑った。


「そりゃそうだ。じゃあ、また明日な」


 言いたいことも言えてスッキリしたのか、虹詞の足取りは軽い。

 だからだろう。余計、直前の由佳梨の足の重さが思い起こされる。


「言わなければ、自分がどう思っていたのかなど相手には分かりようがないだろうに。彼は素直な人物だな」

「虹詞さんは理想主義者なのです。ただし、現実に理想が叶うとは思っていない、諦観の持ち主でもありますわね」

「なるほど。――では宮藤、中へ」

「はい」


 鍵の開けられた生徒会室の中へと、守仁かみひとに続いて足を踏み入れる。

 そして扉を閉め、椅子を二脚少し動かし、向かう合う形で座った。


「まず確認だが、君は何ができる?」

「火と光属性の魔法を少々。それと、小剣と短剣があれば護身程度に戦えます。魔法を具体的に申し上げますと、拳大の火球を飛ばすのと目晦まし、表面の傷を塞ぐ治癒魔法が使えますわ」


 一応攻撃手段を持ち、逃走に役立つ魔法を持ち、支援も可能。それらは偶然ではなく意図的に、リリティアの属性を考慮した教師から与えられた教養だ。

 つまり危機的状況において、役に立たないわけがないのである。


「こちらでも使えることは試したか?」

「治癒術だけは。ですが使った感覚としては元の世界と変わりなかったので、おそらく他の魔法も問題ないかと」


 どこぞに燃え移ったら大事になる火の魔法など、おいそれと試せるわけもない。


「分かった。それだけできれば充分だ。一緒に来てもらおう」

「実践してみせなくてよろしいのですか?」


 確かめると言っていたので、必須かと思っていた。


「そのつもりだったが。君に呪力があることは分かっているから、引き出す術を体得しているなら大丈夫だろう。――君は先程、見栄のためにならば嘘をつくと言ったが」

「ええ」

「その嘘が及ぼす影響を考えられないほど浅はかでもない、と言っていたからな」


 リリティアが先程虹詞に向けて言った言葉を、やや拡大解釈して投げ返される。

 それに対してリリティアは、ふっ、と唇の笑みの形にして見せた。


「ええ。すぐバレる嘘でもありますわね」


 そんな詰まらない嘘はつかないと、己で言った。


「信じよう。――そうだ。俺の力の話もしておくべきだな。俺の力は水と闇。程度は……そうだな。この学園の敷地を全て凍らせて砕ける程度、と思ってくれればいい」

「まあ。魔術師団の部隊長クラスですわね」


 魔法が身近なシェルランダと比較しても、守仁の実力は稀有な方に入ると言っていい。


「それと綴だが、彼女に戦闘能力はない。彼女の役目は記すことのみだ」

「では、今回つづり先輩はいらっしゃらないのでしょうか」

(だとすると少し、困りますわ)


 めいに嘘をついたことになってしまう。

 頬に手を添え、否定的な口調で尋ねたリリティアに、守仁は微かに眉を寄せる。


「俺と二人だと問題があるのか?」

「ええ。実はわたくしの友人の中に一人、七世代ななよしろ先輩に興味を持っている子がいるのですわ」

「――は?」


 予想外だったのか、一瞬前にはしかめられていた顔から出てきたとは思えないほど、守仁の声は間が抜けたものとなった。


「要らぬ波風は立てたくありません。できればもう一人、綴先輩でなくとも女性の同行をお願いしたいのですが」


 代わりの誰かがいれば、綴の都合が悪くなって――という話が出ても、禍根なく切り抜けられるだろう。

 男性でも構わないが、できれば女性の方が印象が良い。


「興味……俺にか? 君の言い方からするに、恋愛的な意味でと取って間違いないか?」

「七世代先輩もご興味がおありですか? でしたらぜひ、紹介させていただきますけれど」

「待て。どうしてそんなに積極的なんだ」


 しかも自分のことでさえなく、他人のことでだ。

 リリティアにとってはごく常識的なことだが、守仁にとっては戸惑うぐらいに縁がないらしい。


「異性との出会いは、多ければ多い程良いでしょう? わたくし、その方とは互いの人脈を以って有益となる交流を約束していますの」

「要は、紹介し合う約束をしているわけか」


 平たく纏められた。


「そういうわけですので、ぜひ、いかがでしょう」

「遠慮させてもらおう。普通の恋愛がしたいなら、俺は不向きだ。俺を紹介した君の顔も潰すし、君の友人にも悪い」

「残念です」


 実際に会って盟と守仁が上手くいくかどうかはともかく、第一段階の希望は叶えられるのではと期待してしまった。

 本気で残念だ。


「しかしその、試す言い方をして悪かった。戦闘になっても綴は戦列に加わらないが、同行はする。君の友人関係にヒビが入ることはないだろう」

「そうでしたか。では、綴先輩を待って、出発ですわね?」

「本来なら先に出ても構わないかと思っていたが……。合流してから動いた方がいいな?」

「はい。ぜひ」


 盟の目や耳に入る確率が高いのは、校内での行動が一番だろう。重要なことだ。


(まあ、七世代先輩のことはともかく)


 盟とて、一度も話したことはおろか会ったことさえない人物に、強い執着はあるまい。


(嘘をつかずに済むことが、何よりですわ)


 かなで、盟、由佳梨との友好関係は、リリティアにとってまだ有益なので。

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