第16話 約束の放課後となりました

「分かってやってるなら、いいけど。なあ、それって意味あるのか? 本当に困ったときには助けてくれない相手を友達とか呼ぶの、気持ち悪くないか?」

「わたくしにとっては、それでも立派に友人ですわ。けれど、貴方が違うと仰るのは否定しません」

「ま、そうだな。……やっぱり理解不能だわ……」


 互いの意見が交わらないということだけ、はっきりした。

 ただリリティアもそうだが、虹詞こうしも別に、リリティアの考えを否定はしなかった。自分とは違う。それだけのことだからだ。

 自分と相手の差異を知って、距離感を測り損ねなければそれで済む。


 そんな雑談をしているうちに、教室に到着する。順番に入り口を潜って、各々の席に着いた。

 やがて生徒が揃い、賀上かがみが教室に入りHRが始まる。

 リリティアにとってもすっかり日常となった、変化の乏しい日々。


 それでもやはり、今日という日は昨日とは違う。そして大きな変化とは大概、些細な変化の積み重ねの果てに起こるものだ。

 この世に因果のない事象など、存在しないのだから。




(ふう。どうにか、自習の効果が出てきましたわ……!)


 入学当初は一体何の話をしているのか、さっぱり分からないことも少なくなかった授業。それが今は、きちんと理解できる。

 もう指されて答えられないことにビクビクしなくてもよい。そのことに心の底からほっとしている。


(ありがとう、お兄様!)


 自分の時間を使って妹に付き合ってくれた兄に、感謝する。

 努力の成果が形になれば、嬉しい。自然、リリティアの口元は緩む。


(この調子で、もう一方の問題も順調に片付けたいものですわね)


 今朝守仁かみひとと約束した通り、生徒会室へ向かうことにする。

 鞄に必要な教材一式を仕舞って帰り支度をしていると、机に影が差した。見上げた先にあったのはかなでの姿だ。


宮藤くどうさん。予定がなかったら、一緒に帰らない?」

「そそそ。生徒会での進捗状況も聞きたいし。どっかで一杯、どう? あ、ちなみにあたしの美化委員の方では、目立った報告はナシ!」


 奏とめいはいつも通り、朗らかで明るい調子で誘ってくるが、由佳梨ゆかりは一歩引いた場所に居た。


(あら。これは、虹詞さんとの会話を聞かれてしまいましたかしら)


 話しながらだったリリティアと虹詞の歩みは、速かったとは言えない。図書室に本を置いて戻って来ただろう由佳梨が、追い付いてしまう可能性はある。

 聞かれたところで、別に困りはしないが。


「せっかくお誘いいただいたのに、ごめんなさい。今日はお約束があるのです」

「あ、そうなんだ」

「え、誰だれー?」


 リリティアと交流があるのは、未だに奏たちのみ。

 遠ざけているのでも交流を蔑ろにしているのでもなく、やり方をまだ模索中なのだ。

 つまり現時点、クラスで一緒に帰ってついでに少し遊ぶような『友達』がリリティアにいないことを、奏たちは知っている。

 そのせいだろう。興味を引いた感があった。


つづり先輩たちと、話し合いがあるのですわ。ほら、近頃物騒ですから」


 正確には、中心となっているのは守仁だが、真紀まきの名前を出していた方が自然だし、無難だ。彼女が同席することは、おそらく嘘にはならないであろうし。

 守仁を紹介してほしがっている盟の前でその名を強調するほど、リリティアは無神経ではない。


「あ、そうなんだ」

「この前、注意するようにってプリント配られたやつ? 大変だねー、生徒会」

「面倒に感じる時がないとは言いませんが、やりがいはありましてよ」

(むしろ今動く術がなかったら、わたくしはやきもきしていたかもしれない)


 奏と盟は素直に納得した。由佳梨は少し、ホッとした様子だった。

 リリティアに対する不快感や怒り――といった感情は見受けられない。ただただ、気まずく思っているのだろう。

 由佳梨は、よく言えば協調性が高く温和。悪く言えば自己主張をせずに他者に付き従うタイプ。


 それは別に、悪いわけではない。そういう性格をしている、というだけ。

 けれど彼女自身が、自分の性格と奏たちとの関係に思う所があるのだろう。

 もっとも、より付き合いの浅いリリティアが関与するような件ではないが。


「それでは皆様、ごきげんよう」

「ごきげんよー。また明日ねー」


 奏たちと、クラスメイト全員に向けて。挨拶をすればちらほらとノリよく答えてくれる人もいる。


(応じてくれた方は、脈有りですわね。今度、話題を作って話しかけてみましょう)


 ぼっちで可哀想だから声を掛けてくれているだけの友人しかいない状態から、早く脱却したいものだと切実に思う。

 教室を出たリリティアは、約束通り、真っ直ぐ生徒会室へと向かった。

 三年生、二年生の教室の方が生徒会室に近いので、行けば鍵が開いているかと思ったのだが――


「あら」


 閉まっていた。


(仕方ありませんわね)


 真紀か守仁が来るまで、扉の前で待つことにする。


「――宮藤」

「?」


 扉を背にして佇んでいると、声を掛けられた。


「あら、虹詞さん。どうかなさいまして?」


 彼が声を掛けてくるということは、連絡事項である可能性が一番高い。が、どうも気配が違う。


「謝っておこうかと思って」

「謝罪していただくべきことがありましたかしら」

水瀬みなせのこと。今朝の会話が聞かれてたっぽいから」

「まあ。本当によく見ていらっしゃるのね」


 天性の才があるのか、一歩引いた傍観者に徹しているがゆえか。

 いずれにしても、その視野の広さに感嘆する。


「いやだから、特別見てなくてもそれぐらい気付くだろ。その――大丈夫か?」

「問題ありませんわ。皆、承知の上ですもの」

「お前、人付き合い重視する割に本当ドライなのな?」

「ですから、お伝えいたしましたでしょう? 貴方は夢を見ていらっしゃるのねと」

「……そうだな」


 由佳梨が気まずげな態度を取ったことを、リリティアが心の底からどうとも思っていないのを知り、虹詞は息を吐く。


「盟さんも由佳梨さんも奏さんも同じですわ。互いに利があるから一緒にいるだけ。勿論、その中で一定度気が合うのは確かなのでしょうけれど」


 必要で付き合うにしたって、できる限り楽しい方がいいに決まっている。

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