第14話 力不足が腹立たしく

宮藤くどうか。それにつづり。どうした?」

「リリちゃんが、話したいことがあるんだって。多分、守仁かみひとが一緒でも大丈夫な話だよね?」

「はい」


 同時に話せて意見が聞けるのは、もちろんリリティアにとって好都合。

 リリティアが自分を頼ってくる案件、ということで、真紀まきにも内容の想像がついているのだろう。


「実は昨夜、我が家の近くに鬼の通り魔と思われるものが出たのです」

「また出たのか……」

「困ったね……。何とかしないと……。それで、被害は?」

「死者が出なかったことは、幸いと言えるかもしれません。今のところ、猫が一匹重体で病院に運ばれたのを確認しておりますわ」


 その後の様子は気になるが、見に行くのはためらわれた。

 かなでも気にしていたが、宮藤家は食品を扱う店なのだ。動物を飼うのはあまり望ましくない。


(様子だけを見に行くのは……何だか身勝手な気がします)


 行ったところで何もできないし、猫のために飼い主を捜すなどの労力を支払おうとも思っていない。

 自分が安心するためだけに無事を確認しようとするのは、卑怯な気がしたのだ。

 リリティアは後ろ髪を引かれる気持ちを若干引き摺りながらも、黙殺した。そして別のことを口にする。


「どうにかならないものでしょうか?」


 リリティアが取り組めるのは、これ以上被害が出ないように、元凶を何とかすることの方だ。


「捕まえられればどうとでもするんだが、所在がつかめない。余程いい隠れ場所を見付けているんだろう」

「隠れ場所、ですか……」


 鬼のものと思わしき悪臭を思い出しつつ、リリティアは眉を寄せる。


(あのような強烈な臭い、容易く誤魔化せるものでしょうか?)


 七世代ななよしろ市の町は整然としていて、悪臭が漂っていたりはしない。だからこそリリティアもすぐに気付けたのだ。

 目立つ鬼を隠すのは、なかなか大変そうに思えるのだが。


「姿などの情報はあるか?」

「いいえ。わたくしが現場に着いたときには、すべてが終わっていましたので。ただ、第一発見者の女性は目撃しているかもしれませんわ」


 脅威を身近に感じるようになったリリティアは、自分が得られた情報の全てを共有しようと決めていた。

 大切に想っている人々を傷付けられたくないのは勿論、見知らぬ誰かであっても気持ちのいいものではない。


「それと、これはわたくしの主観ですが。その鬼は、生臭い、鉄錆の悪臭を纏っているのではないかと思われます。現場からそのような印象の臭いが、どこかへ移動していたようですから」

「生臭い鉄錆の臭いか。ふむ」


 リリティアがした表現に、守仁は思案する素振りを見せる。


「心当たりがございまして?」

「いや。厄介そうだと思っただけだ」


 頭を横に振って否定してから、しかしそう思った理由の続きは口にされた。


「これまでの事件例と今の君の話を合わせて、鬼はおそらく刀剣の姿をしているだろうと推測される。そしてそこまで育っていながら己を隠蔽できるのなら、人と共に行動している可能性が高い」

「人間と一緒だと、手間がかかるんだよね。色々、気を遣わないといけないから……」


 鬼ノ怪もののけだ何だという話をしても、世間一般には通じない。下手をすれば、加害者にまでなってしまう。

 頬に手を添えて息をついた真紀に、自然、リリティアも眉を寄せた。


「ともかく、放課後になったら追跡できるかどうか現地に行ってやってみよう。――よく知らせてくれた」

「わたくしにも関わることですもの。それに」


 地に伏した猫の姿を思い起こせば、ぶるりと体に寒気が走る。


「もう、被害が出なければよいと思いますし」

「ああ、その通りだ」


 リリティアがつい昨日思い至ったその心境に、守仁は即座に同意した。真剣な瞳で。

 きっと、緋々希ひびき鋼一郎こういちろう美羽みわも知っている。分かっていなかったのはリリティアだけなのだ。

 己とたった一つしか違わない守仁でさえ、長年の常識のように肯定する。

 そのことが恥ずかしかったし、居た堪れない。同時に悔しい気持ちもある。

 諸々の感情を隠す意図もあって、リリティアは頭を下げた。


「わたくしからのご報告は以上です。そろそろ失礼させていただきますわ」

「そうだね。HRも近いし。守仁ももう切り上げよう?」

「ああ」


 真紀にうなずき、守仁は手元に置いていた用紙を封筒に仕舞う。


「七世代先輩は、何をされていたのです?」

「魔除けの護符を作っていた。簡易の物だが。これを注意喚起のポスターにして、昇降口前の掲示板に貼っておく」

「それで、このポスターを目にした人の網膜と脳に、術式を刷り込んでおくの。鬼が近付きたくないな、って感じるぐらいの効果は出るはずだよ」

「まあ……。見ただけで」


 悪しきものを弾く結界の類はシェルランダでも馴染み深いが、大抵は品物に依存する。見ただけで効果を持つというのは新鮮だった。


「学校の関係者以外に鬼を押しつける行いだ、と言われれば否定できん。だが標的を変えるその一時で、もしかしたら間にあう空白が生まれるかもしれない。……と、いうことにしておいてくれ」

(……ああ。そうですわね)


 守仁の護符によって助かった人には、良かったねと言える。では、護符を避けて別の誰かが襲われたら、どうか。その因果関係を当人が知ってしまったら。

 きっと、守仁は恨まれるだろう。


(難しいですわね)


 つまりは、守るための手が始めから足りておらず、不可能なのだ。


(先程、七世代先輩は追跡をする、と仰っていましたわね)


 上手く相手を見付けられることを、切実に願う。そして同時に、一つの考えが思い浮かんだ。


「わたくしも同行させていただくことはできませんか?」

「いつでも手は足りていないから、歓迎はする。だが俺は君の力を全く知らないから、何をどこまでできるのか、先に知っておきたい。そのための時間ももらって構わないか?」

「勿論です」

「ことによっては、同行を拒否する。それでも?」

「はい」


 リリティアの能力が連れて行っても足手まといにしかならないと判断されれば、ということだ。妥当である。

 即答してうなずいたが、自信があるわけではなかった。何しろリリティアが修めた魔法とは、教養のために身につけただけのものだからだ。使うことを想定していない。


(それでも、今出来るわたくしの全てはそれだけです。……あぁ、もう!)


 色々足りていなくて腹立たしい。やるべきことに対して、時間が足りなさすぎる。

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