第9話 培ってきた常識は
「ああ、よろしく頼む」
そしてこの場合は正解である。
(あまり期待していませんでしたが、これはなかなか良い縁ではなくて?)
先程守仁は国家機関と連携していると言っていた。そこに所属している誰かと面識を得られれば、今度は国政に携わる者と渡りをつけるのも難しくあるまい。
(さらに言えば、わたくしが魔力持ちであることが、こちらでも有効に働くかもしれませんわ)
人員が足りていないのなら尚のこと、価値がある。
(とはいえ、拙策なのはよろしくありません。まずは魔力の価値をきちんと見定めてからです)
行動を起こすときが来ても、できるだけ自然な出会いの演出が望ましい。
その後、集まった一同で顔合わせを済ませて、会合は解散となった。
自身以外の収穫といえば、
自身の名に懸けて妙な相手を紹介するわけにはいかないので、まずは人となりを知ってからの話だが。
(
世間で何が起こっていようとも、リリティアの最重要事項が婚活なのに変化はなかった。それが彼女が十五年間で培ってきた常識だからだ。
今は、まだ。
平日の早朝。リリティアはすっかり葉桜となった並木道前の正門に立っていた。そして。
「おはようございます、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう?」
門を通る生徒一人一人と挨拶を交わす。
これは決して、二年後を見据えた選挙活動、というわけではない。七世代学園には挨拶強化週間というものがあり、生徒会が主導で取り組む活動の一つだ。
(……わたくしが想像していたものと、実際の生徒会の活動は少し違っているようですわね)
リリティアのイメージでは、生徒会というものは学園の秩序ある運営の一翼を担う、支配者層の集まりであった。
というか、シェルランダの王立学園ではそうであると聞いていた。なので、当然こちらも同じだと思っていたのだ。
しかしどうにも七世代学園の生徒会は、支配者というより雑用係の印象が強い。
考えていたことと実像が違ったことは少々不満であるが、所属したことで国家機関への繋ぎとなる可能性も生まれているので、差し引きはゼロといったところか。
実に自然体で放たれるリリティアの『ごきげんよう』は多くの生徒を戸惑わせたが、同時に楽しんでいる者も少なくなかった。
特に女生徒は言い終えてから、隣に友人、知人がいる者は互いにはにかむような笑みを浮かべて去っていく者が多い。
そんな、穏やかでゆったりとした朝の一幕の中。
「わ、わーっ。待って待って!
「?」
やたらと騒がしく名指しで助けを求められて、リリティアは声のした方を振り向いた。
まず目に入ってきたのは――
(け、毛玉! 汚らしいッ!)
白い体毛のウサギだった。
広い場所を制限なく駆けられて嬉しいのか、もの凄い勢いで迫ってくる。
リリティアの後ろには校門。追いかけている奏にしてみれば、後がない状況だ。
(つ、捕まえ……捕まえる? まさか、素手で!? 冗談でしょう!?)
理解不能な行動原理を持つ獣は、一体どこにその体を擦りつけているとも知れない。リリティアからすれば、獣というものは例外なく『汚いもの』だった。
もしリリティアが一生徒であれば、彼女は無視をしただろう。
しかし今のリリティアは生徒会に所属している身。
(ですがあれはこの学園で飼われている動物。つまり、学園の資財! それを護ることは、生徒会に所属する者として大切な務め……!)
見過ごすわけにはいかなかった。
だが無論、素手でとらえるという選択肢はない。よって。
ザッ。
足を肩幅に広げて立ち、威嚇の姿勢を取る。
「そこのウサギ、宮藤
右手を腰に、左手の平を広げて前に突き出し、制止の声をかける。ほんのりと火属性を含ませた魔力の風をそよがせつつ。
「!!」
火を怖れない獣はいない。前方から吹き付けてきた火の気配に、ウサギはその場で急ブレーキ。
実際に炎を具現化させたわけではなく、あくまでも魔力に火属性を持たせただけ。魔力を持っていない人から見れば、ウサギがリリティアの声に従って止まったように見えるだろう。
「おぉー……」
「何今の。奇跡的なんだけど!」
「くっ。予告してくれれば動画撮ったのに……っ」
などなど、見えたままの事象に称賛の声が上がる。
「許可なく人を撮影するのは、肖像権の侵害。犯罪だよ? たまたま映り込んだ、なんて言い訳も通用しないから、訴えられれば確実に敗訴。気を付けた方がいいよ」
動きの止まった空間に響いた言葉が、冷や水をかける。皆と一緒にリリティアも声のした方を振り返った。真紀だ。
「捕まえたあーっ!」
そして奏がようやく追いついてきて、ピタリと静止したままのウサギを拾い上げる。
「もー、駄目だよレオニー。お転婆さんなんだから。外は車とかが沢山通ってるから危ないんだよー」
「もうそれほど心配なさらなくても、そのウサギはしばらくこの先に行こうとはしないでしょう」
火気を感じた先だ。危険ではと恐れて先に進もうとはしないだろう。
「あっ、宮藤さん、ありがとう! でも凄いね。ウサギマスター?」
「妙な称号はつけないでくださいな」
獣に関してなど、何一つ修めるつもりはない。リリティアはどうにか不満を最小に押し殺しつつ、そう断った。
生徒会と同等に仕事として並んでいたということは、この国では動物の世話というものは別段使用人に限ってやる事でもないのだろう、とリリティアも理解はした。
しかし駄目だ。長年の常識が、彼女に受け入れさせるのを拒ませる。
「あはは、ごめん。はい、レオニーもお礼」
何を思ったか――いや、思考は言葉から察せられる。奏はレオニーの足を取り、ウサギの意思は無関係にお礼をさせようと、リリティアの手の甲にタッチさせた。
(ひぃ……っ!?)
瞬間、リリティアは恐慌状態へと陥る。
今まさに、土足で人が行き来している道と接触していた獣の足の腹が、リリティアの素肌に触れて――。
ふわ。
側面ギリギリにまでついている柔らかな獣毛が、リリティアの肌をくすぐった。
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