第6話 目標、定めましてよ

「ところでさ、午後のHRで委員会決めがあるじゃない? みんな決めた?」

「あたしはできるだけ楽なやつ! だって恋活に忙しいしー。高校生活三回しかない夏休みの前に、彼氏作って青春謳歌するのだー」

「部活とか委員会って、出会いの場の一つじゃない?」


 こてりと首を傾げつつ言った由佳梨ゆかりに、めいははっとした顔をする。


「それもアリだね!」

(ふむ。こちらの世界でも、条件の良い殿方を探すのに真剣な方もいるのですね。安心しました)


 かなでや由佳梨は盟の言動に呆れ気味だが、リリティアはむしろ共感した。


宮藤くどうさんはどう? やっぱり図書委員とか?」

「いいえ。わたくしは生徒会に入ります」


 リリティアにそれ以外の選択肢があろうか。


「せ、生徒会かー。宮藤さん、真面目なんだね……?」

「もちろん、大真面目ですわ」


 生徒の代表であり、学園の法と秩序を守る存在。一年の身では望むべくもないが、最終的には女性が就ける最高の地位を勝ち取るつもりだ。


「そっか、頑張ってね。わたしも応援するよ」

「ありがとうございます。そう仰る奏さんは予定がありまして?」

「うーん。絶対って訳じゃないけど、飼育委員とか?」


 答えはすぐに返ってきた。きちんと考えていたことが窺える速さだ。


「うちの学校で飼ってるのって、ウサギとニワトリと、あとなんだっけ?」

「あとは確か、亀と鯉、かな?」


 自信なさげな盟に、やはり自信なさげに由佳梨が付け加える。


(ペ、ペットの世話……。完璧に使用人の仕事ですわ)


 断じてやりたくない、とリリティアは強く思う。それを自ら望んだ奏はホクホクした顔をしているが。


「でも、生徒会かー。出会いだけなら悪くないんだけどなー。会長は女性だからともかくとして」

「えっ」


 目線を頭上に向けて、何事かを思い出しつつ喋っていた盟の言葉の途中で、つい、リリティアは声を上げてしまった。


「どうかした?」

「い、いいえ。お気になさらず」


 ふふ、と笑ってごまかしたが、心中は穏やかではない。


(女性が、会長……。男性もいる中で、女性が長に……)


 やや混乱気味だったのでその時は気に留めなかったが、そういえば真紀まきが自己紹介の途中に『生徒会長』と言っていなかったか。


 シェルランダでは、絶対にあり得ない。

 役員に名を連ねるとしても、お飾りとして末席に置かれるのが精一杯だろう。

 だがここでは、そうではない。それを知ったとき、リリティアの胸にこみ上げてくるものがあった。


(そう、わたくしは……。幼いときは、それが悔しいと感じたこともあった。理不尽だと思わなかったわけではないわ)


 長年の常識に浸かるうちに、そう言った思いは心に沈めて、忘れていったが。

 この国は女性がとても自由だ。日々を過ごすにつれ、そう感じる。


(悪くない。ええ、悪くありませんわね)


 生徒会長。なんと甘美な響きだろう。


(やはり頂点を目指してこそ、ラミュアータの娘!)


 七世代ななよしろ学園におけるリリティアの目標は、このとき定まった。

 同時にふと、引っ掛かりを覚える。だが何に引っかかったのかすらすぐには形とならず、リリティアは考えるのを中断する。


「で、生徒会長は女性だからともかくとして」

「そこからやり直すんだ」

「ええい、大切な話をする前の間は重要なのっ。黙って聞く」


 突っ込みを入れた奏をびしっ、と指さし、盟は断言。それからこほんと咳払いをする。


「――ともかくとして、副会長はいいよねー。理事長の孫? だっけ? 七世代センパイ。権力の香りがする」

「それで近付いたら、絶対嫌がられると思う……」

「ご自分のお立場は理解しているでしょうけれど、明け透けなのは控えた方がよろしいかと」

「それは言っちゃダメな奴だよ、盟ー……」


 聴衆三人から、揃ってダメ出し。


「何おう! 冷たいぞっ。貴重な情報源になってあげたのにー」

「うーん。でも誰も訊いてはいなかったからなあー」

「分かった。奏と由佳梨には期待しない。宮藤さんはどう? 興味ない? 理事長一族」


 正直に言えば――


(欠片も興味ありませんわね)


 成程、学園という箱庭の中に限って言えば、魅力的なバックグラウンドである。単位を学園から国に拡大すれば、王族になるということだからだ。

 しかし実際は、あくまでも学園内での話。


(わたくしが狙うべきは、そんな小物ではなくてよ)


 というのが本心だが、先程盟に苦言を呈したリリティアである。口にするのが好ましくない本音だというのは承知している。

 ゆえにリリティアは、にっこり笑って別の言葉を口にした。


「わたくしは、わたくしに釣り合った方とお付き合いしたく存じますわ」


 その言葉を謙虚と取るか傲慢と取るかは聞いた人次第。一つ確かなのは、どちらとも明言していないということである。


「おお、好感触!」


 だったのだが、盟は別の部分に食い付いた。


「聞いての通り、奏も由佳梨も枯れてるんだよー。宮藤さんは恋愛する気ある人だね!?」

「いいえ? わたくし、恋愛には然程興味ありません。判断力を著しく鈍らせるものだとも聞きますし、そのような状態に陥りたくはありませんから」

「へ?」


 バッサリ否定したリリティアに、盟はきょとんとした顔をする。


「いやでも、お付き合いって……言ったよね?」

「お付き合いするのに恋愛は不要では? 利害が一致すれば充分です」

「えええええ!?」


 驚かれた。


「……え、えっと。宮藤さんってもしかして……お嬢様?」

「いいえ。まさか」


 業腹だが、その問いには否定を返さねばならない。

 宮藤家は確かに老舗の看板を掲げる店だが、別に豪商というわけでもないし、もちろん貴族――この国で言うところの華族の血筋に連なる家柄でもない。


(そもそもこの国にはもう、華族という存在もないのでしたね)


 名目上、市民平等となっている、らしい。

 だがリリティアはそれを実感としては得られていなかった。

 シェルランダより境界は曖昧だ。庶民に許されている自由も多い。それは間違いないだろう。

 しかし確実に、格差が存在している。

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