第15話 それもまた、友人でしてよ?

(そもそも、宮藤くどう璃々りりが悪いのです! 彼女はもっと勉学に必死に打ち込むべきでしたわ! そうすれば、今のわたくしの時間は大幅に空きができたのに!)


 届かない文句など時間の無駄なので考えないようにしてきた不満を、心の中で爆発させた。

 しかし苛立っていても解決はしない。深呼吸をして、璃々への不満は脇に押しやる。


「では、放課後――ということでよろしいでしょうか?」

「ああ。授業が終わったらまたここに来てくれ」

「分かりましたわ。それでは先輩方、ごきげんよう」

「うん。ごきげんよう」

「ごきげんよう。また後で」


 リリティアの挨拶にさらりと応じて見せた二人には、やはり育ちの良さが感じられた。

 生徒会室を出て教室に向かう途中。今度はばったりと由佳梨ゆかりと出会う。

 同じ教室で学ぶクラスメイトなのでおかしくはないが――


(いえ? 方向がおかしいですね?)


 同じ場所に向かうのならば、正面から行き会ったのはおかしい。


「あ、宮藤さん。おはよう」

「ごきげんよう、由佳梨さん。――ああ、図書委員のお仕事ですのね?」


 由佳梨は腕の中に、内容に一貫性のない複数の本を抱えていた。個人が一度に借りられる量は優に超えているし、不可解な組み合わせだ。

 自然、仕事だろうという結論に行きつく。


「うん、そうなの。昨日未返却分の回収をして、それを教室に置き忘れちゃって。でも昨日は時間が無くなっちゃったし、今ももうすぐHRだから――運ぶだけでもしておこうかなって」

「そうでしたの」


 間が抜けている。

 それが由佳梨の仕事だし、自己責任だと言ってしまえばそれまで。だが彼女が抱えている本の量は、どう見てもその細腕には余る。


「……」


 リリティアはこれまで、他人と道具を共有したことがない。

 むしろ他人の手垢が付いた物になど、嫌悪感があるとさえ言っていい。

 衣服にしても道具にしても、中古を使うのは生活の貧しい庶民だけ。上級貴族で家も裕福だったリリティアにとって、それは嘲笑の対象であった。


 学校というこの場においても、その事実は変わらない。

 買い揃えられないから、共有するのだ。

 だが合理的ではある。資源という意味でも、人材を育てるという意味でも。


「……手を貸しましょうか?」


 気乗りはしなかったが、由佳梨との友好関係には益がある。仕方なしに、リリティアはそう申し出た。


「えっと……」


 だがその言葉に、由佳梨は即答しない。困ったような笑みを浮かべて、首を横に振る。


「ありがとう。でも、大丈夫。わたしの仕事だから」

「そうですか」

「わたし、三階だから。また後で、教室でね」

「ええ。では、ごきげんよう」


 断られたことにむしろホッとしつつ、リリティアは由佳梨と別れた。

 それから途中から感じていた視線の主に向かって、体の方向を変える。ピタリと虹詞こうしと目が合った。


「はよ」

「ごきげんよう」


 初日に自己紹介で言った通り、虹詞の人当たりは悪くない。雑談などにも適度に応じる。

 ただしこちらも明言した通り、友人と呼べるような相手はいないようだった。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何でしょう?」


 常であれば挨拶を交わして会話は終了、なのだが、珍しく話しかけられる。

 虹詞はリリティアと由佳梨の会話を見ていたようなので、用があるのは予想の内。なければ彼はさっさと教室に向かっていただろうから。


「相手に合わせすぎるのって、疲れないのか? 水瀬みなせのこと手伝うの、宮藤、嫌だと思ってただろう。だから水瀬も断ってたし」

「まあ。よくご覧になっていますわね」


 事象だけではない。そこに生じた個々人の感情の方をだ。


「よくでなくても、目に入れば分かる」

(この方、目端が利くのでしょうね)


 意識してなくても読み取れたのであれば、意識をすればもっと深くまで察せるだろう。

 中々、稀有な能力である。虹詞が持ち腐れにしているのを、少々勿体なく感じる。

 つまらなさそうに、虹詞はリリティアの称賛を否定した。

 だからといってリリティアの感想は変わらないが、殊更に言い募って認めさせる内容でもない。


「無駄だよな。宮藤も、水瀬も」

「そこは、見解の相違としか言えませんわね」


 虹詞が人脈を軽視していることについて、リリティアはどうとも思っていない。リリティアにとっては彼は、そこまでの労力を割く価値のある相手ではないからだ。


「なあ、どうして暁居あけいがお前に話しかけるのか、分かってるのか?」

「哀れみでしょう?」


 リリティアにとって得にしかならないかなでの行動に、なぜ苛立ちを感じたのか。

 その本当の理由を、冷静になったあとでリリティアは見出すことができた。


(とはいえ、今のは少々意地の悪い言い方ですが)


 奏での年間目標は、将来このクラスで同窓会をやったときに、全員が集まるぐらい仲良くなることだ。


 自分が何もしなくても近付いてきて、取り巻きが出来上がるこれまでの環境。勉強の遅れを取り戻すことに必死だった二つが合わさり、リリティアはクラスでの交流の機会を逃し、孤立気味だった。気付いていなかったが。

 だから、接点などなかった奏は声を掛けてきたのだ。友達のいないリリティアを心配して。


 奏にあるのは全面的に善意だ。

 他者を哀れむのは、上位者の特権。正直に言って、業腹である。しかし、得はある。

 ゆえに、理解した後もリリティアは奏との関係を受け入れて、続けている。自分のために。いずれは変えようと心に決めているが。


「それって、友達か?」

「さあ、どうでしょう。広義には友人でよろしいかと存じますが」


 親しさの度合いは、勿論変わる。

 例えば赤の他人と奏が同時に危機に陥っていたら、リリティアは奏を助けるだろう。

 だが比べる相手が家族であれば、迷うことなどない。家族を取る。そう断言できるぐらいの関係だ。奏とて、リリティアへの思いは似たようなものだろう。


「虹詞さんは少々、人付き合いに夢を見過ぎかと思いますわ。貴方は奏さんがわたくしに声を掛ける理由をわざわざ例にしましたが、わたくしよりずっと親しそうに振る舞っている由佳梨さんとめいさんも、大差ありません」


 さすがにリリティアよりは本当の意味で親しいだろうが、あの三人の関係は奏を中心に成り立っている。横並びではない。ピラミッドだ。

 けれどそれを、リリティアは不思議とは思わなかった。彼女にとっても人間関係とは、利害の上にでき上がるものでしかなかったからだ。

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