第8話 わたくしの存在とは
「リリちゃんがこの世界にとって『異質』なら、帰る方法はあると思うの。でもわたしの見たところ、リリちゃんは別に、世界にとっての異物じゃないんだよね」
「どういうことです?」
「君と
「……」
おそらく
その二人をもってしても分からないというのならば、リリティアにはますますだ。
「とりあえず、わたくしの存在に不都合はないということでよろしいのですね?」
「うん、ないよ」
はっきりと真紀はうなずく。隣の守仁も無言の肯定だ。
「リリちゃんは、帰りたい?」
「できれば。しかし、こちらの世界に馴染んでいるわたくしがいるのも確かです」
璃々の記憶や経験を継承しているせいもあるだろうが、こちらの家族にも、まるで長い時間を共に過ごしたかのような親近感を覚えている。
「向こうにいたことの方が異質なのだと言われれば、わたくしは諦めるでしょう」
家族のことが気にならないわけではないが、自分と同一であるという璃々と替わっただけなのだから、そう心配することはないだろう。そう思える。
(できればせめて一度、言葉を交わすぐらいはしたいですが……。いえ、余計ですね)
お互いがお互いの世界で馴染むには、むしろその機会は得ない方がよいのかもしれない。
「そう。……多分心配はないと思うんだけど、何かあったら相談してね?」
「ここにいるということは、君は生徒会所属になるんだろう。事情を理解している俺たちになら、話しやすいこともあると思う。気兼ねせずに頼ってくれ」
「ありがとうございます」
真紀と守仁の厚意に、リリティアは謝意を述べる。二人の言う通り、リリティアが何者であるかを知ったうえで話を聞いてもらえるのは、精神的にも助かる。
自分の振る舞いがおかしくないかどうか、璃々の記憶から探りつつ、周囲の反応を見つつで生活していくのは、中々に大変なのだ。
それになにより。
(たとえわたくしがこちらの世界に在るべき者だったとしても、シェルランダでの日々が大切であったことも違いはない)
大切な思い出を、これまでの人生で培ってきたものを、隠して否定するのはあまりに寂しい。
「わたしたちも頼りにさせてもらうから。ね?」
「それは、どういう……?」
生活さえまだぎこちないリリティアは、真紀に頼られるような内容に心当たりがない。
何となく不穏なものを感じて眉を寄せると、ふむ、と守仁が思案するように呟いた。
「次の議会で話に上げるつもりだったが、理解している者に先に話しておくのも悪くはないか。――実はここ最近、
「まあ。物騒ですわね」
市内に家がある身としては、実に身近な危険と言えた。
(かつてのわたくしなら、そんな狼藉者の存在に煩わされることなどありませんでしたのに)
屋敷には常に多くの使用人がいてリリティアを護っていたし、そもそも、貴族区画に侵入してくる犯罪者は稀だった。捕まるリスクが高く、捕まったときの刑罰も重くなるからだ。
そんな噂が出回った時点で、町の警備も一層強化される。
(……けれど。庶民はそうではなかった)
安全に護られるのが当たり前だったから、リリティアは知らなかった。
近くに己を傷付ける者が潜んでいるかもしれないということが、どれだけの不安を掻き立てるのか。
「……」
シェルランダの平民は、物騒な話が浮かぶたびに、ずっとそんな恐怖を味わって来たのだろう。リリティアは生まれて初めて、平民の心境に思いを馳せた。
「確かこの国には、警察という、治安維持のための組織がありますわよね?」
「人が起こす犯罪ならそうなんだけど。人以外のモノだと難しいかもしれないから」
「そして十中八、九、人以外の
「モノ……」
「ああ。我が国ではそういった存在のことを
また一つ、元の世界との共通点を知った。
シェルランダにも魔物による被害はそれなりの頻度で報告されていたので、驚き自体は然程ない。しかし意外ではあった。
「鬼ノ怪というものは、こんな町中にも現れるのですか」
シェルランダで上がる魔物の被害といえば、辺境の、未開の地で起こるのがほとんどだ。大都市には頑健な壁がそびえ立ち、悪意あるものの侵入を防いでくれる。
(……あら? そういえば、こちらに来てから町を護る外壁にはお目にかかっていませんね)
璃々の記憶を探してみても、一向に出てこない。それどころか、延々街並みが続く。
(まさかこの世界は、すべての土地が開発済み……!?)
「そちらでは鬼の類は一般的だったか? 残念だがこちらでは、人ならざる生物の存在は、おおむね気のせいだという扱いになる」
「え?」
「魔法とかもね、すっごく遠い話。存在することを百パーセント否定している人は少ないけど、自分の周囲にそれがあるとは考えない。それぐらい遠いの」
シェルランダでも、魔法の才能は少し特別なものではあった。しかし力を発現させれば喜ばれる。それぐらいの特別さだ。
(けれど事例があまりに少ないのなら、きっと、排斥されますわね)
強すぎる力が忌避される例は、国や時代を問わずにどこにでもある。
魔法を使える者の中で、決して強いとまでは言えないリリティアの力であっても、ここではきっと『強すぎる力』に入るだろう。
「だからね、普通の警察の人に鬼退治なんて頼んだら、被害者が増えるだけなの」
「一応、陰陽寮の流れを汲む国家機関もあるんだが、何しろ人数が少ない。起こる事件に対して手が足りていないのが実情だ」
「先輩方も、その組織に所属されているのですか?」
違うだろうなと思いつつ、聞いてみる。
「いや、俺たちはまた別ルーツだ」
「協力関係にはあるけどね」
予想通りの答えが返ってくる。
話し方が身内に対するそれではなかったので、想像に容易かった。言い方からして関係性も遠そうだ。
「そうですか」
ざっと聞いただけでも、組織の規模が大きくないのは察せられる。その中で必要な才を持つ者同士が別れて活動するのは非効率的な気もするが――
(まあ、色々しがらみもあるのでしょう)
効率だけを突き詰める生き方をしないのが、人間らしいとも言える。良い意味でも悪い意味でも。
「そういう訳だ。貴方も、奇妙な気配を感じたら報告してほしい」
「分かりましたわ」
魔力――呪力の全くない者よりは、リリティアは敏感に気付くことができるだろう。
とはいえ深窓の令嬢であるリリティアに、魔法を実際に使って誰かを攻撃したことなどない。言葉の通り、報告をするだけのつもりでうなずいた。
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