第7話 生徒会に入ります
たとえば今ここで、リリティアが総理大臣になることを人生の目標だと告げるとしよう。返ってくるのはおそらく失笑、もしくは愛想以上の意味のない応援。おそらく聞いた多くの者が、それは無理だという感想を心の中で思い浮かべる。
職業選択の自由が唱えられつつ、なのになぜ、目指すことに失笑される夢や目標があるのか。
簡単だ。個人の努力、才覚以上に、境界があるからに他ならない。
そもそも
盟が感じた差異とは、シェルランダにも存在していた。貴族と平民の差、貴族の中でも存在する爵位の差。平民の中にある財力の差。それらと何も変わらない。
そのことに、リリティアは少しほっとした。あまりに違うこの世界が、それでも同じ人の世界だと、通じる理屈を見つけたからだ。
だが同時に――なぜか、もの凄い虚しさも覚える。
「ごくごく一般的な和菓子屋ですわ」
「お嬢様っぽい響きだ!」
「あ、もしかして
「まあ、ご存知でしたか?」
両親や兄には悪いが、リリティアは
宮藤庵は確かに歴史のある老舗なのだが、特別に有名なわけでも、人気店なわけでもない。
「うん。たまにお母さんが買って来るんだ。優しい味わいで、美味しいよね」
「嬉しいですわ。家族の皆にも伝えさせていただきますね」
にこりと上品に微笑み、感謝を口にする。たとえお世辞だろうと何だろうと、褒められて悪い気のする人間は少ない。
「やっぱり、お嬢様っぽい……」
店の歴史の長さが、リリティアの浮きっぷりを僅かにフォローする。
あまり関わらない業界だからというのも幸いした。盟も
「老舗和菓子屋のお嬢様で生徒会かー。……フック多くない?」
「でも、宮藤さんって説得力あるよね。ああ、そうなんだ、みたいな」
(当然でしてよ)
何しろ中身であるリリティアは、正真正銘、お嬢様である。時代錯誤感は拭えないが。
「でもそっかー。ねえねえ、もし宮藤さんが興味なくて、
「構いませんわ」
人によっては厚かましいと嫌われそうな盟の頼みを、リリティアは快諾する。
「いいの? やった! でも意外、断られるかと思った」
「条件の良い伴侶を人脈を使って探すのは、当然ではありませんか。盟さんも、善きお知り合いができたらわたくしに紹介してくださいませね」
庶民である宮藤家の人間が、いきなり皇族や政治家一族の誰かと知り合えるはずもない。だが、世の中は繋がっている。
その繋がりを手繰り寄せるための努力を、リリティアは怠るつもりはなかった。たとえどんなにか細い糸でも離しはしない。
「お、オーケー、頑張る……」
思っていたより本気度の高い返事だったためか、盟はやや気後れした様子ながらうなずいた。自分が頼んだ話の流れ上、否とも言えないだろうが。
「お嬢様って、大変だね……」
「うん、大変そうだね……」
完璧に自分たちとは次元の違う世界の話として、奏と由佳梨はひっそりと囁き合う。
もちろん、リリティアは気にしなかった。
かくしてリリティアは無事、午後のHRで生徒会委員を獲得した。
というより、競合相手もいなかった。あまり人気のない所属先らしい。
(全体的に、皆にやる気が見えませんでしたわ)
自分が担当する仕事なのに関心が薄いとは、どういうことなのか。今年第一回目の会合――顔合わせの場に向かいつつ、リリティアは内心不思議に思う。
実習棟二階の渡り廊下手前にある生徒会室のプレートを確認し、リリティアは扉を開いた。
「こんにちは、いらっしゃい。――あら」
顔を入り口に向けて、穏やかな微笑みと口調で来訪者を迎えた
「知り合いか、綴。――ん?」
真紀の声につられて顔をこちらに向けてきた男子生徒も、不可解なものを見たような表情をした。
日本人に多い黒髪黒目ではあるのだが、光の加減によってか、リリティアの目には濃い青のようにも見えた。光の乏しい深海の水は、このような色で瞳に映るのではないか、という印象を受ける。
(学年は――二年。先輩ですわね)
生徒会室にいるのは、まだその二人だけだ。
「君は、迷い込んだのか」
「先日、綴先輩に聞かれたときは意味を取り違えて否定しましたが、どうやらその様ですわ」
入学式の日。真紀からもされた問いかけに、今度は肯定を返す。
「ですがなぜ、そうとお分かりに? 家族でさえ考えてもいないようでしたのに」
「魂とは肉体であり、肉体とは魂だ。君がその姿であるということが、答えと言えるだろう」
真紀と同じことを言う。
「俺は七世代
盟が紹介してほしがっていた理事長一族その人だった。
(お顔は悪くありませんわね)
むしろ良い、と言ってよいだろう。盟の要望には沿うだろうが、果たして紹介までこぎつけられるほど親しくなれるかは疑問だ。
ただの第一印象だが、彼はそういった俗世の縁故に興味を持っていないように見える。壁を感じる、とさえ言っていい。
「そしてこの地を護る役目を頂いた守り人でもある」
「七世代市はね、ちょっと特別なの。リリちゃんにも呪力があるから、否定はしないと思うんだけど」
「呪力……魔力のことですわね?」
言い方は違えど、その中身は同じだ。
シェルランダでは魔法はごく身近にあった。魔導士と呼ばれるような、強大な力を操る者こそ稀だったが、些細な魔法であれば使える者は少なくない。
リリティアは普通よりも適性があり、魔法を攻撃手段として使えるぐらいの力の持ち主だ。
「その認識で構わない。この地そのものが、呪力の祝福を受けている。そういう場所だ」
「神や精霊による祝福の強い地なのですね」
リリティアがいた世界でも、そういったパワースポットは力の大小はあれ、存在していた。理解できる。
「君がこちらに迷い込んだのも、この地の力場があってこそかもしれない」
「わたくしは、戻ることができるのでしょうか」
来た方法も分からなければ、帰り方などなおのこと。
この世界で一生を終えることも考えはしたが、できれば己の生まれ育った世界、愛する家族の元へ戻りたい。
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